第7話 キャベツは本当にお買い得だったのか(前) 情報収集編


 大河は再び大将の元を訪れていた。


「こないだたくちゃんのとこ行ってきたんだって。どうだった?」

「相変わらず女子力高かった!」

「さすがお嫁さんにしたい男子高校生、ってそうじゃねぇよ」

「はー、ツッコまれるのたのしー」

「え、なに。お前の趣味をとやかく言う気はないけど、ソッチ?」

「これから存分にツッコんで良いぞ」

「よくわからんけど、解釈違いってそういうことじゃないと思う」



「……で、あれから俺も調べて、なんとなく使えそうなサイトのアドレスをピックアップして送ったけど、どうだ。見たか?」

「え? 全然。なんか文字がいっぱいあって面倒だなーって」

「お前ニートになるべくしてなってんじゃねぇか。もう少し危機感持てよ」

「いやぁ、自由を謳歌するのって、楽しいじゃん?」

 いくつかスナック菓子を開封して、ビール片手にいつもの宴会が始まる。


「ところでさー。こないだ『野菜の生育状況及び価格見通し(令和3年9月)について』ってのを見てたらって書いてあるわけよ」

 キャベツ太郎を口に放り込みながら大河が息巻く。

 最近のコンビニは駄菓子を置くスペースが小さくなっているので、定番のお菓子すら探すのも一苦労だ。

 一度、蒲焼さん太郎をつまみにビールを飲んでみたいと思いつつ、未だ実現できないでいる。

「あー、俺も見たよそれ。現在の生育状況とか、今後の生育、出荷及び価格見通しとか、まさしくお前のやりたいことなんじゃねーのってくらいためになる情報が載ってたな」

「途中からテキトーに流し読みしかしてないわ」

「めちゃくちゃ重要なこと書いてあったぞアレ」

「だって、負けた気になるじゃん! なんで俺がやろうと思ってたこと先にやっちゃうわけ!? 何様のつもり!?」

「お役所様だよ。農林水産省様様だよ」

 まだ酔うには少し早いが、すでに不満が爆発している。


「でさー。俺思うわけよ。本当にのか? って」

「ああいいね、そういう気付きは大切だ」

「おいおいなんだよそのデキる先輩風な口の聞き方はよぉ! もっと『んなことは考えなくていいからテメェは手だけ動かせ! 数字に疑問を持つな、言葉の意味を考えるな。労基は敵だと思え!』ってのが普通の先輩像だろうが」

「今この瞬間、お前の会社が潰れてくれて良かったと心の底から思ったよ」

 もちろんタイムカードは手書き。

 おっと本編には関係なかった。


「そこで大阪市中央卸売市場におけるキャベツの価格推移を調べようと思ったんだが、……これ市況から一つ一つ拾い上げてエクセルに打ち込んでいくのとか、面倒じゃん?」

「まぁ、手間はかかるよな」

「そこで大将たいしょー、パソコンで何とかデータ収集してパパっとまとめられたりしない?」

「……はァ?」

「ほらー、機械にお強いんでしょう。エンジニア? だかプログラマーだかなんかやってるじゃん。サイバーなんちゃらみたいな雰囲気で『へっ、こんなファイヤーウォールで対策してるつもりかよっ。ハッキング開始……ほーら企業のデータが丸裸だ、この僕にかかれば朝飯前ですよ(眼鏡キラーン)』ってくらい出来るだろ」

