第36話 わたしはアトラ
ふいー。と声を出しながら、わたしは部屋の窓を開ける。夏の爽やかな風が部屋に飛びこんできた。日本みたいに湿気でジメジメしてないから、快適だ。
日は昇り、わたしの肌を照りつける。外には絶対紫外線対策のアームウォーマーは必須ね。
「うう」
唸り声に、ベッドを見る。少年がもぞもぞとベットのシーツの中で動いているのが見えた。
「おはよう」
あいさつをするけど、返事はない。わたしとは反対方向を向いて、またシーツの中で蠢いている。まあ、逃げ出すよりはいいか。少なくともここが安全だとは思っているはずだし。
「お腹空いたら言ってね。スープと果物があるから」
「果物……」
少年が反応する。お、フルーツ好きなのね。カルゼインのフルーツはびっくりするくらい美味しい。モモンと言う、丸いモモみたいな果物が有名だ。気候は暖かいので、他にもいろいろな果物がとれたりする。
果物なら食べやすいかなと思って買っておいたんだ。
「食べる? 今からモモンを切るから、ちょっと待っててね」
わたしは下に降りてももんをとりだすと、皮を向いて一口大に切る。お皿に盛りつけると、二階へ上がって部屋へ入った。
少年は起き上がっていた。シャツを脱いで、自分の体を確認している。
「傷が、消えてる」
不思議そうに、少年は自分の体を観察していた。まあ、そりゃね。彼の傷を見て、わたしが回復魔法のブランケットかけたから治ったんじゃないかな。
一日でアザが薄くなっている。ブランケットの効果がうかがえるね。
果物の乗った皿を、毛糸のコースターの上に乗せる。このコースターは品質維持の魔法がかかっているので、果物もしばらくは酸化しない。しかも保冷・保温効果もある。いつでも新鮮に食べれるってわけね。
フォークでモモンを刺すと、少年の目の前に持っていく。少年は恐る恐るわたしを見た。わたしの様子をうかがっているのだろうか。
「さ、食べて。毒なんて入れてないから。美味しいよ」
と、一口わたしが食べる。口の中で、モモンの水分がじゅわりと広がった。みずみずしくて、甘みもさっぱり。やっぱり美味しいね。
「ほら、早くしないとわたしが全部食べちゃうよー?」
少年はそっとフォークを持って、モモンを突き刺し口に入れた。もっもっと食べる姿が可愛らしい。一度食べたら安心したのか、すぐに皿はカラになった。
「美味しかった?」
少年は口いっぱいにモモンを頬張りながら、頷く。
「よかった。もっとお腹空いたら言ってね。スープとパンがあるから。
あと、しばらくは外へ出歩いちゃダメだよ。かなり衰弱してるから、すぐに倒れちゃうってお医者さまが言ってたから。今日は、ベッドでゆっくりしてね?」
「……あいつらが来ると思う」
あいつら、とは、昨日の奴隷商人だろう。まあ、珍しいスキル持ちをそう簡単にあきらめるわけないか。と言っても、わたしは危機感を感じてなかった。
「オレ、珍しい力持ってんだ。あいつらはオレを捕まえに来る。助けてくれて嬉しいけど、アンタに迷惑がかかると思う」
少年はじっとわたしを見上げる。これからわたしがどう反応するか、待っているんだろう。
「大丈夫だよ。心配しないで。あんな奴らに君を渡すわけないでしょ」
「アンタ一人でどうにかならないよ」
「そうね。わたし一人だったら確かに。でも、わたしは一人じゃないから」
にっこりと笑う。そして、少年の膝にシーツをかぶせた。
「まだ体は本調子じゃないから、ゆっくり休んで。後でパンとスープを持ってくるから」
少年はベッドに横たわり、わたしを見た。
「後悔するぞ、アンタ」
「はいはい」
ヒラリと手を振って、わたしは部屋を出て階段を降りた。
昼になると、アーレンスとミヤエルさんがやってきた。ミヤエルさん、少年のことが気になるんだろうな。アーレンスも、ミヤエルさんから事情を聞いたのか心配していた。
「しっかし、スキル持ちを奴隷にするなんてな。グロレアさんが聞いたら絶対キレるだろうな」
