隣の席の有栖川さんは、今日も人知れず一生懸命生きている
こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売
プロローグ
俺の名前は
俺は自分の事を、そこら辺にいる普通の高校生だと思っている。
勉強が得意なわけでも無ければ、どこかの部活に所属しているわけでもないただの帰宅部。
そんな、これと言って何の特徴のない人間が俺だ。
そんな普通な俺だけど、だからと言って自分が周りに劣っているとか、そんな事を感じているわけでもない。
俺はあくまで普通なだけだし、何もそれは俺に限った話ではないと思っているからだ。
同じクラス、いや同じ学年のほとんどが自分と同類の普通人間。
漫画やアニメで言うところのモブみたいな存在だ。
だけどそもそも、こんな地方のしがない公立高校に、そんな漫画に出てくるようなモブではない特別な存在なんて早々転がってなどいるわけがないのだ。
そう、普通なら――。
ガラガラガラ
登校した俺は、自席に座ってぽけーっと暇をしていると、背後から教室の戸が開けられる音が聞こえてくる。
そして教室へ入ってきた一つの足音は俺の隣までやってくると、そのまま隣の席の椅子を引いて着席する。
何てことは無い、隣の席の人が登校してきただけだ。
だが、そんなお隣さんの登校により教室内の空気は一変する。
皆たった今登校してきた俺のお隣さん――
何故かって? それは彼女が、あまりにも特別な存在だからだ。
銀色に水色を落とし込んだような特徴的な色をした長い髪、そして日本では無い異国を感じさせるあまりにも整いすぎた顔立ち。
身長は165センチと高く、そしてスタイルはモデルのように出る所は出て引き締まるところは引き締まっており、全く非の打ちどころの無いまさしく完璧な美少女。
それこそが有栖川玲という存在なのである。
そしてそんな彼女には、誰が言い出したのかある二つ名が付けられている。
その二つ名とは、『難攻不落の美少女』。
この完璧とも言える美貌も持つ彼女は、これまで異性から尋常じゃない数の告白をされてきたらしいのだが、その全てを断り続けているらしい。
その結果、いつしか文字通り難攻不落と呼ばれるようになり、二年に上がった今ではもう誰も彼女に挑もうとするものは現れなくなっていた。
何故なら、彼女に告白したところで断られる未来しか待っていないと分かっているからだ。
誰しも自分が傷つくだけと分かっていて、わざわざ好き好んで負け戦に挑みたがる物好きなんていないのだ。
俺はそんなお隣さんの姿を、チラッと横目で覗き見る。
するとどうだろう、皆が思わず見惚れてしまうのも頷ける程、今日も今日とて圧倒的な美少女っぷりを発揮しているじゃないか。
一部では、彼女はこの世界の人間じゃないと言い出している人までいるのだが、その髪色や顔立ちからとんでも論であるにも関わらずあながち間違っていないんじゃないかと噂されている程、やはり彼女はあまりにも特別な存在なのであった。
そんなまるで異世界人を思わせる彼女はというと、普段はとにかく物静かでクールな性格をしている。
隣の席に座っている俺だけど、彼女が笑っている所はまだ一度も見た事がない程に。
――まぁ、だからなんだって話なんだけど
いずれにせよ、俺には全く関係の無い話だった。
俺だって人並みに彼女が欲しかったりするけれど、だからと言って皆と同じくこんな美少女とどうこうなろうなんて気は微塵も無いのだ。
というか、今の席はむしろ近すぎるせいで、居心地の悪さすら感じてしまっているぐらいだ。
俺みたいな平凡人間は、遠巻きから少し眺めるぐらいが丁度いいのだ。
だから皆からは羨ましがられる今の席になって数日経つが、個人的には早く次の席替えしたくて堪らないのであった。
◇
今日も何事もなく授業を終えると、下校時間になった。
帰宅部の俺は、友達との別れの挨拶も程ほどにさっさと家に帰ることにした。
そして家に帰った俺は、制服から部屋着に着替えてベッドで寝転がると、すぐに趣味の漫画鑑賞を楽しむ。
――あ、この漫画の新巻今日が発売日だっけ
お気に入りの作品を読み返していると、そう言えば今日が新巻の発売日だった事を思い出す。
ずっと続きが気になっていた作品だし、早く続きが読みたくなってしまった俺は、早速近くの本屋まで新巻を買いに行く事にした。
こうして家を出た俺は、部屋着用の黒のパーカーとスウェットパンツ姿のまま本屋へと向かう。
外は沈みかけの夕日が真っ赤な光を放ち、辺り一面綺麗な夕焼け色に染まっていた。
そんな夕方という、気が付けばすぐに暮れてしまう景色をぼんやりと眺めながら、俺は本屋への道を一人歩いていた。
すると、歩道の前方から一人の人影が近づいてくるのが分かった。
そして俺は、すぐに一つの大きな問題に気が付く。
それは、その人の片手にはリードが握られており、その隣には俺が世界で一番苦手な動物が歩いているのが分かったからだ。
――犬だ! どうしよう!
