第11話 熱砂戦線

熱砂戦線


砂漠は猛烈という表現をはるかに通り越した熱気を持ってドイツ軍第7独立部隊を出迎えた。戦車の表面装甲を焼き、熱風で舞い上がった砂は体内よりあふれ出す汗で体表に張り付き、歩兵の肉体を破壊し、不快感は精神を蝕んだ。夜は夜で日中とは桁違いに気温が低下し、テントの中でも凍えるほどだった。こんな行軍が数週間も続き、兵士の疲弊は増すばかりであった。が、幸いなことには連合軍のさしたる妨害もなく彼らは駐屯地へ到着することが出来た。それが兵士をかろうじて堪え忍ばせることに成功したのである。そして数ヶ月。戦局は膠着していた。というよりも、命令がくだらなかったというのが正しい。ドイツ軍が幕営する拠点より数キロ先の海岸には物資の一大集積地が広がっていた。沿岸には大小の輸送船が多数停泊し、陸上には仮の倉庫が数十数百と出来上がっていた。しかも物資は増えることはあっても減ることは無かった。

これが本来の攻撃目標であるはずだった。が、その状況下、第7独立部隊に下されていた命令は唯一つ。

「次命あるまで待機」

だけであった。この高温ではまともに訓練することもままならず、精々が食事時に器をリズム良くたたきモールス信号の練習をすることぐらいである。やることがないということと昼暑く夜厳寒という寒暖の差がありすぎる気候とも相まって当然兵の士気は低下しきっていた。むしろ日々を送ることに蒙昧し、戦闘集団としての能力は極端に低下していたといったほうが正しい。司令官のシュナイダーは、戦闘がなく損失は無いと行っても、士気の低下した集団を維持することに限界を感じていたし、現状では戦闘集団としての組織の崩壊も近いというのは強く感じ取っていた。それは副官のプリュムも同様に考えているようで、今も作戦行動開始の幾たび目かの直談判に訪れているところであった。が、シュナイダーの回答は人を食ったような内容だった。

「またその話しかねプリュム君。我々は軍人、命令に背くことは出来ないのだよ。ところでエジプトのギザのピラミッド、あれな、宇宙人が造った物だという話もあるが、間違いなく地球人の造った物だよ。エジプト、ペルー、イースター島、マチュピチュ、テオティワカン、西安、巨石文明を発展させた先史文明人、すなわちアトランティス人が造った物だ。その証拠に文化に共通点が多い。象形文字、ミイラ、耐震性の高い巨大建造物。これらの遺跡を線で結んでみると良い。その中心はエジプトのギザだよ。いいか、言っておくぞ、世界の謎を、敵の謎をつかんでいるのは石切場の賢人を名乗る秘密結社だ。金属加工のプロフェッショナルである彼らは我々に協力もするが、同時にやつらの下僕でもある」

「少将閣下、そのような与太話でごまかさないでいただきたい。私の進言とは全く無関係な話に聞こえるのですが。ですが、参考までにお聞きしますが、我が軍の新兵器と思っていた重機、あれは、わが軍独自の開発ではないという噂は本当なのですか?」

「ここまで事態が進行すれば君と私とはもはや一蓮托生だ。よかろう、話しておこう。あれは基本的にはわが軍の開発だが、図面や一部部品は日本製だ。しかし元々の出所は百目だか、石切り場の賢人だという話だ」

「百目?石切場の賢人?どちらもあやしい秘密結社ですね。先ほども、おっしゃっていましたが、そんな奴らがなぜ我々に協力するのです?」

「だからさ、そこが謎なんだよ。やつらにはやつらの都合があるんだろうさ。まあ、我々は我々の戦いをするだけさ。勝たなきゃ死んじまうんだ」

ティーゲル戦車の群れに守られながら野営のテントの中でコーヒーをつまみにワインを飲みつつ交わされた会話である。

「では本国でしきりに囁かれていたアトランティス人とは何者だったのですか」

「そんなことは知らない。興味も持ったことは無い。俺にとってはただの昔死んだ人たちだ。だが、我が国のオカルト好きは総統直々だ。小さいことは気にしないことだ。それにしても、この赤ワインはうまいな。もう空だ」

