第14話 いざ春ノ市でショッピング!

 春ノ市三日目。今日も九時にラッパが鳴り響き、マーケットが一斉に立ち並ぶ。

今日はリルラちゃんとアーレンスとの三人で、お買い物だ。

わたしは春ノ市が初めてだし、アトラスも一度もお買い物をしたことがない。

昨日一昨日の二日間で懐もあったかいし、思う存分に買い物を楽しめるよね。

もちろんわたしの狙いは毛糸。珍しい毛糸があるといいな。


 まずは大通りから。メインストリートだけあって名高いお店が多い。普段より安めの価格だし、値段交渉によってはさらに安く手に入るから、ここは気合をいれないといけない。


ふんふん、紅茶が売られてるね。美味しそう。

どっちかというとコーヒーより紅茶派なのよね。

って、ロイヤルカルゼイン? 王国イチの紅茶メーカーだ! え? 千二百ノルン? これは買い!


「お。ロイヤルカルゼインだ。俺も買おうかな」


アーレンスも紅茶の入った袋を手にとる。


「グロレアさんが好きなんだ。お土産にしよう」


グロレアさんも紅茶派か。話が合うね。

帰ったら二人で紅茶トークしないと。

そうだ、ミヤエルさんに何か買ってあげようかな。


「リルラちゃん、ミヤエルさんの喜ぶものってなんだと思う?」


「神父様ですか? うーん、なんだろう。あの方、物欲少ないからわからないです」


確かに、神に仕える者であるミヤエルさんは、あまり物も買わないし料理もいつも質素。

何をお土産にすればいいかわからないや。

とりあえず、いろいろ見てから決めようかな。


 あ、ここはガラス工房の店ね。キレイ。

繊細なガラス細工やネックレス、小さなステンドグラスもある。

こんなのどうやって作るんだろう。職人さんってすごいなあ。


「あれ……もしかして、アトラス姉ちゃん?」


ふと顔を上げると、見覚えのある顔。

懐かしい思い出が甦る。

確か、彼は孤児院にいたような。

そうだ。思い出した。


「セオくん? セオルくんなの?」


「そうだよアトラス姉ちゃん! 僕だよ」


そうだ。孤児院にいた男の子。火事の時に助かった三人の中の一人、セオルだ。

青い髪に額にハチマキをして、服もくたびれた作業服を着ている。あの時は十二歳だっけ?

もう二十歳を超えているのがわかるように、背は長く伸びている。顔立ちは童顔で、昔の面影が色濃く残ってた。


「わー! 美人になったね、アトラス姉ちゃん。でも目は昔から変わんないな」


「セオルくんもね。大きくなったね。今はガラス職人見習いだったっけ」


「そ。師匠にバシバシ鍛えられてるよ。アトラス姉ちゃん、今はどこにいるの?」


「ナランの町。ミヤエル神父の家に居候しているの」


ミヤエル兄! セオルくんの顔が変わる。


「火事にあった時さ、ミヤエル兄が助けてくれて……命の恩人なんだ」


わたしがミヤエルさんに何かプレゼントしたいと話すと、セオルくんは小さな置き物を手にとる。


「これなんてどうかな。セフィリナ様のステンドグラス。ミヤエル神父にぴったりだと思う」


小さなステンドグラスは、金色の髪に白い聖服を着たセフィリナ神が描かれている。

太陽の光に当たるとチカチカと輝き、テーブルにステンドグラスの光が美しく落ちていた。


「じゃあ、これにする。ありがとうねセオルくん。いつかナランに遊びに来てね」


ステンドグラスを買うと、セオルくんから離れてまた店を見る。

ふと気づくと、リルラちゃんとアーレンスがじっとわたしを見ていた。

どうしたの? と聞くと、


「あの、さっきの方お姉様を『アトラス』とお呼びしていたので気になって」


「俺も。アトラスが本名なのか? 知らなかったぞ」


ああ、そういうことか。


「実はそうなの。でも、二人にはアトラって呼んで欲しい。あまりいい思い出がないから」


「そうだったのですか。わかりました。あたしはお姉様とお呼びしますから。お姉様が悲しい顔してらっしゃるしあたしはお姉様を困らせるわけにはいきませんからねええそうですともお姉様はアトラお姉様だから」


