第57話 最後の試合、皆の思い

 

「…とうとう、明日が最後になっちゃったね…」


 決勝前夜、布団に寝っ転がっている多恵が皆に言った。


 決勝は準決勝から、1日空けての開催となっていて、まだ、消灯時間ではなかったが、皆は身体をケアしつつ、大部屋でくつろいでいた。


「そうだね~まぁ~色々あったよね~この一年も~」


 隣で絵里が座って、ホットココアをズズズと飲んで、おばあちゃんのように落ち着いていた。


「絵里はいつも落ち着いてるよね~

 決勝戦前なのに。

 なんか、慌てたとこ見たとこないもん。」


 花が柔軟しながら、絵里の様子を羨ましそうに見ていた。


 絵里は笑って、花に言った。


「あはは~花ちゃんはちょっと落ち着きが足らないよね~

 そんなに急いでも何もいいことないのに~」

「…なんかムカつくな~」


 花はムッとしながら、柔軟していると傍に置いてある携帯が震えた。


 花が携帯を見ると、珍しいことに麻衣からのメールだった。


「負けんじゃないわよ。」


 ただ一言だけ、麻衣は激励の言葉を花に送ってくれたのだ。


 花は嬉しくて、つい微笑んだ。


 多恵がニヤついた花を見て、ムカッとして言った。


「あぁ~彼氏からだろ~

 決勝前にイチャイチャすんじゃないよ~」

「違うって。麻衣からだよ。

 ほら、元西南FCの。」

「とか言って、嘘つくんじゃないよ~

 携帯よこせ~」


 そう言って、多恵は花に飛びついてきた。


「だ、だから、違うって!!

 そんなん言うなら、絵里だって、今、彼氏とメールしてるよ!!」

「ちょ、ちょっと!花ちゃん!!

 何言い出すんだよ!!」


 絵里は今までになく慌てた様子で携帯を隠した。


 多恵は絵里の方を向いたが、何かむなしくなって、自分の布団に戻った。


「いいなぁ~彼氏持ちは余裕があって~~

 てか、他に彼氏持ちって誰がいるっけ?