プリュムはくすりとした。

「閣下はなぜそんなにいい加減なのです。ロンメル元帥の弟子だったとはとても思えません」

「モルトケにしろロンメルにしろ、かつてのプロイセン軍人の魂を持つものは今のドイツには必要ないのさ。だから己が生き残る為に、部下を一人でも多く生き延びさせる為に愚鈍なナチスドイツ軍人に成り下がっているんだよ」

人柄を知るプリュムにとって上官の言葉は予想通りの答えで納得いくものだった。

「もっともその祖国も敗北、総統も死んだという情報もありますが。その割りに補給は途絶えませんからただの噂なんでしょうが。で、思い出したのですが、シュタインベルガーが残り一本です。補充されるワインはアルザスばかりでして」

その最後の言葉を聴いて、少将はぶはっとコーヒーを吐き出した。

「何、そいつは大変だ。国が滅びても何とかなるがシュタインベルガーが飲めない世界は台風とハリケーンとスコールと梅雨が一緒に来たようなものだ。とても耐えしのげん」

「どうします、とっておきますか」

「いや、最後の一本飲んでしまおう。なくなったらなくなったで命令を待たずに戦闘初めてぱっぱと終わらせよう」

プリュムは一転顔に緊張を走らせた。が、すぐに緊張を解き

「私の提言よりもワインの在庫の方が効果があるというのは残念ですが、良いご判断だと思います。命令違反にはなりますが、徒に兵をすり減らし全滅するよりはましです」

「そうと決まれば、例の捕虜を呼んでくれ。彼らにも勝利の美酒をわけてやろう。明日が最後ともなれば、彼らも少しは話してくれるだろう」

そういう会話の中で、シュナイダーが「ドイツが負けたのは事実だよ」という言葉を飲み込んでいたことにプリュムは気づくことはなかった。このときのシュナイダーには思惑があった。この時点でシュナイダーは副官たるプリュムにも、本国の敗北と、彼らの所属が変更されているというあり得ないことが起きている事実を伏せていた。だが、その事実を密かにシュナイダーに伝えた人物が部隊内に未だに潜み暗躍していることに不快な思いも持っていた。そこで、彼らの部隊に潜り込んでいるネズミをあぶり出せるのではないかと考えたのが一つ。所属の変更先が彼らを切り捨てる可能性があるということ。そして目の前に広がるこれだけの資源を手に入れることが出来れば、部下の今後の身の振り方の見通しが立つだろうとの判断。後にシュナイダーが戦争犯罪人として裁かれることになったとしても、だ。そういう思考を一瞬でやってのけたが、この時には実際に先に出された命令に反し、戦闘を行うつもりはシュナイダーにはなかった。あくまでも、士気高揚のためのデモンストレーションとネズミを見つけ出すための欺瞞行動にとどめるつもりであった。

呼ばれてやってきた捕虜は、藤堂隆俊と黒葉真風という日本人のカップルだった。

同盟国の国民とはいえ、戦場にいるにはあまりにも不似合なカップルという存在に、見つけてしまった以上は逮捕しないわけにはいかなかった。

二人は丁重に席に通された。テーブルにはワイングラスが置かれいかにも温厚そうな顔をした給仕係が丁寧にワインを注いだ。捕虜の二人は指揮官であるシュナイダーをよく冷えたワインのように冷ややかな目で見つめ、特に隆俊は反抗的な態度を崩さずおり、真風はそれをいさめていた。

一方、ほろ酔い加減でお気に入りのワインを飲めるとあって、シュナイダーは普段は声を掛けない給仕にも一声声を掛けた。「君、先ほどの赤ワインは実にうまかった。あれはもしやアルザス産かね」給仕は穏やかな笑みを浮かべてうなずいただけだったが、それが答えだった。そしてシュナイダーは二人を振り返った。

