×××話 生誕祝辞その3
そんなことがあったから。
そのとき、《人柱臥処》に押し入る存在がいても、ルーウィーシャニトは決して驚きはしない───なんてことはなく、普通に唖然とした。
そんな蛮行をやらかすとすれば、なるほどその男くらいしか候補はいないだろう。しかしだからと言って、まさか本当に事に及ぶとは思わないものだ。
落ち着いたかと問われれば頷くだろうが、平和になったかと問われれば首をかしげるような、そんなご時世。外の世情に聡くないルーウィーシャニトとて、《人柱臥処》の外ではその男は大罪人で、ほうぼう逃げ回っていると聞く。その男がこんなところに顔を出すはずがないと決めてかかっていた。どうやらそんな考えは甘々だったらしい。劫の流転を控えた聖都イムマリヤに突っ込んですべてを台無しにするような大馬鹿者ならば、彼女の幼馴染と聞く彼ならば、それくらいやらかすだろうと身構えておくべきだったというのだろうか。
流石に無理があると思った。
「……よく顔を出せたものだ。ユヴォーシュ・ウクルメンシル」
「良かった、覚えてもらってたか。ニーオの一件でちらっと縁があったきりだったから、自己紹介が要るか不安だったんだ」
何を寝惚けたことを、とルーウィーシャニトは歯噛みする。この《人界》の聖究騎士で、彼を知らぬ者など居るはずがない。神の定めた運命に逆らったことだけでもありえないのに、その上でこうして健在な彼という存在を《人界》は許容できない。けれどかつて、万全とはいかないまでもかなりの戦力が揃っていた信庁に正面から喧嘩を売って勝った彼に、今の信庁では太刀打ちできない。
体面を保つために追ってはいても、本腰を入れてどうにかしようとは出来ていないのが現状だ。それくらいあの戦いの傷痕は深く、五年が経った今でも癒えていない。
そんな惨状を引き起こした当人が、何を平然と。
「今度は何をしに来た。またぞろ戦争を所望するか───度し難いな」
「いやいやいや、そんなことしねえって。そんなヒートアップするなよ、最近の俺は大人しくしているだろ?」
ルーウィーシャニトは眉をひそめた。
確かに《光背》のユヴォーシュはここ一年ほど《人界》で何か騒動を起こしたという話を聞いてはいない。だが、それはあくまで《人界》に限った話だ。信庁は彼が《魔界》ならびに《妖圏》でそれぞれやらかしたことを把握していて、外交的爆弾が野放しになっていることに頭を抱えているのだ。
《人界》でやらかさなくなったと思ったら今度は他所で。一体どうすれば奴は大人しくしてくれるのかと悩んでいたところに、今回のこの訪問である。
ルーウィーシャニトは臨戦態勢を取ってはいたが、それもどこまで通用するか。この《人柱臥処》の中の彼女は無敵と自負していたが、それも彼女の想像の及ぶ範囲に限られる。その枠外、驚天動地の《真なる異端》を相手にするとなれば、いったいどれだけ時間を稼げるだろうかとか、そんなレベルの差なのだから。
その気になればルーウィーシャニトをバラバラにして、《人柱臥処》の奥の奥まで暴いて、小神の神体を残さず砕き尽くせる───《人界》を終わらせられる存在が、その気になったのか。
冷静に対処しようと努める彼女は、しかし自分の終焉の予感に指先が震えているのに気づいた。
この緊迫が続くのに耐えられない。
「ならば一体、何の用だ」
ユヴォーシュはこりこりと頭を掻くと、
「いやな、《冥窟》って……どうやって作んだ?」
「はあ?」
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