「おいリルラ、戻ってこーい。……俺もアトラって呼ぶよ、安心しろ」


「ありがとう、二人とも」


本当に、優しい人たちに出会えてよかった。

ぶつぶつ呟くリルラちゃんをひっぱりながら、わたしたちは大通りを出た。


大通りの外れにある出店に、何やら覚えのある紫の髪の人。


「あーらら、奇遇ねえ。何か占ってく?」


サクナさんが座っていた。今日はシーアちゃんはいないのかな? わたしが昨日、あんなこと言ったから恥ずかしくて会えなかったりして。

気まずい雰囲気になったならまずかったかな。


「大丈夫よ。仲直り、ちゃんとしたから。あなたの作った髪飾り、喜んでたわ。似合ってたし。それ言ったら逃げちゃったけど」


「おまえ、そー見えてシーアには鈍感だよな」


「ですね」


うん。確かに。

サクナさんのシーアちゃんへの見方って、可愛い妹を見る目なのよね。シーアちゃんは絶対、サクナさんが好き。気づいてて似合ってるって言ったらまだいいけど、いや、ダメか。

妹みたいだからと知らずに言っても犯罪ね。


「で、何か占ってく?」


はいはい! わたし占いたい!

と手を挙げたら、アーレンスが困った顔でこう言った。


「アトラって確か、孤児だろ? 生年月日わかるのか?」


あ、そうだった……。アトラスって孤児だから生まれた日わからないのよね。

わたしは覚えているけど、日本の生年月日を言うわけにもいけないし。残念。


「何も星占いだけがアタシの取り柄じゃないわよ、アトラ。オーラ占いもできるんだから!」


「オーラ占い?」


この世界の人たちは微量な魔力を体に持ってるんだっけ。一般人では魔法として扱えるほどの魔力はないらしいけど。

そういえばわたし、加護持ちだから魔力があったな。


「ま、アトラの未来は前にも言ったけどね。その魔力は勇者にも匹敵し、アナタは世界を救う聖女になれるわ」


「違う未来ってないのかな?」


それは困るよ。わたしは静かに編み物をして暮らしたいだけなのだから。


「欲のない子ねえ。ま、アナタならアナタの望む人生を生きることができるわ。そー見えて頑固ですもの。こう決めたらこう! しか進まないからね」


「あの! アタシとアトラお姉様の相性占って下さい!」


リルラちゃん何言ってるの?


「いいわよー。アーレンス、アナタも占ってあげましょうか? 相性占い」


「いらない」


サクナさんはニヤニヤして、アーレンスは不機嫌そうだ。何、アーレンス? 好きな人でもいるの? わたし……じゃないか。うん。だよね。一度顔が赤かったことがあったけど、アトラスは美人だから誰でも赤面する。

わたしもそうなると思う。だとしたら誰だろう。応援するのに。


「アーレンス。わたし、応援するよ」


と言ったらアーレンスが更に渋い顔になった。

あれ。おかしいな。


ふう。買った買った! マーケットも終わって宿屋に戻り、夕食も終わって部屋に一人。

わたしはリュックから、今日の戦利品をベッドに並べる。

まずはミヤエルさんのお土産。渡すヒマがなかったから、またタイミングを見つけないと。

ミヤエルさん、喜んでくれるかな。


ロイヤルカルゼインの紅茶と、スポーク社のティーカップ。B級品ということで安めに買えた。ティータイムのときに使うつもり。


そしてメインの毛糸たち! 帝国領辺りにしかいないスノウシープの毛糸も買えたし、カラフルな綿製のもの。パステルカラーのグラデーションのかかったものも。

そして魔砂を練りこんだ、ラメのようにキラキラ光る毛糸!

これを見た時のわたしの興奮と言ったら!

ああ、これで何を編もう? ストール? マフラー? どれもいいな。迷っちゃう!


さっそく編もうかな。と思ったらノックの音が聞こえた。ドアを開けると、アーレンスが思い詰めたような顔で立っていた。


「どうしたの? 何か用?」


「いや……あのな……その……」


アーレンスはごもごもと口ごもり、結局「何でもない」と言って帰っていった。

何を言いたかったんだろう。ひと段落したら、わたしから聞いてみようかな。

どうも話ずらい内容みたいだし。

もしかして、好きな人の話だった? それは言いにくいよね。わたしから言ってもダメか。

アーレンスが覚悟したら聞いてあげよう。


それより編み物編み物! 明日は孤児院に行くし、寄付用に何か作ろうかな。

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