「いつまでもそんなに硬い態度を取っていないで、くつろぎたまえ。我々は同盟国人ではないかね」

「よくもそんな台詞を吐ける。あれだけのことをしておいて」

と隆俊が憎憎しげに言った。

「たかだか、強制労働ごときでがたがた言わずにまずは飲みたまえ。わが国の誇る名醸ワイン、シュタインベルガーだよ」

シュナイダーはグラスを傾けわずかを口に含み、そのさわやかな香りと甘味を含んだフルーティな味を堪能した。

「うん、美味い。君たちとももうお別れになる。日本風に言えば、別れの杯といこうじゃないか」

とあえて陽気を装って二人の警戒心をほぐそうとしているのがプリュムには見て取れた。

「お別れ?我々は解放ですか?それとも?」

二人はさらに警戒を強めた。最悪の場合処刑されるかもしれないからだ。

「心配するな。我々は明日から作戦行動に入る。諸君らにはトラックを一台くれてやるから好きなところへ行きたまえ。まあ、ひとつだけ条件があるのだがね」

グラスのワインをうまそうに飲み干しながらシュナイダーは言った。その言葉に二人は少し安心した。

「いよいよ戦闘ですか?閣下、敵はどこまで来ているのですか」

黒葉真風は探りを入れたが、答えは意外なものだった。

「本当の敵はまだ宇宙空間かな」

そっけなく予想外な回答をされたことに二人は言葉を失った。

「おいおい、そんなに驚くなよ。君たちだって、知っているんだろう。百目のメンバーなんだから」

「百目?なんだ、それは。我々と何の関係がある」

真剣に答えたのは隆俊である。一方、真風は心の中で舌を出したが、おくびにも出さない。

「あきれたな。本当に何も知らないのか」

シュナイダーは本当に心の底からあきれていた。それは今まで彼らを百目のメンバーもしくは石切場の賢人と思いこみ情報を引き出すためにあれこれ手を尽くした己のバカさ加減に対する物だった。

「では情報交換といこう。私は君たちが見てきた物を知りたい。私は君たちに百目と敵について教えよう。どうかね」

真風は真剣そのものの目でシュナイダーに問い返した。

「私たちの見た何を知りたいのでしょうか?」

シュナイダーは女性のまなざしに引き寄せられた。真剣さと輝くような瞳の美しさに故郷に残してきた一人娘を思い出したのだ。

「フラウ真風、どうやら私は交渉相手を間違えていたようだ。君をただの隆俊君の秘書だと思っていたが、実質的なリーダーは君のようだ。あなたが我々と行動を共にしている最中、どれだけ兵のために働き、人気があったか知っている。だから、損得無しに正直に知っていることを話そう。これは交渉になる、君もそのつもりで臨んでくれたまえ」

真風はグラスに注がれたままのワインを飲んだ。

「確かに美味しいお酒ですね」

グラスをテーブルに戻し真風はシュナイダーの瞳をしっかり見据えた。

「では、敵の正体は」

「火星人だよ」

シュナイダーの簡潔な返答には二人だけではなく、副官のプリュムも驚愕せざるを得なかった。驚愕を隠せずに真っ先に疑問の言葉を口にしたのはプリュムであった。

「閣下、冗談にもほどがありますぞ」

「いや、その言葉は本当かもしれない。我々が今まで見てきたものはとても地球のどの時代のどこの国でも造れたとは思えない」

シュナイダーは隆俊の言葉ににやりとした。

「やはり、な。」

「もう一つ教えておくと、百目のエージェントが探していた、日本へ渡るはずだった鉄鋼はそこの物資集積所に山積みされている。これが宇宙人に渡される。明日我々はあれを奪うために戦闘を仕掛ける」

シュナイダーの瞳は真剣さを帯びた。考えるときのクセなのだろうか、シュナイダーがテーブルを指でたたく音が響く。

「あの資源が元々誰の物だったかはともかく、地球産出の物だ。むざむざ宇宙人などにくれてやるつもりはない。例え本国の命令でもね。もっともその本国も、もう無くなったがね」

「閣下!」

驚愕の声を上げたのは当然の事ながらプリュムだった。

「プリュム君、現実は現実だよ。我が帝國は連合軍に敗北し、総統も自害された。だが、命令は生きている。私は命令を無視し独自の行動に出ようと思う。あそこの資源を奪って商社でも始めようかと思う。そうでもしなければ兵を喰わせていけん」

