めんどい探偵

高橋 白蔵主

第3話 めんどい探偵とシナモンティー

「先生、先生ってば」

「なに、朝からうるさいよ」

基本的に探偵は寝床から出てこない。豪奢なベッドの上で布団に上体だけ起こして、眠そうに目をこすっている。


「助けてくださいよ、先生、資料見るだけでいいですから、ね、お願い」

「あのさ、コバヤシくんさ、腐っても警察の人でしょ」

「腐ってないです、新鮮ですよ、最近部下もできましたし」

「その部下が見たら泣くよ。上司の朝一番の仕事が、部外極秘の内部資料差し出したうえに、靴を頭の上に乗せて土下座って」

「なんなら写真も撮ってください、先生、オレ困ってるんスよ!」

「言ったね」


古林は頭上で響くシャッター音を聞いた。面倒くさがりな探偵の切るカメラは、シャッター音までが眠そうである。


「ふん、ふん」

探偵は目を細めながら厚い紙の束をぺらぺらと捲る。

「くぅだらない話だね、要するに偽装殺人だろ、どこにもシマウマが出てこないじゃないか。コバヤシくん、前にシマウマが出てくる事件だけを持ってこいって言ったろ。今、この家にはシマウマブームが来てるんだよ」

「先生、そんな意地悪言わないでお願いしますよォ」

「だいたいが面倒くさいよ、働かなくてもいいって、条件だったはずだぜ、なんで週一でこんな面倒くさい相談を持ちかけられなきゃなんないんだ。いやだ、いやだ、寝かせてくれよ今日はまだ二度寝しかしてないんだ」

「先生ってばァ」

「読むだけでいいって言ったじゃないか」


探偵がかぶった羽毛布団をひきはがしにかかる古林と、微妙な抵抗を見せる探偵。

「先生ぇ」

「めんどい、めんどいなあ、こんなの、妻の八鳥楓が犯人を庇ってるとしか考えられないじゃないか。彼女が庇うとしたらこの幼馴染の子供だろ。だったら発端は事故だよ。その事故を意図的に利用した誰かがいるのは確かだけど、その特定はこの資料じゃ無理。子供が行動した半径の中、たぶん神社かな、必ずこの手鏡が落ちてると思うけど候補が三つもあるんじゃわざわざ探すのめんどいし、その鏡に指紋がついてないやつがその誰かさんだってのを証明するのも億劫だ。事情はわかんないけどどうせその子供の出生とかに関わるなんかだろ、そういう面倒な事情に関わりたくないからこうしてるんだ、ちょっとほっといてくれよ」

「あざっす!行ってきまっす!」

先生、優しくて大好き、と背中越しに叫んで古林は駆けて行く。


探偵はぶすっと膨れて資料を揃え直し、ベッド脇のサイドチェストのうえに置いた。

「めんどい、めんどいなあ」

そして髪の毛をかき回し、古林の持ってきたドーナツをかじる。

「目が覚めちゃったじゃないか」

シナモンの香り。

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