閑話 6 シーアの想い
春ノ市の、喧騒の中。
「シーアちゃんは、サクナさんが好きなのね」
その一言で、私は気づきました。みんな、温かい目で私を見ている……と。
いつのまにか私は駆け出していました。後ろからサクナ様の声が聞こえます。でも、立ち止まれません。この想いをサクナ様に知られた。いや、知られていた?
消えちゃいたいくらい、恥ずかしかったのです。
私は小さな頃に、サクナ様に拾われました。
<スキル持ち>である私は奴隷として毎日、道具のように扱われていたのです。その当時は、それが当然のように思えていました。サクナ様に会うまでは。
サクナ様はよく当たる星占い師。その力は王宮にも認められてナイト爵を持っている。それが表の顔。実は、サクナ様は監視人と呼ばれる存在なのです。
監視人は、スキル持ちや加護持ちを監視するのが仕事。必要であれば保護したり、力の使い方を教えたりもするようです。
サクナ様は私を助けて、力のコントロールの仕方を教えてくれました。私をメイドとして雇い、一緒に生活を始めました。
それは不幸な人間を増やさない為。サクナ様は毎日おっしゃってました。
「俺のような辛い経験をする人間を、作りたくない」
その為に私にも、いろいろ教えて居場所を作ってくれたのです。決して、好意からではない。
よくわかっていました。でも私は、いつのまにか惹かれていったのです。サクナ様に。
私はサクナ様の力になりたくて、少しでも一緒にいたくて、監視人の組織に入り部下となりました。サクナ様は最後まで反対していました。
もっと幸せに生きれるんだぞ、と言ってくれましたが、私の決意は変わりません。
とうとうサクナ様が折れて、私は彼の元で仕事をすることになったのです。
部下として、サクナ様の力になる。これほど嬉しいことはありませんでした。
でも、ある日当然、私は出会ったのです。加護の力を持つ女性、アトラさんに。
褐色の肌に、ブロンドの髪。情熱的なのにミステリアスな影のある表情。なのに穏やかで、人を安心させるような物腰。
出るところはしっかり出て、引き締まっているところはしっかりきゅっとしている。
正直、負けた……と思いました。特に胸が。
私だってそれなりにあります。でも、アトラさんは桁違いなんです。道ゆく人は皆、振り返ってアトラさんを見ます。
「アナタ、どうやら加護を受けているみたいよ。なんとなくわかるでしょ?」
サクナ様の言葉に、私は驚きました。
加護持ち? 数百年に一度しか現れない、貴重な存在です。その力は、よく使えば国を繁栄させ、悪く使えば国を一つ滅ぼす。そのように伝えられていました。
サクナ様はかなり興味を持っていました。アトラさんがいなくなると、すぐに行動を起こします。
「まさか加護持ちに出会うとはな……。シーア、烏に連絡を。孤児院に向かうように伝えろ。俺はクリス様に会いに行く」
そうしてアトラさんを厳重に監視することになりました。私の心はもやもやしていました。
もしかすると、サクナ様をとられるのではないか。そう不安になったのです。
なんせ、魔王にも聖女にもなる存在、それが加護持ち。サクナ様の心が、アトラさんに向かうのではないかと思うと耐えられませんでした。
組織も、加護持ちの登場に騒いでいました。
全てがアトラさん中心に回っているようで……私の心の中に、少しずつ闇が巣食うような。
そんな感覚が、這いまわっていたのです。
そして、今。アトラさんに言われた言葉。
サクナ様に聞かれた。いや、あの顔は最初から知っていたようにも思えました。サクナ様は私の気持ちに気づいていた。
隠し通せたと思っていたのは私だけで、間違っていた。
私、私は、どうしたらいいのでしょう?
サクナ様にどんな顔で会えばいい?
王都一の河口、オルセス川を眺めながら、私はぼんやりと考えていました。
サクナ様を恨めしくも思いました。前から気づいていて、知らないふりをされたのです。
「ずるい人」
涙が、川に落ち波紋を呼びます。川に映る自分の顔。隣には……。
「サクナ様!」
息を切らしながら、サクナ様は私の隣にいました。
「サクナ様、私……」
顔を伏せた私の視界に、見えるモノ。
ベビーピンクの花の、髪飾り。
「シーアに似合うと思ってな」
私の髪をに髪飾りをつけてくれます。
「ああ。やっぱり似合う」
サクナ様は微笑みます。自分の顔が熱くなるのが、わかる。
もう。だからズルいんですよ、貴方は。
これからも曖昧なまま、優しくするんでしょう?
でも……。
でも、私は、やっぱり貴方の側にいたいんです。
「さ、行こう」
「はい」
サクナ様の隣を歩く。今はそれだけで幸せです。それだけで。
それから数ヶ月して、私とサクナ様はナランの町にいました。アトラさんがお店を始めたと聞いて、お祝いをしに行ったのです。
サクナ様とアーレンスさんが喧嘩をしていると、アトラさんが私の側にやってきました。
「この前はごめんね」
申し訳ない、と言う顔で謝ってくれます。私は表情を変えずにこう言いました。
「いえ。何があろうと、私はサクナ様の側にいるつもりですから」
「そっかあ。シーアちゃんらしいね。応援はいらないかな? 私はサクナさんとシーアちゃんはお似合いに思えるけど」
アトラさんは、目を輝かせています。とりあえず、アトラさんはサクナ様に気はないということですね。安心しました。まあ、アーレンスさんがいますものね。
って、お似合い? 私とサクナ様が? へ、変な嘘はダメですよアトラさん。私なんかが……。
「変なこと言ったお詫びも兼ねて、応援させて欲しいの。 そうだ! 今度、手作りクッキーをサクナさんにプレゼントしない? やっぱり手作りのお菓子は気持ちがこもるし!」
そ、そういうことなら作ってもいいですけど。
サクナ様がいつか振り向いてくれるか、私にはわかりません。でも、ちょっと期待してもいいのでしょうか。
アトラさんが手伝ってくれるなら、勇気を出してこれからアタックしてもいいかな……なんて。
「でも、わかってて可愛いとかさらりと言うのは犯罪ね」
アトラさんの言葉に、私は大きく頷きます。
本当に、ずるい人。
なら、私だってずるく行こう。
アトラさん、応援よろしくお願いしますね。
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