第2話 非日常
今は少しばかりマシになったといえるが、子供の頃の俺はひどく臆病な性格だった。外との交流にはとことん消極的で、まともに会話ができるのは家族と幼馴染みの栞、そして歳の離れたいとこの姉だけだった。
俺は人と話すのを極端に怖がっていた。
そうなったきっかけは保育園に入園した時だった。
俺はたんぽぽ組の配属になり挨拶を済ませた後、入園前の心配は他所にすぐに友達が出来た。保育園は初めて社会と接触する機会であると言っても、保育園は閉鎖的であることには変わりない。俺はリーダー格の子に遊びを誘われ、無事に馴染むことが出来たのだった。
しかし、入園して一月ほど経ったある日のこと、家から持ってきた本がずぶ濡れになっていたのだ。父親から買って貰った昆虫図鑑で、大事にロッカーに入れていたはずだったのに。その時の俺は悲しさよりも怒りが勝っていたのだろう、皆に図鑑の惨状を訴え、犯人を見つけようとした。しかし、誰に聞いてもやっていない、知らない、としか答えは返ってこなかった。すると、リーダー格の子がこう言い出した。「皆がそんなことするはずがない。きっと他の組の子達がやったんだ。」
と、そう彼が言った刹那、――嘘だ。と、察した。
そもそも、俺はたんぽぽ組以外の誰かと遊んだことがなかったし、少なくとも俺がこの本を読んでいることを知っているのはたんぽぽ組の連中だけであったはずだ。だからこれは嘘だ。
そう確信した瞬間、目から涙がこぼれ落ちた。
怒りに隠されていた悲しみが、一挙に押し寄せてきた。友達だと信じていた者の裏切り、それを断罪出来ない悔しさが頭中をぐるぐる廻っていた。
多分この時の俺は、この中に犯人が居ることを聞く前から分かっていたんだと思う。でも、聞いたらきっと、――ごめん!本を勝手に借りてたらバケツをこぼしちゃったんだ。悪気はなかったんだよ。と、手を合わせて申し訳なさそうに謝ってくれるだろうと。そう言ってくれるはずだと思っていたのだろう。
「本なんていくらでもあるんだから元気出しなよ!」
しかし、そんな淡い期待はあえ無く霧散した。
なぜ彼は、自分が泣かせた人の前で平静を保っていられるのか?
なぜ彼は、嘘をついて笑っていられるのか?、と。
――その理由を考えた時、一つの考えに至った。彼の浮かべる笑顔は仮面だ。ひとたびその仮面を外すと醜悪な鬼が姿を現す。
彼はその醜悪な顔を、さも人間らしい、笑顔という名の仮面をつけて隠しているに過ぎないんだと。
―――あいつは人間じゃない。――
涙はもう止まっていた。
🌀
「……え?き、記憶?記憶がないの?」
「……そう」
えらいことになってしまったな……
月から降ってきた記憶喪失の少女が目の前にいる。……って、どんなラノベ展開だよ!いや、待てよ。昔からアニメや漫画でこんな状況腐るほど見てきたじゃないか。こんな時こそ、今まで培った無駄知識をいかんなく発揮すべき時が来たと考えるべきだ。
……よし、兎にも角にも、少女が覚えている必要な情報を聞き出さなければ始まらないよな。
「えっと……お名前は?」
「……」
「じゃあ、お父さんとお母さんは?」
「……」
「お家は?どこから来たの?」
「……」
うん!この子は綾波タイプなんだね!聞けども聞けども、返事が返ってこないや。
「よし、じゃあお兄ちゃんと一緒におまわりさんの所に行こうか」
そう言った瞬間、
「嫌……」
しっかりとした意志が感じられる反応が返ってきた。嫌と言われてもなぁ。警察に届けるのが1番無難だし……
だが、少女が一生懸命に泥のついた顔を横に振っている姿を見ると、一旦家に連れ帰って風呂に入れさせてやるべきな気もしてきた。ん〜でもこれって誘拐になったりするのかなー。あれこれ考えている内に少女が口を開いた
「早く……行こ」
……この一言で腹を括った。この子はたぶん、
「分かった、じゃあ一旦お兄ちゃんの家に行こうか?」
「……(コクリ)」
そして、2人は手を繋いで歩き出した。その時、
「そこの君、ちょっと待ちなよ」
――突然、後ろから何者かの声。俺はすぐさま後ろを振り向く。――すると、そこには目を覆面で隠し、黒い服で身を包んだ、さも不審者ですといった格好の男がそこにいた。
「……誰ですか、貴方は?もしかしてこの子の保護者か何かですか?」
雰囲気からして保護者ではなさそうだが、トラブルを避けるため、相手を刺激しないようにする。
「あぁ、そうなんだよ。その通りなんだよ。だからその子から離れて貰えないかな?」
離れろって……保護者がそんなこと言うはずないだろ。
チラリと横目に少女を見る。少女は手を強く握り、小刻みに震えていた。
「……あんな奴、知らない!」
少女は小さい声で、力強くそう言った。
「この子は貴方のことを知らないと言っていますけど?」
「知らなくてもしょうがないよ。僕はその子の親から頼まれてるんだ。家に連れて帰って来いってね」
――嘘だ。
「……」
「……そうか、君に嘘は通じないよね。まぁいいか、とにかくその子を渡して貰おうか。」
「残念ながら、お気持ちに添えかねます」
「……そうか。……君に手荒な真似はするつもりなかったんだけど、あんまり聞き分けが悪いと少し痛い目を見てもらわないといけなくなるね」
男がどんな凶器を隠し持ってるかも分からない上に、体格もあちらが断然上。闘ったらまず勝てない。かと言って、少女を連れて逃げることも出来ない。どうすればいい?
