×××話 生誕祝辞その2
神聖騎士も、聖究騎士であろうと、《人柱臥処》への許可なき立入は認められていない。立ち入られたとて《冥窟》の聖究騎士であれば排除は容易いが、そもそも《人柱臥処》の存在そのものや入口は可能な限り伏せられて然るべきだ。そんなものがあると知らなければ立ち入ろうとすら考えないのだからこの上なく安全を保てる。
神聖騎士は知らない。聖究騎士は存在だけは知らされてはいても、入口の在処は知らない。ルーウィーシャニトは肉体的に出ることはないし、連絡の必要があれば幻像を結べばコミュニケートに不都合はない。緊急事態が発生して《人柱臥処》の中に招かねばならない場合は、ルーウィーシャニトの側から《経》を開いて直接内部に転送させることも可能だ。
だからこうして彼女が押し入ってきたのは文字通りの非常口、《冥窟》が《冥窟》としての定義を満たすために必要最低限開かざるを得なかった口の一つ。
……今にして思えば、あれは大罪戦争の予行演習だったのだろう。小神シナンシスを殺すにあたって、神体の確保は最優先。そのための下見として突入口を確保しておきたかったとか、《冥窟》内の空気感を味わっておきたかったとか、問い質せばそんな答えが返ってくることだろう。
けれどそのときのルーウィーシャニトはまさかそんなことが起きるとは夢にも思っていなくて、狼狽のあまり、
「……何を、しに来た。ニーオリジェラ」
そう返すのが精一杯だった。排除のために行動しようなどと考えることもできない。完全に呑まれていた、と実感するのはもっと後のことで、その反省が本番に活かされた。
それはさておき、このときはそれはもう見事に流されてしまったが。
「何って、同僚なのにツラも拝んだことないのはどうかと思ってな。いいだろそんくらい」
「……いいわけがあるか。ここは《人界》の最奥、秘すべき深み。いくら貴様であろうと立入は禁じられている。それを破ったのだ、聖究騎士であろうと───」
「あんた今日誕生日らしいじゃないか、祝いに来てやったんだからちったあ喜べよなー」
「……ッ!」
誰にも明かしていないはずの
思考は空白に支配される。とても追い出そうとか何が目的だとか考えられる状態ではない。そこからあれよあれよという間にニーオが上がり込んできて、しなくてもいい歓談を繰り広げるハメになったのは
……今にして思えば。
あれは大罪戦争の予行演習なのだと信じている。《人柱臥処》の入口を確認し、ルーウィーシャニトの人柄を掴み、可能ならば懐に入って手出しできなくさせようという目論見だったのだろうと、彼女は思いこもうとしている。けれど裏腹に心のどこかでは───ニーオリジェラにそんなことをする必要があったのだろうかと今も考えているのだ。
当時の彼女は既に聖究騎士の契約を果たし、《神血励起》───神を殺すための《火起葬》を開眼していた。わざわざ大罪戦争など巻き起こさず、《人柱臥処》に潜りこんだ時点で《冥窟》の主を制して小神シナンシスの神体を撃ち抜けば、それで彼女の夢は叶ったはずなのだ。それをわざわざ立入禁止の秘所に飛び込んで、騒ぎを起こして目を付けられるのは割に合わない。事実彼女はこの侵入についてこっぴどく叱られ、聖究騎士としての権限をかなり削られているのだ。間違いなく動きにくくなったはずで、そうまでして偵察に来た価値があったのか、それが引っかかって仕方ない。
あるいは本当に、祝いに来ただけというのか。
「……祝いに来たというのなら、手土産くらいはあるのだろうな」
「もちろん。アタシを何だと思ってるんだ」
「知ったことか」
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