第38話 花の憂鬱
「…これは、捻挫と打撲だね~
それ程ひどくはないけど、1週間は安静にすること。」
花は川島に連れられてやってきた病院の先生にケガを見てもらっていたのだった。
花は骨折してなくて、ホッとした様子だった。
川島も胸をなでおろして、先生に頭を下げた。
「ありがとうございます。泉先生。」
花を治療した医者は泉史郎(いずみ しろう)という名のスポーツ医療を専門としている外科医で、ガッチリとした若く見える男だった。
「いやいや。
由紀恵ちゃんが久しぶりに来たかと思ったら、監督やってるとはね~
ちょっとびっくりだよ。」
「そうですか?
私、結構、監督向きだと思いますけど?」
「な~に言ってんの~
俺にどんだけ自分勝手な文句言ってきたか~
忘れたの~」
「い、いや~そんな言ってたかな~?」
川島は照れながら、泉と話していた。
普段見せない川島の顔を見て、花は少し面白かった。
「まぁ、というわけで大したことが無いとはいえ、1週間は絶対安静ね。」
「私、来週も試合なんですけど?」
「ダメに決まってるしょ。
悪化させたいなら止めないけどね。」
泉は診断表を書きながら、当たり前だろうと言った表情で花に言った。
「いや、絶対に出たい試合なんですけど!
大事な試合で勝たないといけない試合なんです!」
花はもちろん泉に猛反発した。
泉は表情を変えることなく、花に答えた。
「逆に聞くけど、負けていい試合なんてある?
残念だろうけど、やめといた方がいいと思うよ。」
「でも…!!」
花が食い下がろうとする中、川島が止めに入った。
「花。泉先生はこんな感じでいつも適当だけど、言ってることは正しいから。
来週の試合には私が出しません。」
「そんな!!」
花が納得のいっていない様子を見て、泉は笑いながら言った。
「ははは。君は由紀恵ちゃんとそっくりだね。
由紀恵ちゃんもそんな感じでサッカーが出来なくなったんだよ。」
「えっ?」
泉は優しく微笑んで、花に言った。
「由紀恵ちゃんもそうやって、試合を選んだんだよ。
私は外科医であって、精神科医ではない。
だから、本人の意思を変えることが出来る程の言葉を投げかけることもできない。」
川島は俯きながら、笑って泉の話を聞いていた。
「私は事実しか伝えることが出来ない。
事実を知って、どうするかは当人次第だというのが私のポリシーでね。
なので、小谷さんが来週の試合に出て、サッカーが出来なくなっても私はどうも思わない。
しかし、由紀恵ちゃんや君みたいな子達には一つだけアドバイスを上げているんだよ。」
「アドバイス?」
花は泉の話にのめりこむ様に聞き入っていた。
そして、泉は変わらない笑顔で、花に話し始めた。
「君はスポーツをしていて一番つまらないと思うのはどんな時だと思う?