グロレアさんは、スキル持ちや加護持ちを指導してきただけあって、思い入れがあるんだろうな。わたしだって怒っているもの。奴隷にして横暴な方法で力を得る。そんなことは許されないよ。
「多分、奴らはまた来るでしょう。早ければ今日の夜にでも」
「あみぐるみゴーレムを稼働させてあるので、大丈夫だと思います。魔法でも使わない限りは」
魔法士とか魔道具を持っていたら、苦戦するかもしれない。あの奴隷商人がどれだけ支配力を持っているかによる。
そんなわけでわたしは新しいあみぐるみゴーレムを制作していた。
わたしが紡いだ糸と編み物で、効果倍増。ちなみに糸には「防御力アップ・魔法防御力アップ」がついている。この糸で編み物をしたら、最強のゴーレムになる気がする。
それを二人に話したら、どっちも頭を抱えていた。
「魔法防御って、無敵すぎだろ……」
「まあ、心強くはありますが……」
だよね。かなり心強いよね。とりあえず小さなあみぐるみで今日の夜までに完成させよう。あんな奴らなんか、ボッコボコのギッタギタにしてやらないと。
夜中。わたしは体を揺さぶられて目を覚ました。ムーとスーが目の前にいた。
二人が起こしてきたってことは、と窓を見る。明かりがチラチラを窓から見えた。少年のいる部屋へ入る。少年も起きていた。月明かりで少年の顔がよく見える。彼は窓から外を見下ろしていた。
「やっぱりきた」
「みたいだね」
なんでもないようにわたしは答えた。
「どうしますですかか、ご主人さまー」
少年はムーを見て驚いた顔になっている。スーもひょこひょことやってきた。
わたしは二人の方を向く。
「ゴーレムたちがやっつけてくれるだろうから、ここにいていいよ」
「ゴーレム?」
少年が首を傾げる。
ドアが蹴破られた音がした。それがゴーレムの発動条件だけど。
「ぎゃあああああああーっ!」
と、一階から叫び声が聞こえた。少年は何が起こっているのかわからない、っていう顔をしている。まあ、そらそうよねえ。
「いってえーっ! なんだこの野郎! うわっ! やめろ!」
「逃げろ……うわああああっ!」
沈黙。わたしは明かりを手に持って、一階へ降りた。少年が後をついてくる。
ムーとスーもだ。
店の明かりをつけると、大男二人が床に転がっていた。泡を吹いて目は白目。気絶しているみたいだ。けっこう、派手にやったのねえ。
「ターゲットを撃破しました。機能をオフにします」
あみぐるみゴーレムは、わたしにそう報告して止まった。
少年は唖然としたまま、あみぐるみゴーレムを見つめていた。しばらくして我にかえると、そろそろとあみぐるみゴーレムに近づく。
「毛糸の、ゴーレム?」
指先でつまんでいる。まあ、毛糸のゴーレムなんて珍しいよね。
「とりあえず、ムー、スー。拘束魔法のある毛糸でこの人たち縛っておいてくれない?」
「了解ですわ」
「わかりましたですー」
魔法効果付与の練習で作った、拘束魔法の付いた毛糸をとりだす。これ、かなり頑丈で人間の力じゃ千切れない。縛っておくには最適ってわけだ。
「んー。でも、あの商人はいないみたいね。まあ、部下に任せてんだからわざわざ出てくるわけないか」
どうせなら全員捕まえたかったんだけど、仕方ないね。商人がまだどこかにいるってことは、また襲われる可能性もあるってこと。これからも気をつけておかないと。
「アンタ、アンタ……何者なんだ?」
うーん。言ってもいいのかな。しばらく悩んで、こう言った。
「わたしは魔道具士のアトラ。君と同じような感じかな」
「ってことは、スキル持ち?」
「みたいな感じかな?」
と、曖昧に答えておく。スキル持ちも加護持ちも一緒よね。
わたしは少年に手を差し出した。
「同じ境遇同士ってわけ。ここなら安全でしょ? だからしばらくはここにいて。ね?」
少年はそっとわたしの手に触れる。
とりあえず、明日の朝この男たちを騎士さんたちに突き出しておこう。
あの奴隷商人も、どうにかしなきゃだよねえ。
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