そう、実は自分、犬が大の苦手なのだ。この世界で一番苦手といっても良いぐらい。
理由は何てことは無い、小さい頃近所の中型犬にお尻を噛まれてしまった事があるからだ。
それ以来、どうにもあの時の痛さと恐怖がトラウマになってしまい、今でも犬を見ると今にも噛まれるんじゃないかという思考が働いてしまい苦手なままなのであった。
しかし、向こうに見えるのはどう見ても小型犬。
苦手は苦手なのだが、あのサイズなら大した問題ではないだろうと腹を括った俺は、そのまま最短距離であるこの道を突き進むことに決めた。
――小型犬を避けるために、高校生にもなって反対側の歩道に逃げるわけにはいかないよな
そう己を鼓舞しつつも、前方から段々と迫ってくる犬に俺は緊張感を増していく。
隣を歩いているのは女性だろうか? 夕日が逆光になっており、結構近付いたもののその姿はまだよく分からない。
しかし、俺にとってはその人の事なんて全く気にする対象ではなく、代わりにその隣を歩く小型犬の存在に全集中していた。
――よし、極力道の端によって、すぐに隣を通り過ぎる!
そう何度も脳内でシミュレーションした俺は、ついにその犬と対面する。
俺は何度も繰り返した脳内シミュレーション通りに、歩道の端に寄りながら犬と最大限距離を取りつつ足早に横切った。
その際、一切犬と目を合わすことなく、あくまで俺は貴方にとって背景なんですよと己の気配を殺しつつ、さながら忍びのように軽やかにすっとすれ違――。
「キャンキャンキャンキャンキャン!!」
「うぇびぃ!?」
しかし、あろうことかその犬は何故か俺目がけて全力で吠えてきた。
自ら緊張感を必要以上に高めてしまっていた俺は、さながらホラー映画で幽霊が出てくる事が分かっていながら、今か今かと緊張しながら待ったあとにいざ幽霊が飛び出してきた時のような、溜め込んだものを爆発させるようにそれはもう見事に驚いてしまった。
「――うふ、うふふふ」
そして、そんな小型犬相手にド派手に驚く俺の無様な姿を見て、犬の飼い主が堪え切れず笑ってしまっている事に気付く。
聞えてくるその声から、やはり相手は女性だったようだ。
真横でその声を聞いて、ようやく相手が女性だったのだと気が付いた程、やはり俺は犬の姿にしか目が向いていなかったようだ。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じつつも、俺は飼い主の女性に向かって作り笑いを浮かべながら咄嗟に誤魔化す。
「――いや、その、すみませ――」
しかし、そこまで言いかけて俺の口は固まってしまう。
いや、口だけでなく全身がガチガチに固まってしまった。
何故なら――、
「――有栖川、さん?」
そう、なんとその犬の飼い主は、うちの学校で『難攻不落の美少女』と呼ばれる学校一の美少女で、更には俺の隣の席に座る有栖川玲その人だったのである――。
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