それは良いプレイが出来なかった時とか、ミスを一杯した時とか、試合に負けた時とか、チームメイトと上手くいかなかった時とか、色々、考えられるかもしれないけど、そんな事よりもつまらない瞬間というのはそのスポーツ自体が出来なくなった時だよ。」
泉は診断表を見ながら、話を続けた。
「…捻挫と打撲…
言葉だけ聞くと、何だか平気そうな感じだけど、捻挫は癖になるし、打撲だって同じところを打ち付けると筋肉自体が断裂する可能性もある。
もっと言えば、ケガをかばいながらプレーすることで、今のプレースタイルを維持することもできなくなるし、ドンドン下手になっていく可能性がある。
要はいつもしているようなプレーが出来なくなる可能性が高くなったり、上手くなる可能性がなくなるってことだよ。」
泉は最後に花を見つめて、聞いた。
「それでも君は試合に出たいと思うかな?」
花は泉の話を聞いて、悔しそうにしながら答えた。
「…分かりました…」
「…なんかちょっと腹立つ先生でしたね…」
花はマイクロバスで家の近くまで、川島に送ってもらっている最中にムッとしながら言った。
「あはは~そうでしょ~
なんか正論しか言わないみたいな感じでやな感じでしょ~」
川島も笑って、花に同意した。
花は川島の真後ろで、窓の外を見ながら、何か考える様子でボソッと川島に言った。
「…監督はあれだけ言われても、試合を選んだんですね…」
川島は少し迷いながらも、花に答えた。
「…まぁ、あの時は他に何にも見えてなかったからね。
日本代表になることだけを見て、周りの言うことなんて完全に無視してたから~
まぁ、周囲の人も期待の言葉ばっかりかけてきたんだけどね~」
花は川島の当時の様子が分かったような気がして、そうせざる負えなかった理由があったんだろうなと深くは聞かなかった。
辛気臭い雰囲気になったのが嫌だった花は川島の座っている椅子を掴んで力強く、言った。
「次の試合、私いなくても勝てますよね!!」
川島はニコッと笑って、答えた。
「当たり前じゃん~」
翌日から、花は松葉杖を突きながら、学校に通った。
捻挫とはいえ、治りを早くするために松葉杖をもらったのだ。
そうなるとやはり学校ではいじられた。
「野口君が治ったと思ったら、今度は花なの~
でも、今度は野口君に看病してもらえるじゃん~」
「はっはっは~似たもの夫婦とはこのことだな~
なぁ?アッキー!」
「昭義。お姫様抱っこしてやれ。」
花はいつもの通り、いじられているとは思っておらず、笑いながら言っていた。
「あはは~そうだね~
アキ。お姫様抱っこしてよ~」
好き勝手言われる野口はうんざりしながら、答えた。
「うっせぇ!!
ここではぜってぇしねぇからな!!」
「ここではってことはどっかではするんだ?
いやらしい~」
「やらしいぞ!アッキー!!」
「…ケガが治って、もうしばらくはいじられないと思ってたのに…」
野口は泣きそうになりながら、諦めるのだった。
準決勝当日、花はベンチの横で座って試合を眺めていた。
花は相手チームを観察して、フェリアドFCメンバーに大きな声を出して、指示していた。
この頃には流石に松葉杖をついてはおらず、立って、全体を見回していた。
まるで自分が試合に参加しているかのように必死になって声を掛けていた。
しかし、残念ながら、相手チームはプロの下部組織で非常にまとまっており、強く、試合はフェリアドFCが健闘したものの0-2で負けてしまったのだった。
「はい!皆、お疲れ~
今日は負けはしたけど、よく頑張ったよ。
次は必ず勝てるよ。
全国大会まではまだ時間があるからね。
やることは山積みだよ~
それじゃあ、頑張っていこ~」
「はい!!」
そうして、花が後片付けをしていると、またしても麻衣がやってきて、少し怒ったような表情で花に声を掛けた。
「…ケガ…大丈夫なの…?」
花はケロッとした顔で麻衣に言った。
「うん。もう大丈夫だよ。
念のため、安静にしてるだけだよ。」
すると、麻衣はため息をついて、まだ怒った様子で花に言った。
「…今度はちゃんと私達と当たるまで、勝ちなさいよ…」
それだけ言って麻衣は去って行った。
二人の様子を見て、千里子が神妙な顔をして、花に声を掛けた。
「…ホントにあんた、あの子と仲良くないの?
心配してるし、試合したがってるし、傍から見たら、間違いなく友達だと思うんだけど…」
花は千里子に友達と言われて、何故か嬉しくて、恥ずかしくなった。
「い、いや。ホントに分かんないんですよ!
なんで、こんな気にかけてくれるのか…
私、なんかしたっけかな~?」
千里子は花の肩を叩いて、言った。
「あんたはプライベートの部分で周り見えてないところあるからな。
気をつけなよ。」
「わ、分かってるよ!!
前にも似たようなこと誰かに言われたよ!!」
花は恥ずかしくなって、顔を赤くしたのだった。
続く
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