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SE:お祭りのがやがや
ジェス「(うきうきと)こんにちはカデル! 私の好きなの、まだある?」
カデル「チェリーチョコのでしょう、ほら、ありますよ」
ジェス「あ、もうちょびっとしかない! パパ、これ! これが好き! 買って!」
ジム「ジェス、さっきからどんだけ食うんだ……おお、カデル君、こんにちは。売れてるみたいだな」
カデル「こんにちは! さすがにイベントだと売れ行きが全然違いますね。出店のお声がけありがとうございました」
ジム「いいんだよ。今年は出店者が少なくてタウンフェスタの運営も困ってたから、こっちが助けてもらったようなもんだ」
カデル「僕みたいな悪魔に『イベントに出店してみないか』って話が来たときはびっくりしましたよ。人間の皆さんには嫌われて当然だって思ってましたから」
ジム「だって、カデルは闇落ちの逆で光落ちした「堕悪魔」だろう? その辺の人より礼儀正しいしまじめだし、ルールを守ってるじゃないか。ほら、このアレルギー表示とか親切の塊だよ」
カデル「悪魔の手作りなんて食中毒起こしそうって思われそうだから、安全面には気を遣ってます。人間だったら『ちょっとしたミス』で済むことが僕には許されないので」
ジム「ははは、几帳面だよなあ」
ジェス「(催促して)パーパ!」
ジム「ああ、そうだ、これ一つコーンで頼むよ」
カデル「こっちの日替わりのフィーグ・オ・ヴァンもテイスティングしてみませんか? いちじくの赤ワイン煮をジェラートにしてみました。アルコール分は飛ばしていますし、ぷちぷちした食感で、鉄分とポリフェノールが多くて美容にいいんです」
ジム「(笑いながら)ジェスはまだちっこいし、俺に美容って言ってもなあ」
カデル「美容ってハマると楽しいみたいですよ。はい、ジェスさん、チェリーチョコどうぞ。ラス1なんでメガ盛りですよ」
ジェス「わーおっきい! ありがとう! ねえパパ、これおいしいんだよ! 一口あげるー」
ジム「おお、サンキュー(一口食べる)」
ジェス「えへへ。おいしい?」
ジム「ああ、うまい」
カデル「(間。通りの向こうを見て)……あ、こんにちは、ユーリさん」
ユーリ「(近寄ってきて、不愛想に)やあ」
ジム「へえ? 君たち、話す仲だったのか」
カデル「はい。時々世間話とかしますよ。この街に来たばっかりのころ道に迷って、たまたま通りかかったユーリさんに町役場の場所を訊いたんです。そしたら、僕の翼と角を見ても何も言わずに道案内してくれて、いやー、いいひとだなあって……」
ユーリ「(少々苦々しそうに遮って)その話はいい。……今日はイチジク、か。予想が当たった」
ジェス「ユーリさん、イチジク好きなの?」
ユーリ「……嫌いじゃないが……(カデルに向き直って)……前から聞きたかったんだが、なんで三日おきにりんごとイチジクを出すんだ? 店で出してた昨日のスペシャリテもベイクドアップルで……その前もイチジクで、あ、ドライのミンスミート風だったけど……その前はリンゴのキャラメリゼで」
ジム「やたら詳しいな……」
ユーリ「(咳払いして)教会前にわざわざ店出してたら嫌でも目に入ります。神の家の真ん前に悪魔が店開くなんて挑発以外の何物でもないでしょう?」
カデル「あははは、嫌でも目に入るって、嫌だったんですか?」
ユーリ「(ごまかすように、ちょっと厳し目に)……とにかく、君のとこのおすすめって、りんごとイチジクが交互になってるのはどうしてなんだ?」
カデル「……だって、おいしいでしょう?」
ユーリ「何か企んでいるだろう」
カデル「何も企んでませんよ。僕たちのDNAにはどうも人間にはリンゴを食べさせたいっていう欲求が刻み込まれてるみたいで」
ジム「じゃあ、イチジクは?」