 彼氏いる人~~」


 そう言って、多恵は皆に手を上げるように質問した。


 すると、凛音が特に気にする様子もなく、手を上げた。


「私、彼氏いますよ。」

「えぇ~~そうだったの~~

 意外~~~」


 凛音の隣にいる理恵が驚いていた。


 凛音はこともなげに理恵に言った。


「むしろ、あんたみたいなチャラい女に彼氏いないのが、意外だわ。

 てか、高校生なんだし、彼氏くらいいてもおかしくないでしょ?」

「でも~~なんかリオチンって、男らしい女っていうか~~

 男なんて~って言ってるタイプかと思ってた~~」

「…どういう偏見よ…

 私は1年の時、陸上部で男子とも接点多かったからね。

 その時にできたんだよ。」

「うそ~~~いいなぁ~~~

 サエチン知ってた~~?」


 理恵が羨ましそうにしながら、本を読んでいた紗枝に聞いた。


 紗枝は目線を本からそらさずにそのままの表情で答えた。


「知ってましたよ。

 2年生で知らないのはあなたくらいですよ。」

「えっ!!マジで!!」


 理恵はいつもの口調が崩れて、かなり驚いていた。


 そして、理恵が周りの2年生を見回すと、皆がうんと頷いていた。


「ちょ、ちょっと~~私だけ知らないのはショックなんだけど~~

 なんで、私には教えてくれなかったの~~」


 理恵は凛音の肩を揺さぶって、駄々をこねた。


「い、いや、聞かれなかったし。

 あんたに言うと、うるさそうだから、嫌だったんだよ!」

「そんなぁ~~~」


 理恵はうなだれて、拗ね始めた。


 そんな2年生達を見て、他の皆は笑ったのだった。




「そう言えば、監督って彼氏いないんですか~?」




 何も知らない愛が、笑いながら、川島に禁句を言った。


 一瞬、場の空気が凍った。


「馬鹿ッ…!!」


 麻耶が愛の口を急いで塞いで、川島の様子を伺った。


 川島は少し黙った後、両手をゆっくり動かして、○か×かのジェスチャーをし始めた。


 一同がその様子を見守っていると、川島は両手で○の字を書いて、笑った。


「…あはは~~愛は初めてだから、オッケーだよ~~

 許してあげる~~~」


 皆はホッと、安堵したのだった。


 愛は何が何やらと言った顔をしていた。


 麻耶は小声で愛に注意した。


「…いい?…監督に色恋沙汰の話はしたら、ダメだからね!!絶対!!」

「は、はい?」


 そんな二人のやり取りを見て、花が笑い出した。


「あはは~そういや、私も似たようなことしたよね~~

 あん時は麻耶が致命的なこと言って、監督のこと怒らしたんだけど~」

「あ、ありましたね。そう言えば。

 でも、結局、シャトランはいつも通り、10本で済ませてくれましたけどね。」


 花の柔軟を手伝っている香澄も苦笑いした。


 多恵も思い出し笑いをした。


「ククク…あったね~

 ホント、監督ってデリケートですよね~~」

「…あなた達も私の歳になると分かるわよ…」


 川島はドヨ~ンと落ち込み始めた。


 花は柔軟をやめて、空気を変えようと川島に言った。


「そ、そういうことじゃなくて、もっと楽しいこと思い出しましょうよ~

 結構、色々あったじゃないですか~」


 川島は顔を上げて、グスっとしながら、花に言った。


「…それもダメ…思い出すと泣いちゃうから…」


 多恵はため息をついた。


「…こうなるとダメだ。

 もう、私達だけでもしっかりしよう。」

「あはは~まぁでも、ホント色々あったよね。

 この一年もさ~」

「そうですね~

 3年生になって初めての練習試合の時に、キャプテン決まってなかったのは正直焦りましたね。」

「そうそう!!

 ずっと、言いたかったんだけど、なし崩し的に私になったけど、絶対、皆、めんどくさかっただけだよね!?」

「違うよ~

 麻耶しかいないって、前から思ってたよ~」

「うん。そうだね。

 キャプテンはあんたにしかできないことだよ。」


 そう言って、香弥がポンと麻耶の肩を叩いた。


「嘘つけよ~

 私は香弥の方がキャプテンに向いてると思うよ~

 私より賢いし、冷静だし!」

「いやいや。キャプテンは麻耶にしかできないことだよ。」

「それしか言ってないじゃん!!

 もっと具体的に説明してよ!!」

「いやいや。キャプテンは麻耶にしかできないことだよ。」

「もう怖いわ!!

 同じことしか言わなくなっちゃったよ!!」


 マヤカヤコンビの掛け合いに皆は笑った。


「そういや、次のキャプテンは誰にするの?

 今のうちに決めといた方がいいよ?

 多分、監督またギリギリまで言わないからさ。」


 多恵は川島がいじけている中、1、2年生達に聞いた。


 すると、1、2年生達は顔を見合わせてから、理恵を見つめた。


「理恵でいいんじゃない?」

「うん。理恵でいいよ。」

「理恵先輩でいいと思います!!」


 皆、迷うことなく、理恵を指名した。


 理恵は驚いた様子で、苦笑いした。


「えぇ~~私~?

 私はダメだよ~~性格がキャプテン向きじゃないし~~

 てか、なんで私なの~~?」


 紗枝がパンと本を閉じて、理恵に言った。


「あなたは普段はふざけていますが、サッカーに関してはとても冷静で優秀です。

 だから、私もあなたがキャプテンにふさわしいと思いますよ。」

「…サエチン…」


 愛も理恵に元気よく言った。


「私も理恵先輩がいいと思います!!

 確かにふざけてるように見えますけど、退場した時なんか泣いたりして、気持ちの熱さも持ってて、キャプテンにぴったりだと思います!!」

「…コラコラ…愛っち~~余計なことは言わないでいいんだよ~~」


 理恵はいつもとは違う笑顔の中に怒りを織り交ぜた表情で、愛を睨みつけた。


 愛がんっ?と分かっていないような顔をしている中、凛音はニヤッとしながら、理恵を見た。


「あん時はあんたも泣くほど悔しかったんだね~

 似合わないことするからだよ。」


 凛音はまたふざけた回答が来るかと思っていた。


 しかし、予想とは裏腹に理恵は両手で真っ赤になった顔を隠して、恥ずかしそうにしていた。


「…そりゃ…私だって…悔しい時は悔しいよ…」


 そのギャップに思わず一同はドキッとして、ときめいてしまったのだった。




「あぁ~~もう~~分かったよ~~~

 私がキャプテンするよ~~~」


 理恵はいつもの口調に戻って、皆に宣言した。


 皆がおぉ~と拍手している中、理恵は紗枝を見つめた。


「…じゃあ、最初のキャプテン命令!!

 サエチン!3年生になってもサッカーしなさい!!」


 紗枝は理恵の突然の言葉に驚いたが、直ぐに優しく微笑んで答えた。


「いえ…残念ですが、私は明日の試合で引退します…」

「ダメだよ~~キャプテンの命令だよ~~~」

「あなたはまだ、キャプテンじゃないでしょう。

 今は麻耶先輩がキャプテンですよ。」

「えぇ~~来年もサエチンとサッカーしたいよ~~~」


 理恵が駄々をこねるように紗枝に抱き着いた。


 紗枝はしょうがないと言った様子で、理恵の頭を撫でた。


「そう言って頂けるのは嬉しいですが、私にも夢があるんですよ。」

「…夢?」


 理恵は紗枝から離れて、紗枝を見つめた。


「私は弁護士になりたいんですよ。

 そのために明日の試合が終わったら、勉強に専念させてもらいます。」

「え~~~弁護士~~~!!