「最近そういうドラマが増えた気がするけど、あれドラマの中だけの話だから。リアルであんな薄暗い部屋にして仕事してたら目が死ぬわ」


 大将はパソコンを動かし、市況のページを開く。

「とりあえずキャベツのデータのとり方を教えてやるよ」

「やったぜ。後でキャベツあげるね」

「俺ははらぺこあおむしじゃねーっての」



*********


大阪市中央卸売市場 市況情報

http://www.shijou.city.osaka.jp/sikyomap/sikyo


>日報 種類別取扱高



「この下にある、こっち」



>日報 品目別取扱高



「多分こないだは卓ちゃんと、上の種類別取扱高って方を見てたんだと思うんだ」

「あーね、きっとそう。多分そう」

「ニートは記憶力すら低下するのかよ」

「いやいや、酒のせいだよ。よなよなエールが俺の記憶をすべて洗い流していくのさ」

「それ水曜日のネコだけどな」

「なにぃ! 水曜日じゃないのに水曜日のネコを呑むなんて、午前中に午後の紅茶を飲むくらいの暴挙だぞ」

「いいじゃん俺なんて残業しながら朝専用のコーヒー飲んでるし」

 午前様になればセーフ理論。

「水曜日じゃなかったらタチになっちゃう」

「なぁ俺には意味わからんけど顔を赤らめながら言うセリフかそれ。怖いからそれ以上は追及せんぞ」

 至ってノーマルです、いやほんと。


「これで試しに9月1日の情報を取得して、って……あれ、なんでデータが無いんだ」

「ぷぷーっ、1日は市場が休みだからデータが無いんですぅ~。何だよ大将、そんなことも知らないのか」

「殴りたい、この笑顔」


「改めて2日にして、この条件でデータを更新っと……」

「ぁ゛ぅ゛あ、あ゛ぁ゛ぁ゛え゛あ゛か゛?」

 大河の顔はたんこぶだらけで何一つ聞き取れない。


「種類は野菜で、品目のところをキャベツにセットして、と」

 キャベツとグリーンボールにわかれているが、基本的には品目全体で集計にしておいた方が無難である。

「Web表示で見る、っと……ほら、【日報】品目別取扱高 (本場)のデータが表示されたぞ。キャベツは群馬と長野の二つしか無いっぽいな」



産 地    群馬県  長野県

合計数量  202,000  93,337

単位     10kg   1kg

高値    1,026円   -

中値    *,756円  53円

安値    *,540円   -

平均価格  *,747円  53円 



「群馬が群を抜いてるな」

「群馬だけにってか。やかましいわ」

「でも群馬って、キャベツの産地として有名なのか?」

「トラチャンは嬬恋つまごい村って聞いたこと無いか。キャベツの産地として有名だぜ」

「あー、なんかテレビで見たことあるわ。あれって群馬だったのか」

「群馬や長野のキャベツが大阪にまで来るってことは、全国的な産地ってことだな。西日本じゃキャベツの産地ってあまり聞かないし。まあ、キャベツくらいならどこでも作れるから地物でまかなえてるってことかねぇ」

「確かに、近くの畑でもよく見かけるもんな」

「寒さに強いからな。冬は雪の下で寝かしておいて、春先になったら雪から掘り起こして出荷するなんて地域もあるくらいだし。ただし雨には弱い。梅雨の時期や台風の時期は雨が地面に溜まったらすぐにダメになる。だからそういう時期のキャベツは味も薄いしすぐ痛む。ビニールハウスで雨風から守らなきゃ良い野菜は作れないんだよな」

「……なんでそんなに詳しいんだ」

「いや、俺もキャベツが安いってあるから気になって色々調べた」

 割と似た者同士だが、その後の行動に差がありすぎだった。


「……ところでこれ、一つ一つエクセルに数字打っていくのめーんーどーいー」

「そういうと思ってだな」

「まさか、すでにやってあるとか!? 料理番組みたいな」

「そこまではしてない。ていうか、俺がやらなくても勝手に市場の方が提供してくれてる」

「?」

「こっちのダウンロードを押せば、CSVにして出力してくれる」

「しーえすぶい……?」

「そこから説明するのは俺でも疲れるわ。では取り出したるこの布を被せます。そして1、2、3、はいっ」

「よっしゃ理解した。ようはエクセル形式でデータが出力されたから、それをエクセルに貼り付けていけばいいって話だな!」

「料理番組みたいな頭してるのなお前」



「でもさー、これっていちいち日付を変えてデータ更新、そこからキャベツを選択してダウンロードにチェック、そしてボタンを押してファイルを名前をつけて保存とか、面倒くさすぎるんだけど。なんか空白のページが新しいタブで開かれるし鬱陶しいなぁもう」

