第23話 わたしは編み物の先生です
カルゼインは夏に近づき、日差しも強くなってきた。こんなときこそ綿で編んだアームウォーマー。紫外線カットの効果があるので、対策はばっちりだ。夏に近づいた王都は、いつも通り賑やか。ひまわりのような黄色い花が太陽を浴び、街並みを美しく彩っている。
さて。今日は孤児院で編み物教室だ。わたしはミヤエルさんと一緒に王都まで来て、孤児院を訪ねた。シスターに案内され、孤児院を歩く。
神木の佇む中庭には、子どもたちがはしゃいで駆け回っていた。わたしに気づくと、集まってくる。
「アトラのおねーちゃんだ。もしかして、編み物教えてくれるの?」
「うん、そうだよ。みんなで編み物しよう」
カルゼインでは、女の子も男の子も編み物をすることに抵抗はない。みんな目をキラキラ輝かせながらわたしを囲んだ。数人のシスターたちもやってくる。教える約束、したもんね。
ミヤエルさんは少し離れた場所でわたしたちを見守ってくれているようだった。
まずわたしは木でできたかぎ針を渡す。魔道具製は量産ができないので、みんなには我慢してもらおう。ま、かぎ針なんて初めて使うだろうから、木製に慣れたら文句はないはず。
わたしは日本で金属のかぎ針をずっと使っていたから、どうしても慣れなかったのよね。
ナランの木工職人さんに作ってもらったかぎ針だから、品質はけっけういいし。
「それじゃあ、まずは基本の編み方を教えていくね」
よく使うであろう、細編み、中長編み、長編みを教えていく。ウォーミングアップってことで、とりあえずこの三つを使ってコースターを編んでもらおう。コースターなら簡単に編めるからね。
その次は丸いコースターを編んでもらう、途中から糸の色を変えてカラフルにしていこう。
一段目の最後の細編みが編めたら、最初の目を引き抜く時に二段めに使う毛糸をかけて引き抜く。これで新しい色の糸になる。増し目をしていけば出来上がり。
段々に色が変わったコースターの完成だ。
「すごーい! ぼくでもできた!」
「やったあ、シスターさま、コースターができたよ!」
「よかったですねえ」
子どもたちが、年配のシスターにできた編み物を見せる。クラリスさんだったかな。この孤児院の副院長をやっている。刻まれたシワの顔がくちゃっと浮き出ている。可愛いおばあちゃんって感じだけど、けっこう厳しい方らしい。
グロレアさんとどっちが厳しいだろう。あの加護のコントロール特訓中は、何度も鬼と思ったよ。
さて。やっぱり初めてだからみんな手間取って、これだけで一時間半はいったかな。いや、早いくらいか。子どもの吸収力ってすごい。
三十分、休憩を挟む。薬草茶をご馳走になった。ここの薬草茶、本当に美味しいんだよね。薬草だから嫌な味がするかと思いきや、飲みやすくてすっと喉に入る。
「子どもたちが薬草茶をすすんで飲んでくれるよう、いろいろと工夫しているんです」
なるほど、確かに子どもって薬とか嫌いだし、薬草茶も普通には飲みそうにない。シスターさんたちの努力によってこのお茶はできたってわけね。
わたしも自分で薬草を育てて作ってみたいと言うと、秋になったら種をわけてくれることになった。やった。秋が待ち遠しいね。
「おやおやっ? ミヤエル君、遊びに来たのかいっ?」
聖服に身を包んだ。白髪のおじいちゃんがやってきた。ミヤエルさんは姿勢を正すと、緊張気味にあいさつをする。
「アトラさん、この方が今の孤児院長のバート様です」
この方が、あのちょっと変わっているらしい孤児院長さんか。わたしも立ち上がり、あいさつをする。バートさんはにこにこした笑顔で、わたしに握手を求めてきた。とりあえず握手をする。
「なるほど、なるほど。確かに不思議な方ですねえ。うんうん」
と、何がわかるのかわからないけど何度も頷いている。
「アトラさん、だね? 君は確か魔道具士らしいね」
「はい。編み物専門の魔道具を作っています」