ユーリ「旧約聖書が成立した頃、ユダヤ民族のいた地域にはりんごはなく、悪魔がイヴに食べるように勧めた『知恵の実』はイチジクだったとする説が有力なんだ。この悪魔は蛇の姿はしていないが、多くの人間に「知恵の実」汎用版であるりんごとアカデミック版のイチジクをお勧めし、販売しているわけだ」
カデル「おいしいからいいじゃないですか」
ユーリ「よくない! 絶対邪な思いがあるだろう!」
カデル「人間はエデンから追放済みだしもう失うものはないでしょう? 僕たちはおいしいものを勧めたいだけなんですから」
ジム「ユーリ……眉間に皺が寄ってへの字口じゃあ、教会に人が寄り付かんぞ」
カデル「ほっぺたのここんとこ、ちょっとマッサージするといいかもですよ」
ユーリ「余計なお世話だ」
ジェス「ユーリさん、何か食べないの」
カデル「そうだ、ユーリさんにもテイスティングしてもらおうと思ってたんですよ。本日のおすすめ、どうぞ」
ユーリ「(味わっている間。ちょっと悔しそうに)……悪くはない、と思う」
ジェス「おいしかったらおいしいって言うといいのに」
SE:近づいてくるはしゃぎ声
客1「あ、ここ! 本物の悪魔がやってるジェラート屋! 今日は店閉めてイベントの方で出店してるって貼り紙マジなんだー!」
ジム「(小さく)なんか台詞が説明臭いな」
客2「見て、悪魔だ! 角がある!」
客3「羽もあるよ!」
客1「結構イケメンじゃない?」
客2「イケメンっていうより、可愛い系でしょ。童顔だし」
客3「マジで人畜無害って感じ!」
客1「顔がよくないと人間たぶらかせないもん。やっぱ悪魔は顔がいいのよ!」
客3「えー、でもうちにあった絵本に出てくる悪魔、ブサキモだったよ」
客2「絵本はフィクション、こっちはモノホン! 実際に見てみると説得力あるわあ」
カデル「いらっしゃいませ」
客1「しゃべったーーー!」
客2「意外と礼儀正しい! レビューに書いてあったとおり!」
客3「人外マジやばい」
ジム「(控えめに)君たち、ちょっとそれは失礼……」
ユーリ「(ジムの台詞に被せて、我慢していたのが噴き出すように)君たち、失礼だろう!」
カデル「いいんですよ。悪魔なんてそういうもんですから。ええと……皆さんご注文は?」
客1「じゃあ、このベルギーチョコ」
客2「私、フレンチバニラにする」
客3「このおすすめ、食べてみようかな」
カデル「少々お待ちくださいね。(間をおいて)……どうぞ」
客1「あ、普通にジェラートだ」
客2「うん、普通においしい」
客3「あ、なんかプチプチするけど普通に」
ユーリ「(客3の台詞に被せて反論)普通じゃない! すごく旨いだろうが! 普通普通って、語彙力がないのか君たちは!」
客3「何こいつ」
客1「キモーい」
カデル「(この場を丸く収めようと)まあまあ、普通って素晴らしいことですから」
客3「この店さあ、客層悪いよね」
客2「(ムカつく感じで)ああ、変なのに絡まれて気分悪ーい」
ユーリ「気分が悪いならさっさとあっちに行け! こっちが不愉快だ」
ジム「ユーリ、落ち着け」
カデル「(ジムの台詞に被せて)ユーリさん、抑えて抑えて!」
SE:悪態(アドリブ)をつきながら遠のく客の声
ジェス「あの人たち、学校の嫌な子と喋り方がそっくり。きらーい!」
カデル「ありがとうございました。皆さんが庇ってくださってうれしかったです」
ユーリ「勘違いするな、私は悪魔を庇ったんじゃなくて、人倫に悖る言動を窘めただけで、別に悪魔を庇ったんじゃなくて」
ジム「大事なことなので二回言うんだな」
ユーリ「大事じゃないです!」
ジェス「(心配そうに)カデル、あの人たちのせいで嫌な気持ちになった?」
カデル「いいえ大丈夫です……誹謗中傷とか珍獣扱いとかにはもう慣れたんで、女性のお客さんは脚と胸見てやり過ごします」
ユーリ「相手が男だった時は」
カデル「ヤギだと思うことにしてます」
ジェス「めえめえ鳴くヤギさん?」
カデル「はい」
ユーリ「悪魔だ」
カデル「悪魔ですからね。あ、そろそろここ閉めて店に戻ろうと思うんですけど」
ジム「早いな」