「……さぁ、その子を渡してもらおう」
そして、男が歩みを進めた。その時―――
ボン!と男の足元で爆発音がすると同時に火花が飛び散った。
「――ッッ!!」
男は瞬時に爆発した場所から距離をとる。――すると、
「即席で作った割になかなかの出来。さっすが私!」
俺は声の主のいた方向を見る。
するとそこには――転校生、四月一日柑奈がそこに居た。
🌀
「わ、四月一日さん!?」
なんでこんなところに四月一日さんが?それになんだあの爆発物は?
「話は後で、まずはあの変態覆面男を退治しないとね」
そう言うと四月一日さんはポケットに手を入て、戦闘態勢に入る。相手に武器を知らせないための工夫だろう。
「へぇ、なるほど。君が居るんだね……」
「何を知ったふうに、あんたと私は初対面。でしょ?」
「……ふふっ。そうだね。その通りだ」
数秒間、二人は睨み合いを続け、静寂が辺りを包む。
「ここは、一旦出直すとするよ。痛い目を見るのはごめんだからね。」
と、男が言う。
「いい判断ね」
「では、また時が来たらその子を迎えに来るよ。」
男はそう言い残すと、闇夜に消えていった。
「あのー四月一日さんはなぜここに?」
「ん?まぁ色々とね。それより――」
四月一日さんが顔を近づけてくる
「名前。四月一日じゃなく下の名前で呼んでくれると嬉しいな。そっちの方が見やすいし。」
見やすいってなんだよ。
「わ、分かりました。柑奈さん」
「うん、幸希君」
「あ、それはそうとこの子どうする?」
「えっと、警察に届けようかとも思ったんですけど……嫌がってるので一旦家に連れてってあげようかなと」
「うん、それが一番いいね」
柑奈は少女のもとに行き、膝を曲げて頭を撫でてやった。
「君もこのお兄さんと一緒がいいのかな?」
と、柑奈が言うと
「……うん」
少女は確かに頷いた。先ほどの震えも止まっていた。
「さて、夜も遅いし早く帰ろう」
柑奈の言葉に気がついて時計を見ると、21時を回っていた。
「そうですね、でも……」
「詳しい話はまた今度にしよう。幸希君」
「は、はい……」
色々聞こうと思ったが止められてしまった。
「じゃあ、また明日学校で」
「うん、また明日」
そう言い残して、柑奈と別れた。
自転車の後に少女を乗せ、家に着いたのは22時を回っていた。
そして、幽霊探しに行ったはず兄がいたいけな少女を連れて帰ってきたその姿を見た妹の悲鳴は夜の空に高らかに響いていた。
🌀
午前6時30分、俺は目覚ましの音を聞いて目を覚ます。朝、いつもの時間いつもの部屋で目を覚ます。まるで昨日の出来事は夏風邪で変な夢を見ただけなのでは?という気がしてくる。
「だが、そうじゃないんだよなぁ」
いつものベッドに違和感。布団を捲ると、両脇に苺と昨日の少女がスヤスヤと寝息を立てている。
なんでこんな状況になったんだっけ?
