第25話 蚩尤(しゆう)

蚩尤(しゆう)


「あれこそが本物の巨人だな。あれに比べたら我々の重機は小人だよ。あんなものが現実に存在するとは、まるで御伽噺の世界に入り込んだようだ」

新たに現れた敵の姿を見てシュナイダーは心いっぱいに広がった絶望感を茶化すように口にした。

「閣下、大抵の御伽噺は残酷で恐ろしい結末が待っているものです」

相変わらずプリュムは一言多い、とシュナイダーは苦笑いした。

「ですが、中には幸せな結末を迎えるものもあります」

と加えてプリュムは微笑んだ。

時折見せるこの男の悪戯な態度をシュナイダーは快く思っていたが、今回のこの言葉は不安でいっぱいになったシュナイダーの心を一気に溶解させ、この男が副官でよかったと心底思わせた。

「先ほど友軍機らしきものが撃墜されたと報告がありました。ということは、海上の友軍もこの事態をつかんでいるはずです。戦車砲は通じなくとも艦砲ならあるいは、と思いますが」

一理ある提言だった。その言葉をもとにして部隊の一時撤退と再編を指示したシュナイダーは新たな作戦方針を立てねばならなかった。

戦艦の主砲ならあれを破壊できるかもしれない、というプリュムの話はもっともであるが、いつ来るとも知れないものをあてに作戦を立てることなどできない。加えて最終目的は敵を撃滅することであって、超大型の巨人を倒すことではない。敵の母船を破壊すれば自動的に敵巨人は帰還することができなくなる。

「さて閣下、あの巨人にコードネームを付けておきたいのですが、しゆう蚩尤というのはいかがでしょうか?古代中国の兵器を開発した神様の名前ですが、あの化け物のような姿にはふさわしいでしょう」

プリュムによって蚩尤と名づけられた敵の兵器は陸地に向けて進撃しながら撤退の進まない戦車に攻撃を加えていた。一度でも友軍と交戦した相手は敵と認識し攻撃をしてくるのだ。その攻撃はフォッケウルフを撃墜した光学兵器だけではなかった。背部に配置された尾のような装備を振り回し動けない戦車に突き刺した。パンツアーファストで歩兵は反撃するが、蚩尤は低周波の殺人音波を発し歩兵の脳を刺激し気絶させた。もちろんその音波は逃げ遅れた作業員にも及び彼らも次々と倒れていった。倒れた人間を生き残った敵巨人兵器がさらっていく。その間にも輸送用の飛行物体は着々と作業を続け、一機また一機と母船に向けて飛び立っていった。

がこれは逆を返せば、敵の輸送機に紛れ込み、敵母船に乗り込む格好のチャンスとも言えた。そして母船を内部から破壊する。そのための人員はすでに選択されている。そして、その指揮官にプリュムは志願した。

「部下にばかり危険を押し付け、逃げるわけには行かないのですよ。指揮官が最初に逃げれば、兵の心情はどうなりますか。常に指揮官クラスは部下よりも重い責務を果たさなければ、部下は付いてきません。自分が指揮を取ります。閣下には後の始末をお願いいたします」

その場にいた誰もがプリュムの言葉に感動を覚えた。こういう上官の元で働きたいと思わせた。プリュムが長生きすれば将の器となりうる人物だとその場にいた誰もが思った。。

シュナイダーも敵母船に送り込む部隊の指揮官はプリュムが相応しいとは考えていた。

しかし、生きて帰れる可能性のきわめて低いこの作戦に送り込むのは正直なところ辛いものがあった。人間性、判断力、ともにこれだけ優秀な副官は簡単に育つものではないからだ。しかし、陸と艦内とに部隊が分かれて戦闘になる場合、指揮官がプリュムならば阿吽の呼吸で行動できる。個人的な感情だけで人事をするわけにはいかないが、どう考えても適任はプリュムだった。そこへプリュム自らが名乗り出てくれたことはシュナイダーの立場を救ってくれた。