カデル「こんなに売れると思ってなかったんであまり持ってきてなかったんですよ。明日は気合入れてきます。……あ、そうだ、皆さんこの後予定ありますか? よかったらどこかでお食事でもどうでしょう」
ジム「ああ、残念だが俺たちこれからかみさんの実家に行くんだ」
ジェス「おばあちゃんがね、お食事にいらっしゃいって。いつもご馳走作ってくれるんだよー」
カデル「ああ、それは羨ましいなあ」
ジム「また誘ってくれ。じゃあまた」
カデル「ええ、また誘います。お気を付けて!」
SE:冷凍ケースを開けたり閉めたり、金属へらなどを片付ける音
カデル「(片付けながら)ユーリさんは、この後は?」
ユーリ「……特に用事はない」
カデル「(楽しそうに)じゃあ、決まりですね!(間)……さーてと! 帰り支度終了です。 いったんカートを店の方に持っていくので、ちょっと待っててくださいね」
ユーリ「……手伝う」
カデル「大丈夫ですよ、目と鼻の先だし」
ユーリ「このカートを引っ張っていけばいいんだな」
カデル「(笑いながら)ユーリさん、ときどき人の話聞きませんよね」
SE:お祭りのがやがや
**************
(雑踏のがやがやに混じって)
若者1「あ、悪魔のジェラート屋だ」
女「あ、ほんと。牧師と一緒に歩いてるわ」
若者2「こういうのってアリ? 悪魔とつるんでる牧師がミサとかやってるって変じゃねえ?」
若者1「黒ミサなんじゃねーの?(笑う)」
若者2「ウケる(笑う)」
女「もう、あんまりかかわんないほうがいいよ。相手は悪魔とつるんでんだよ?」
**************
カデル「(雑踏の会話を聞いた後、3秒ほどの間の後)ユーリさんって素っ気ないけどいつも親切にしてくれて、僕はとても感謝してるんです」
ユーリ「……そうか」
カデル「だけど、牧師さんと悪魔って一緒にいるとあんまりよくないんでしょう? 僕そういうの鈍くて、すみません」
ユーリ「(5秒ほど間をおいて)ちょっと、君に話がある」
カデル「何でしょう?」
ユーリ「君に初めて会った日、私は牧師を辞めようと思って、飲んだくれてたんだ」
カデル「ああ、ちょっとお酒が入ってたみたいでしたね」
ユーリ「……その、私って杓子定規だろう? 何やってもくそまじめで面白くないって子どものころから言われ続けて、じゃあ牧師が天職だろうって神学校に行ったんだ。晴れて牧師になってここの教会で働きだして、それなりにがんばってたつもりだった。でも私が赴任して半年で礼拝の参加者が半分に減ったんだぞ、半分に! 来なくなった奴に理由を聞いてみたら、『熱意は認めるが説教が面白くない』って言われてさ」
カデル「……こんなに面白い人なのになあ」
ユーリ「とにかく惨めだったんだ。絶対辞めてやるって思って無茶して飲んで(徐々にトーンダウンして)そこに素っ頓狂な君が現れて、勢いが削がれた」
カデル「お役に立ててうれしいです」
ユーリ「君が教会の真ん前に店を開いてからずっと、本当は失敗して逃げ帰ればいいと思っていたよ。失礼な物言いをして、反応を観察したりもした。だけど……(言葉を切る)」
カデル「(しばらく言葉を待ってから、促して)だけど、どうしました?」
ユーリ「(弱々しく)君は、どうしてそんなにいいやつなんだろう。悪魔ってみんな……私みたいな弱い人間には、こんなに魅力的に見えるものなのか」
カデル「え? そうですか? ぶっちゃけ、僕は悪魔の道を踏み外して堕落の限りを尽くした不良ですよ? あなたのほうが人の道を貫いていてかっこいいじゃないですか。見てて面白いし」
ユーリ「(しばらく間をおいてからぽつりと)友達になってもらえるかな」
カデル「僕はもうお友達のつもりでしたよ?」
Fin
グラシエ・デアボリク【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense
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