〜8時間前〜
「苺、とりあえずこの子を風呂に入れてやってくれ。」
「とりあえずも何もどういう状況?なんでお兄ちゃんが幼女を連れて帰ってきたの?まさか拉致?拉致なの?ばか。ばかばか。この変態!鬼畜!ロリコン魔〜!」
「ちっがーう!これはその、向日葵畑に行ったらな、空からこの子が降ってきてー、えーと、聞いたら家族も帰る家もないって言うから、家に来るかって話になって、そのー」
「そんな話信じる訳ないでしょ!?空から降ってきたって何?とうとう頭おかしくなっちゃったの?」
「あーもう!それはこの際どうでもいいから!一晩だけ!一晩だけ泊まらせるだけだから!」
「一晩って何!?一晩で何する気なの!?まさかこの子に新たな家族を作らせる気!?今の妹には飽きたから次の妹ってか!ばかばか。この変態鬼畜シスコン魔ー!!!」
「お前は一回落ち着けー!!!」
苺との会話を聞いていた少女が口を開く。
「……わたし、めい……わく?」
少女が俺の袖を掴み上目遣いで見つめてくる。これ以上、この子に心配させることはしたくない。
「大丈夫、こいつは俺の家族で名前は苺。味方だ。」
俺は頭を撫でて説明してやる。その様子を見て、苺も悟ってくれたようだ。
「じゃあ私、この子の服用意してくるから。」
「ああ、ありがとう」
「あなた、名前はなんて言うの?」
苺が優しい口調で話しかける
「……知らない」
「……そう、ここには温かいお風呂と温かい食事があるから。心配は要らないよ。さっきは大声出してごめんね。」
そう言い残し、苺は2階に上がって行った。
「で、その子は一体何なの?」
少女は風呂から上がり、よっぽどおなかがすいていたのだろう、妹のお下がりの服を着た少女は一心不乱に食べ物を口に放り込む。
その横で俺はことの次第を説明した。柑奈と覆面男の話はしなかった。話すことで妹を巻き込む訳にはいかなかった。
「それで、幽霊の正体はこの子だったわけね」
「まぁ、十中八九そうだろうな」
「それで?この子どうすんの?まさか家に住まわす気?」
俺は少女を初めて見た時のことを思い出していた。墓と月を結ぶ月光に照らされた少女の神秘的な美しさ。
この子には常識では測れない何かがあるのではないかと、そう考えてしまう。出来ることなら、家に住まわせてあげたい。
少女の行く末が俺の人生に何かしらの変化を齎してくれるのではないかという予感がするのだ。
「……なぁ」
俺は少女に体を向け、話しかける。少女は箸を止めた。
「君は、ここに居たい?本当の家族のもとに戻りたくない?」
「……」
俺は少女の判断に任せることにした。家族のもとに帰りたいなら、児童相談所に連絡して親を探してもらおう。だけれど、もし――
「……ここ。が……いい」
少女がそう言うのなら……
「ああ、今日からここはお前の家だ」
少女は微かに微笑んだ。
「じゃあ、私、今晩この子と一緒に寝るね!」
苺が少女の横に来て言った
「だって、この子ちっちゃくて可愛いんだもん〜」
苺は少女に抱きつき頬ずえしながら言う。少女は何処吹く風といった感じで、表情を崩さない。
「それに、お兄ちゃんと一緒の部屋だったらお兄ちゃん何するか分かったもんじゃないんだから」
「少なくともお前の想像するようなことはしねぇよ!」
妹の兄への信頼度が低すぎるッ!俺をどんなケダモノだと思ってるんだ。
「いいからお風呂入ってきたら?」
「ああ、そうするよ」
その後、俺は風呂から上がり、一直線にベッドで横になった。疲れからか、そこからの記憶はプツリと切れている。
そして、現在。
「おーい、苺起きろー」
「ん〜」
妹は目をしばませながらゆっくりと上体を起こす。
「なんでお前ら二人ともこの布団に居るんだよ」
「ん〜、この子がお兄ちゃんと一緒に居たいみたいなこと言い出して〜えっと、それで部屋に入って少しの間だけ布団に入ってたら〜こうなってた。」
そんなことだろうと思ったよ。だけど……今思ってみるとこの状況って両手に花だよね!
さっきから謙虚ながらこれからの成長に期待できるぷにぷにが当たって……あぁ、もう最高ですな!全く、これからの生活の期待で胸が膨らみますなぁ!
