第1話「遭遇」
道でバッタリ、隣の席の有栖川さんと出くわしてしまった。
しかも、有栖川さんの飼っている小型犬 (ポメラニアン)相手に、全力で驚いてしまうという情けない姿を思いっきり晒してしまった――。
「あっ、一色、くん……」
しかし、先程まで笑っていた有栖川さんだが、どうやら向こうも相手が隣の席の俺だとは気付いていなかったようで、少しだけ驚いているようだった。
おかげでさっきまで笑っていた有栖川さんだが、気まずそうに目を逸らすとこの場をどうして良いのか分からない様子で分かりやすく戸惑っていた。
そんな、露骨に相手が俺だと分かった途端困ってしまった有栖川さんに、俺もどうしていいのか分からず一緒に戸惑ってしまう。
いっそこのまま黙ってこの場を去ればいいのかもしれないが、俺達は一応隣の席同士なのだ。
もしそんな事をしたら、明日から隣で思い出し笑いをされたりするかもしれないし、確実に気まずさを引きずる事になるだろう。
だから俺は、欲を言えばこの場は綺麗に終わらせたかった。
できればここで会った事を、お互い綺麗サッパリ――、
「キャンキャンキャン!」
「うぼぉ!?」
「――ぷっ!」
すると突然また吠え出した犬相手に、俺はまたしても無様に驚いてしまう。
そしてそんな驚く俺を見て、同じくまたしても堪え切れず吹き出す有栖川さん。
「ぷっ、ふふ、ふふふふ」
「あ、有栖川さん?」
「一色くん、驚き過ぎだよ」
そしてついに堪える事を諦めた有栖川さんは、すっかり驚く俺がツボに入ってしまったようでクスクスと肩を揺らしながら笑い出してしまった。
「そ、そんな笑わなくても!」
「だって、うちの子ポメラニアンだよ?」
「いや、俺にだってこれにはとても深い深い事情が」
「ポメラニアンが無理な事情って何」
駄目だ、会話をすればする程、有栖川さんのツボがどんどん深くなっていっている。
というか、有栖川さんのツボが浅すぎるのかもしれない。
俺はただ犬が苦手で驚いているだけだというのに、何もそんなに笑わなくてもいいじゃないかという感情が込み上げてくる。
しかし、涙を流しながら可笑しそうに笑っている有栖川さんの姿を見ていると、俺はさっきまで抱いていたはずの気持ちがすっと引いてしまっている事に気付く。
「……有栖川さんって、そんな風に笑うんだ」
そして俺は、つい思った事をそのまま口に出してしまっていた。
学校ではずっと無表情でクールな有栖川さんが、こんな風に自然に笑っているところなんて初めて見たのだ。
その笑った姿は普通に女の子という感じで、これまで抱いていた印象とは全く異なっていた。
「あの……その……」
しかし、俺の言葉に困ってしまったのか、顔を赤らめながら恥ずかしそうにもじもじし出す有栖川さん。
きっとどう反応したらいいのか分からないのだろう。
思えば有栖川さんは、異性のみならず同性とも話している所をほとんど見た事がなかった。
だからもしかしたら、有栖川さんはあまり人と話すのが得意では無いのかもしれない。
「いや、ごめん。変な事言っちゃったよね」
「う、ううん、こちらこそごめんなさい……」
しまったなと思いすぐに謝ると、何故か逆に謝り返してくる有栖川さん。
とりあえずこれでは埒が明かないため、俺はこの場を収束させる事にした。
「じゃ、じゃあ俺、あそこの本屋行きたいから」
「え? あ、はい。本当にごめんなさい」
またいつ犬が吠え出すか分からない事だし、俺はこの気まずい空気を断ち切るべくこの場を立ち去ろうとする。
すると、そんな俺に対して有栖川さんは慌ててまた謝りながら申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「いや、有栖川さんが謝る事じゃ」
「で、でも」
「あー、もう本当にいいから! それじゃ!」
明日また学校で会う時どんな顔したらいいのかとか色々あるけれど、一先ずここは撤退するに限ると判断した俺は、そう言って逃げ出すようにその場から走り去った。
こうして、ようやくまさかの有栖川さんと天敵である犬から解放された俺は、本屋の前でほっと一息つく。
そして一息つくと、先程の出来事の重大さを理解する。
――あの有栖川さんとあれだけ会話できたのって、多分俺ぐらいだよな
そう、会話の内容はともかく、あの有栖川さんと俺は結構な会話を交わしてしまったのである。
数多の人が一言で切り捨てられてきたというあの有栖川さんとだ。
しかしそうなると、余計に明日からまた学校で会う事が不安になってくるのであった。
一体俺は、明日からどんな顔をして会えばいいんだろうか……。
――とりあえず、新巻読んで一回忘れよう
気持ちを切り替えて、無事本屋でお目当ての新巻を買う事が出来た。
しかし、今となってはあれだけ楽しみにしていたこの漫画より、やっぱり隣の席の有栖川さんとの事が気掛かりで仕方なくなっている自分がいるのであった。
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