 ちょうどその時アランが十数台の民間トラックを調達してきたところだった。

アランは作業員から買い上げてきた衣服を乗船部隊に選抜された兵士たちに配り始めていた。どの服も汚れきり、破れたり穴が開いたりは当たり前、そして悪臭を放っていた。

汗や体液によるものだ。幕営地でもまともに風呂に入れなかったドイツ兵でさえ辟易する臭いだった。突入部隊はいやいやながらもそれに着替える。その間にもトラックに次々と兵器や食料が積み込まれていく。

補給なくして戦争は継続できず、食料なくして兵は生きられない。生きて帰れるとも知れぬ兵たちのために過剰なまでにシュナイダーは食料を提供した。

せめてもの手向けだった。

「では閣下、行ってまいります。自分がいない間に飲みすぎませんように」

プリュムはにっこりと微笑みながらシュナイダーに向けて敬礼した。つき物が落ちたようなさわやかな笑顔だった。一方シュナイダーもプリュムの覚悟に感謝し、同時に優秀な副官を失うことに気を落としつつも笑顔で敬礼を返した。

「プリュム、帰ってきたらシュタインベルガーを飲もう」

永久の別れを予感したシュナイダーは涙をこらえ、それだけを告げて踵を返した。プリュムらの行動を無にしないためにもやまほどやるべき仕事があるのだ。そして突入部隊はトラックに乗り込み移動を開始した。

シュナイダーはどっかりと司令部の椅子に腰を下ろし、今後の方針を考え始めた。指がトントンとテーブルを叩く。頭脳がフル回転し戦術を組み立てる。

ほおっておくにはあまりに破壊力のありすぎるコードネーム「蚩尤」あれの動きを止めるにはどうすれば良いか?プリュムらの動きをサポートするにはどうすれば良いか?

やつを止める方法は直感的に分かっている。重機と同サイズの巨人兵器でさえあれだけ苦戦したのだ。まともに戦って勝てるわけがない。一点集中。足の一点のみを狙う。装甲を打ち抜けなくとも金属に疲労を起させ砕くことは可能なはずだ。そのためには戦車隊による連続した砲撃、その援護の重機。撤退してきたばかりの兵には申し訳ないがこの戦いが山であることに違いはなくどれほど犠牲を出してもやり遂げなければならない戦いだった。

兵を見れば疲れ切ったものも多く、未知の新たな敵に恐れをなしている者もある。

士気は低下している。しかし躊躇している暇はない。逃げ遅れているものたちが今も蚩尤の攻撃にさらされているのだ。

矢継ぎ早に指示を下し戦車隊の編成を整える。その間にも整備兵が次から次へと補給を完了し、最低限の整備をしている。戦車兵は戦闘糧食を取り、気力を蓄え戦闘に臨む準備を整える。重機隊の搭乗員は皆疲れはて倒れこんでいる。状態の良いものでさえがっくりと座り込みうなだれている有様である。

「血液で動いているぞ、敵の巨人兵器は」

突然シュナイダーに声をかけてきたのはドクトル・メンゲレである。

人体に接続されていたチューブは血液の運搬に使用していたもので、その血液は機械内に配置された特殊金属に流れ込んでいるというのである。そして人間と思わしき生物はその人体的特徴からギリシャ人の特徴が読み取れたのだというのである。

「あれは人間です。我々と同じ地球人だと思われます」

メンゲレの発言をシュナイダーはある程度予想はしていた。しかし、直接耳にするとショックは隠せなかった。

「奴らは人間をパイロットに仕立てているということか、しかもあんな姿にして」

怒りを隠しもせず発した言葉にメンゲレは静かにうなずいた。

そしてシュナイダーは気づいた。敵が倒れた人間を運んでいる理由を、船や荷物を人間ごと運んでいる理由を。と同時に鹵獲した敵巨人兵器は使えないということも悟った。

人間を奴隷にする、それが奴らの目的なのだ。すでに部下も奴らの船に運ばれた可能性もある。となればなおさら奴らを撃破しないわけにはいかない。部下をあんな姿にさせるわけにはいかない。プリュムの部隊を無事に敵母船に送り込み内部から破壊させなければならない

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