「ばか。変態。」
苺が横で蔑みの目を向ける。寝起きだからか余計に酷く見えて悲しい。
「ちなみにもう目は冴えてるから」
あ、寝起き関係ないんですね
「いいからさっさと朝ご飯作りに行って」
「は、はい。承知致しました」
俺はベッドから出て朝食を作りに行く。晩ご飯はいつも苺が作るが、朝ご飯は交代制だ。適当に目玉焼き作って終わろう……
朝食が出来上がり、制服に着替えた苺が2階から降りてくる。
「あの子はどうした?」
「まだ寝てる。当分起きそうにない」
「そうか、後で置き手紙つけて部屋に持っていくか」
そうして、二人で食事を済ませる。
「いってきます」
少女を置いて行くのは心配だが、学校には行かなくてはならない。俺は必要事項を置き手紙に書き込み、二人は家を出た。
🌀
「あ、」
学校に着いて早速下駄箱を見ると、一通の手紙が入っていた。手紙と言ってもルーズリーフが二つ折りにされているだけで、告白の手紙ではなさそうだ。残念ながら。俺はルーズリーフをさっと鞄に隠し、男子トイレの個室に入り、手紙の内容を見る。
――日向幸希君へ。
放課後、屋上で待ってます。
四月一日柑奈より――
たったこの一文、内容はどう考えても告白だが、もちろんそうではなく、昨日のことを説明してくれるということだろう。手紙を鞄に入れ直し、教室に向かった。
「それで、一緒に住むことになったの?」
昼休み、いつも通り栞と弁当を食べながら昨日の話をした。柑奈と覆面男の話を除いて。
「今日の放課後、家にお邪魔していいかな?その子どんな感じか見てみたいし」
放課後!?それはダメだダメだ。
「放課後?あ〜また今度にしてくれ。あいつもあんまり人と会うの苦手にしてるし。俺も少し用事があるんだ」
「用事って何?」
まずった、正直に言いすぎた。
「あ、そうだな、あいつの服とか色々買わなきゃだし……」
「服なら私のお古があるよ!」
「いや、そのそれ以外にも色々と……」
俺の煮え切らない態度を感じで栞の目つきが変わった。
「女」
へ?
「女女女女女女女女女女女女女女」
ヒィィィィィィィ!!!怖!怖い怖い!
「女が用事?」
「ちゃ、ちゃいます」
「あんた関西人じゃないでしょうが」
俺はちょっと泣きそうになる
「す、すいません。だけど、言えません。ごめんなさい。」
もう、逃げ場はないので開き直る。
「……分かった。誰かは聞かないよ」
正直に話すと、栞は静かになる。先程のギラついた目は何処へやら。いつもの慈愛に溢れた目に戻っていた。
「ふっふふ~ん 」
放課後。担当の掃除を終え、屋上へ向かう足取りは軽い。扉を開けるとそこには街を見渡す柑奈の姿があった。美しいながらもそれはどこか虚ろで、彼女は内に秘める想いの行き場を探してる様であった。
「す、すいません。待ちました?」
「ん?大丈夫、大丈夫。じゃあ、行こうか幸希君」
「へ?行くってどこに?」
「とりあえずついてきて」
「……はぁ」
言われるがままについて行く。何処に行くんだろう?皆目見当もつかない。
――歩くこと数分、柑奈は学校裏の古井戸の前に立った。どうやらここが目的地みたいだが、至って普通の井戸だ。そもそも、二年ちょっと学校に通っていたがここに井戸があるなんて全然知らなかった。
「あの、ここに何かあるんでしょうか?」
「今から、人と会います」
ここが待ち合わせ場所ということか。にしても辺鄙な場所だな。などと考えていると、柑奈はいきなり井戸の中に吊るされたロープを掴み、するすると下に落ちて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!?」
「だからぁ!人と会うんだよぉー!」
井戸の下から声が響いてくる。どうやら行くしかないようだ。俺は柑奈と同じ感じで井戸を降りていく。そして、柑奈のいる所に足を下ろした。
何故井戸なのに水が入ってないのかはさておき、柑奈の目線の先に、人一人が入れる程度の小さな穴があることに気づいた。
「じゃあ、行くから私に付いてきて」
そう言うと、柑奈は躊躇もなしに穴に入って、ほふく前進で前に進む。
置いてかれまいと、俺も後に続くが……クソッ、暗闇でパンツがよく見えないッッ!
進んで数分、微かな明かりが漏れているのに気づく。なんでこんなところに部屋が?柑奈がその部屋に入り、次いで俺も部屋に入る。
――するとそこは、洞窟だった。オレンジ色のランプは洞窟内を照らし、闇を否応なく強調している。
棚とベッドが壁の端に置かれており、辺りには難しそうな本があちこちに散らばっている。
「やぁ、来たね。待っていたよ」
と奥から誰かの声
「あっ、ご無沙汰しております。先生」
と、柑奈が返事をする。
そして、闇のシルエットがランプに照らされ、その人物の顔を映し出す。
「日向幸希君だね。宜しく。」
長く伸びた髭と白髪。丸眼鏡をかけ、夏だというのに、厚着をした初老の男性が姿を現した。
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