そういってシュナイダーは頑丈でかつ二重三重にガードのかかったアタッシュケースを開き、封書の束を取り出した。

「プリュム君、みたまえ。今まで私の所に届いた命令書の束だ。君たちも見たまえ。そして、この事実を記録に残して欲しいのだ。未来に我々の行動の真意を知って貰うために。それが私が君たちを解放する条件だ」

プリュムと二人は長い時間をかけて命令書を熟読した。暗号が解読されてしまっている時代とはいえ、逐一命令が書面で届けられるのは異常であった。そしてプリュムはおかしな事に気づいた。

彼らが幕営して以来、命令書をとどける密使を彼は目撃していないのだ。

そしてもう一点。命令の発信先がドイツ本国からツングースカ協定機構という聞き慣れない部署に変更になっていたことだ。

「見ての通りだ。我々栄えある第7独立部隊はいつの間にか、ツングースカ協定機構軍とかいうものに編入されている。我々はドイツ軍でありながらドイツ軍では無い物になってしまっているのだ。その上、敵国であるはずの連合国との共闘も想定されている」

シュナイダーは頭の後ろで手を組み大きくため息をついた。

「一体世界はどうなっていることやら」

歴戦の老練な将軍にとっても世界がどう動いているのか予測することは不可能だった。そしてただ戦いに勝つことを考えていればよかった時とは違い、ドイツ本国という後ろ盾を失い、全く未知の組織への編入という考えられない事態となっていることに、部下の処遇、身の振り方に心を砕かなければならなかった。その答えが物資の略奪と運用という事だった。そうすれば少なくとも部下を徒に失うこともなく生活の糧とすることが出来る。

「いずれにしろ、明日我々は行動に移る。君たちは我々の行動の意味を考え、混沌とした世界の闇を照らし出してくれたまえ」

「閣下、そのお話は本気でしょうか」

突然会話に入ってきたのは、先ほどまで給仕係をしていた男だった。

シュナイダーは振り返り皮肉を込めた声で問うた。

「ネズミはやはり君だったか。で、君の本当の所属はどこなのかね、アメリカかね?もしや百目、それとも石切り場の賢人か」

「私の名前はアラン・ポアン・アポアルージュ。百目のフランス支部のエージェントです。その命令書を密かに閣下にお届けしたのは私です。せっかくですから少しお話ししておきましょうか。まず、ドイツ第三帝国は5月8日敗北しています。しかしながら第7独立部隊はドイツ敗戦以前にツングースカ協定機構軍に編入されていますから、命令に矛盾は発生いたしません」

そこまで話を聞いたプリュムは銃を抜いて給仕に狙いをつけた。

「いい加減なことを言うな。ドイツが負けるわけがない!それに貴様が百目だとっ!百目とはなんなのだ、説明してみろ」

プリュムはさらに怒りのボルテージを上げ銃を給仕の頭に狙いを代えた。

「閣下」と声を上げつつ、給仕は打たれないように両手を挙げつつ、なお目をプリュムから離さずこの場を諫めてくれるようシュナイダーに訴えた。常に冷静な判断を下してきた歴戦の将官たるシュナイダーが忠実で優秀な副官のプリュムを諫めることは簡単だった。

「やめたまえ」の一言で事が済むからだ。

「アラン君と言ったな。この場で名乗りを上げた以上、それなりの話を聞かせて貰えると判断して良いな」

いままで騙されていた怒りは抑えているが批難をこめた冷たい言葉だった。

「勝手な行動を取らず、命令に従ってくださると約束していただけるならば」

ほんの数秒だがシュナイダーは返答をしなかった。策略を練ったのだ。

話だけ聞いてこの男が目的の邪魔になれば殺してしまえばよいと。

アランはその数秒の沈黙が意味することに気づいてはいた。が、意に介することはなかった。話を聞けば命令に従わざるを得ないことをわかっていたからである。

 結局の所その場でアランが殺されることはなかった。そして、シュナイダーら第7独立部隊が命令を破ることにはならなかった。次の命令が下されたからである。

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