「編み物専門って、変わった魔道具士だねえ。君の魔道具は王都でもちらほら聞くよ。安いのに性能のいい魔道具だって。この前も、エット村の方々が言っていましたよ。魔物を倒すあみぐるみを作ってもらった。あの不思議な力は聖女様の力だと」
聖女様って、うーん、困ったな。わたしは首を横に振る。
「残念ながら、わたしはただの魔道具士です。聖女なんかではありませんから」
「そうだよ! アトラお姉ちゃんは編み物の先生だよ!」
「アトラ先生だもんねー」
子どもたちはわたしの周りで先生、先生と声を上げる。そんな子どもたちを見て、バートさんは面白そうに笑った。
「そうかそうか。アトラさんは先生なんですね。では私は編み物教室を遠くから見させてもらいますかね」
「院長様、変なことをしでかしたら黙っておりませんからね」
クラリスさんは笑みを張りつけて、バートさんに圧をかける。確かに怖い。これはグロレアさんとは違う厳しさの方だ。
バーツさんに見られながら、編み物教室を再開する。最後に作るのは、リボン。女の子は髪飾りに、男の子は蝶ネクタイにしてもらう。
みんな楽しそうに編んで仕上げている。シスターさんたちには、小さなあみぐるみを教えた。子どもたちがごっこ遊びをするのに使えるんじゃないかと思って。
みんなでわいわいやっていたら、夕方になってしまった。バーツさんのご好意で、一晩泊めてくれることになる。
六時になったらみんなで晩ごはんを食べて、孤児院の子どもたちは早めに眠りについた。
「懐かしい、といったような顔をしていらっしゃいますねえ」
中庭で空を眺めていたわたしに、バーツさんが声をかける。
「アトラさんは、火事に遭う前の孤児院にいたのでしょう。ミヤエルから聞いております。加護の力についても」
わたしは、はっとしてバーツさんの顔を見た。
バーツさんは変わらずにこにこと笑顔を見せる。
「少し試させてもらいました。貴女はどうも欲のない人のようだ。贅沢に暮らす事だってできるのに。……代償はいりますが」
そうか。昼の会話はわたしが加護の力についてどう思っているか探る為だったんだ。
「贅沢なんていりません。わたしは、ただ静かに編み物ができたらそれで幸せです」
「変わった方だ。若ければ野心くらいあるはずですがね」
まあ、そうだよね。でも、わたしは病気になって、朧げな意識で短い寿命を終えた。アトラスは殺し屋として裏の世界で生きることしかできなかった。それを考えると、ふつうに生きていくことがどれだけ幸せか痛感するのだ。
「……野心より、ささやかな幸せの方がわたしは好きです」
「ふふふ。ミヤエルから聞いた通りですねえ。ですが貴女の持つ力は、欲のある者たちからしたら恰好の獲物です。よく気をつけてください。利用したいと狙う者は多いですよ」
何かあればいつでも来てください、と言ってバーツさんは修道院の方へと去っていった。
残るはわたしだけ。神木の苗木を見上げる。風が吹いて、葉がさらさらと揺れる。
グロレアさんの特訓で、自分の力がどれだけ危険なものかは理解している。サクナさんやミヤエルさんも忠告してくれていた。
この力が、わたしを幸せにするか不幸にするのか……。それは、わたしの使い方次第なのかもしれない。
「アトラ先生、寝れないの?」
編み物を教えた男の子が、瞼をこすりながらやってくる。目が覚めたんだろうか。
「ちょっとね。さ、ベッドに戻ろう?」
男の子は黙ったままだ。わたしが首を傾げると、男の子は決意した目で見返してきた。
「ぼく、いつかここを出るんだ。でね、仕事してお金もらって、みんなを楽にする」
その姿に、アトラスを重ねる。
「……そっか。じゃ、まずはたくさんごはんを食べて、いっぱい勉強してからだね」
こくん、と男の子は頷いて、目をとろんとさせた。わたしは男の子を抱き上げて、きゅっと腕で包みこむ。
「君が幸せになりますように」
孤児院へ戻る。わたしも、寝よう。
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