「わざわざ説明口調でどうも」

「この作業を何とか楽にする方法なんて、ないかしらねぇ」

 ニート大河奥様、右手を左肘に、左手で頬杖をつきながら、ため息を付く。

 陽気な外国人がオーゥとテンション低めに声を上げる幻聴が聞こえてくる。

「今度は深夜の通販番組のノリかよ」

 酔っ払いが二人、何も起きないはずがなく……。

 深夜のコントが始まる。


「本当はPythonでスクレイピングしながらURL取得してforループでデータ集積するのが一番だけど、そんなことをイチから説明する気力は無い」

「えーなに、パイナップル? スフレ? シュークリーム?」

 大河はお腹が空いている。

 キャベツ太郎がなくなったのだ。

「なんで最近やたらとマリトッツォとかいうわけのわからんのが流行ってんだ? 結局はあれシュークリームじゃん」

「いやいやクリーム部分が多いから。しかもシュー生地じゃないから。どっちかというとパンにめっちゃクリーム挟みましたのが正しい」

「やけに詳しいな」

「コンビニ行ったら置いてあるし。あいつら俺に買わそうと必死になってやがるぜ」

 しかし課金カキチキ、結局いつもの組み合わせしか買わず未だに食べていない模様。


「というわけでお手軽にURL解析してダウンロード出来る手段を教えてやろう」

「やったぜベイベー」

「まず先程の大阪市中央卸売市場の品目別取扱高を取得するためのページ(http://www.shijou.city.osaka.jp/sikyo/nippou/hinmoku.html)を見る」

「これリアルにURL言う時って、みんなどう言ってんの。えっちてぃーてぃーぴーころんすらっしゅすらっしゅ、だぶるだぶるだぶるどっと、とか丁寧に言う派? 俺、えちちぴっ、だぶだぶだぶっ、しじょー、てん、してぃー、てん、おーさか、どっとじぇーぴー、すら。みたいな感じ。最初のコロンスラッシュは省略する」

「なんで.jpだけ点じゃなくてドット読みなんだよ」

「その方が格好いいじゃん」

「時々ドットもスラッシュも「のー」で通す客がいるからな。ダブリューダブリューダブリューのー、市場のー、シテーのー、大阪のー、ジェーピーのー、市況のー、みたいに。電話口で言われるとマジ殺意しか湧かん」

「ラジオでメールアドレス言うの聞くと格好良いけど、じゃあそれ聞いて実際に送るかって言うと番組ページできちんと確認するよな。耳で聞くのはあてにならん」

 そろそろ話がずれてきたので軌道修正。

 今どきだと「一旦CM入りまーす」ではなくて「一旦広告入りまーす」になるのだろうか。


「まぁ普通にさっきと同じ、9月2日で良いよ。更新して、キャベツをWeb表示 じゃなくてダウンロードの方にチェックするだろ。んで、見るを押すだろ」

「おう」

「そうしたら空白のタブが出てくる――ああ、待て待て。だからそいつを閉じるな。答えはそのタブにある」

「答えはすべてウェブにあるって最近ドラマでやってたな」

 そのドラマ全話見ました。

「そのタブのアドレスを見てみろ。多分CSVで終わって――」

「ないぞ」

「え」



http://www.shijou.city.osaka.jp/cgi-bin/ichiba.pl?&report1=nippou&report2=hinmoku&ichiba=1&syurui=1&hinmei=0000&syobetu=9&year=2021&month=9&date=2&bubetu=1&hinmoku=13170&download=2&type=new



「あれれー?」

「バーロー」

「いや待て、これは暗号だ。このアドレスの謎を解き明かすことが出来た時、真犯人の姿が浮かんでくるはず」

「ついにこのキャベツ太郎連続殺人事件の犯人が解き明かされるんだな!」

「いや、それはお前じゃん」

「ですよねー。はい、次の袋開けまーす」


「CGIには詳しくはないからわからんが」

「えーなんでよ、お前エンジニア? じゃん。だいたい分かるんじゃねーの」

「お前は『同じ漢字なんだから中国語くらい理解できるっしょ』くらい大雑把なこと言ってると思え。プログラミング言語は似通っている部分もあるが基本は別言語。こいつはPerlってプログラミング言語だが、俺は未履修。お前にロシア語が理解できないのと同じなのっ」