 すごいじゃん!!

 皆、知ってた~~~?」


 理恵が再び、1、2年生の顔を伺うと、皆、再び、頷いた。


 更には3年生達も頷いていた。


「なんでよ!?

 なんで私だけ、いっつも知らないの~~~!!

 皆、私に対して冷たすぎない~~~~」


 理恵は泣きそうな顔でうなだれた。


 皆はいつもは見られない理恵の感情の変化が楽しくて、笑っていた。


 そんな中、紗枝はため息をついて、理恵に説明した。


「あなたに言ったら、反対されそうだったからですよ。

 あなたが私のことを信頼してくれているのはプレーで分かってましたし。

 …それに、あなたに反対されたら、私も気持ちがぶれてしまうんじゃないかと思っていたんですよ。」

「…サエチン…」


 最後に紗枝はコホンと恥ずかしそうな顔をしながら、そっぽを向いて、理恵に言った。


「まぁ、あなたとサッカーが出来て楽しかったですよ…

 お礼は言っておきます…

 ありがとう…」


 理恵は嬉しくなったが、冷静に紗枝に突っ込んだ。


「あはは~~~サエチン~~まだ、明日が残ってるよ~~~

 お礼を言うのは早いって~~~」

「う、うるさいですね!!

 しゃ、社交辞令ですよ!社交辞令!!

 真に受けないでください!!

 そういうとこが嫌いなんですよ!!」


 そうして、花にとって、フェリアドFC最後の夜が楽しく過ぎていった。




「…香澄ちゃん…起きてる?」


 消灯時間が来て、皆が寝静まった頃に中々寝れない花は小さな声で呟いた。


 香澄は隣の花の方に寝返りを打って、小さく返事した。


「…起きてますよ…寝れないんですか?」


 花も香澄の方を向いた。


「…うん…なんだか、明日が速く来てほしいような、来てほしくないような変な気分なんだよね…」


 香澄はクスッと笑った。


「…なんとなく分かりますよ…私も寝付けないですし…

 でも、明日のためにも早く寝ましょ?」

「…うん…そうだね…

 …でも、最後に一言だけいい?」


 香澄がうなずくと、花はそのままの体勢で、笑って言った。



「…フェリアドに誘ってくれて、ありがとね…」



 花の言葉を聞いて、香澄は口元が緩んだ。


 そして、香澄は花の目をジッと見つめた。



「…こちらこそ、フェリアドに入ってくれて、ありがとう。花。」



 香澄に初めて、呼び捨てにされて、花はどうしてか嬉しくてたまらなかった。


 花と香澄は顔を見合わせて、小さな声で笑った。


 花は香澄に向けていた身体を天井に向けた。


「…これからもよろしく。香澄…」


「…うん…よろしくね。花…」


「…お休み…」


「…お休み…」





「さぁさぁ~~いよいよ、決勝戦だね~~

 とりあえず、楽しんできなさい!」


 川島が決勝戦前、いつものセリフを皆に言っていた。


 麻耶はうんざりした様子で、川島に言った。


「監督~~いっつもそればっかりじゃないっすか~~

 折角、決勝戦何だから、他になんかないの~」

「あはは~~ダメ~~?」

「ダメ!!」


 麻耶に叱られた川島はしょうがないと、話し始めた。


「決勝戦って言っても、やることは変わらないし、どんな試合でも勝ちたいと思ってるでしょ~

 それでいいんだよ~

 結局、どんな試合でもやるのはサッカーだけなんだから。」


 皆は真剣な表情で川島の言葉を聞いていた。


「皆、これまで私についてきてくれて、私の想像通りのプレーをしてくれるようになったよね?

 だから、強いて最後にアドバイスするとしたら、一言だけ…」


 川島はニコッと笑った。


「私の想像を超えてみな!!

 そしたら、必ず、勝てるから!!

 それじゃ~頑張っていこ~~」


「はい!!!」





「…まぁ、一応聞いとくけど、皆、緊張してる?」


 円陣を組んで、麻耶が皆に声を掛けていた。


 皆は首を横に振って、麻耶の質問に返事した。


 麻耶はその様子を見て、笑った。


「そうだよね!!

 早く試合がしたくて、うずうずしてしょうがないよね!!

 私もそう!!

 だから、細かいことは言わない!!

 絶対、勝つぞ!!」


「おぉ!!!!」


 そして、円陣が解かれて、皆はポジションに向かって行った。




 ピィ~~~~~




 晴天の空の下、試合開始のホイッスルが吹かれたのだった。


 続く

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