「ぴ、ピロシキーッ!?」

「ナ、ナンダッテーみたいに言うんじゃねぇ」


「まぁそれならそれで別の手段を取るだけだ。その空白のタブあるだろ。そいつのウィンドウ画面内で右クリックして、ソースの表示ってのを押してみろ」

「えっ、今どきIE? そんなサポート終了するような時代遅れのブラウザを使わせようとする男の人って」

「うるせえな、クロームだとページのソースを表示で良いよ。雰囲気でわかるだろ」

「押したよー」

「パソコン素人って本当何事もなかったかのように次に進むから腹立つわー」



<HTML><HEAD><TITLE></TITLE>

<META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0;URL=/data/webroot/nippou/hinmoku/202109/20210902-11-1-31700000.csv">

</HEAD><BODY></BODY></HTML>



「ガチ暗号が出てきたんだけど」

「そうだな。解き明かせば願いが叶うぞ」

「えーマジで。俺もとうとう海賊デビューかぁ」

「やめとけよ遭難するだけだから」

「でもこれから向かうんだろ、インターネットという荒波の海によぉ」

「俺らがやってることって波打ち際で潮干狩りする程度だよ」


「さて、HTMLに関しての説明はしない。とにかく必要な部分だけ言うから覚えろ。徳川歴代将軍の暗記と同じだ。何をやったかなんて後回しで良い、とにかくまずは順番と名前だけ覚えるんだ」

「家康……家光が三代目で、その前が……ZOO……」

「ちげーよどこのダンスユニットだ」

「歴代将軍による圧巻のパフォーマンスが見られるんじゃなかったのか!?」

「ファンファンウィーヒッタステーッステーじゃねぇんだよ。いいか、この部分」



/data/webroot/nippou/hinmoku/202109/20210902-11-1-31700000.csv



「こいつを使う。終わりが.csvの拡張子になってるから、このアドレスでダウンロードできるってわけだ」

「よーし、じゃあさっそく……って、おい。出来ないぞ」

「いや、そりゃ/data/~からアドレスバーに貼り付けても無理だろ。前にアドレスが必要だ」

「?」

「本気で意味わからんって顔してるな……」



http://www.shijou.city.osaka.jp/



「前に付くのはこれ」

「最初に言ってたえちちぴっ、のやつじゃん」

「そう。わかりやすく言えば、このアドレスはデスクトップみたいなもんだ」

「デスクトップ?」

「そう。スラッシュ(/)は階層、つまりフォルダだ。デスクトップに『data』って名前で新しいフォルダを作る。さらにそのdataフォルダの中に『webroot』って名前のフォルダを作る。さらにその中に~って感じでどんどん作っていく。最後に『20210902-11-1-31700000.csv』ってファイルが存在しているってわけだ」

「なんでそんなややこしいことやるんだ。デスクトップにでも置けばいいじゃん」

「お前だってエロ動画の保管場所は『デスクトップ¥卒論¥資料¥新しいフォルダー¥新しいフォルダー(2)¥新しいフォルダー』の中に入れてるだろ」

「なななななににににををををいいいっっってててるるるのののかななな」

「今どき漫画でも居ねえよそんなわかりやすいやつ」

「ふっ。俺はその時その瞬間の、一期一会の出会いってやつを大切にするんでね。お気に入りに登録することすらしない主義なのさ」

「そんで後日後悔するんだろ」

「なんて検索して出てきたやつかもう全く思い出せないんでやんの! そんでやっと見つけたと思ったらすでに削除されていますとか、ふざけんなっての!」

 ちなみにこの意味不明な会話、男子高校生は誰もが通る道であり10年経っても当たり前のように行われる会話であることを留意しておかなくてもいいです。


「つまりだな」



http://www.shijou.city.osaka.jp/data/webroot/nippou/hinmoku/202109/20210902-11-1-31700000.csv



「これでダウンロードできる」

「うおお、マジだ」

「あとは20210902ってやつの年月日を変えてやれば、例えば20210903にするとか、20200901にするとか、過去のやつでも存在する限りは保存できる。年月を変える時は前にある/202109/の部分も変更するのを忘れずにな」

「なるほどなー」



「よっしゃこれでとりあえず情報収集だ!」

「おう、俺はキャベツ太郎買ってくるから頑張れ」

 緊急事態宣言下でもコンビニは便利。

 でも駐車場にたむろしてる酔っ払いにはご注意を。

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