第12話 王都の春ノ市 前半
王都に春本番が来た。花は色とりどり、街並みには花と緑が咲き乱れ、王宮の神木の葉は活き活きと生い茂っている。
白い煉瓦の街に、緑がよく似合う。
久しぶりに来たなあ。
わたしとミヤエルさん、リルラちゃんとアーレンスは王都にいた。
何故かというと、明日から春ノ市と呼ばれる王都の一大マーケットが始まるからだ。
春ノ市はさまざまな人がマーケットに出店し、その数は数百もある。
ハンドメイドからカルゼインの特産品、他国からやってきた珍しい品物。その全てが王都に集まる。
今回、春ノ市に来たのは買い物だけじゃない。
毎年春ノ市に出店しているアーレンスに誘われ、わたしも編み物を売ることにしたのだ。
懐かしいなあ。昔はよくハンドメイドマーケットに行って最終時間までまわりにまわってたっけ。それが今やわたしが出す側なんてね。ちょっとだけ感動。緊張もしてるけど。
わたしの編み物、ちゃんと売れるかな。
マーケットは五日に渡って行われ、わたしとアーレンスは初日とその翌日の二日間、出店することにしている。
この期間だけは、グロレアさんの特訓もお休み。
根を詰めてやってきたので、グロレアさんもたまには楽しめと送り出してくれた。
「まずは商業ギルドに行って、春ノ市の出店許可をもらうか」
王都の商業ギルドはさすが大きい。広いしキレイだし、受付嬢も多い。ナランの町と比べてはいけないとは思うけど、やっぱりね。
春ノ市専用の窓口が設置され、開催は明日だというのに長い列ができている。
二時間待って、わたしとアーレンスは無事、春の市の出店許可をもらった。
場所はすでに決まっており、受付嬢から聞いた場所へ移動する。
わたしとアーレンスの出店場所は、王都の南にある広場の一角だった。さすがに真ん中とはいかず、端の方だけど、明日開催というギリギリの許可にしてはいい場所なんじゃないかな。
荷物を運び、出店のスペースに置いておく。
今日ある程度出店を作って、明日、春ノ市が始まる前に品物を並べる。商品をそのままにすると盗まれそうだと思っていたら、アーレンスが魔道具で勝手に持ち出されないようにしてくれた。
大きな南京錠みたいな魔道具は、錠前に合う鍵を持つ人にしか開けられないようになっている。
「荷物まるごと盗まれたりしないのかな?」
わたしが疑問を口にすると、
「設置した場所から動かないようになってる。だから大丈夫だ」
「さすがアーレンスさん! これなら安心ですね!」
なんと便利なんだろう。こんなものが作れるアーレンスはすごい。
魔法士より魔道具士になればいいのに。
……と、いうのは言わないでおくことにした。
荷物を置いて準備に追われていたら、いつのまにか夕方になってしまった。
わたしたちは、ミヤエルさんと仲が良いご主人の宿屋に泊まることになった。
「やあやあ、久しぶりだなアーレンス。お嬢さん方も。ゆっくりしてってね」
ご主人はトーマスさんと言って、ミヤエル神父の同期だったらしい。教会に嫌気が差して神の道から外れ、今は奥さんと子どもと一緒に宿屋をしているそうだ。
ちなみに、この宿の隣の料理屋はトーマスさんの奥さんがやっているそうだ。
穏やかそうだけどお客さんのセクハラ発言をさらりとかわしていて、けっこうしっかり者の印象だった。
「美味しいでしょう? ここの料理は」
ミヤエルさんはにこにこと聞いてくる。
ミヤエルさんが王都に来ると必ず宿を空けてくれて、聖職者用の食事も出してくれるのも良いところだそうだ。
実際ミヤエルさんは野菜のスープとパンだけ。
わたしたちはたくさん食べろとツチイノシシのシチューを作ってくれた。
アーレンスもわたしもリルラちゃんも、旅の疲れもあってお腹ぺこぺこ。一気に平らげた。
翌朝。春ノ市は九時から始まる。
軽く朝食をとって、出店場所へ行くと、みんな準備をしたり始まってないのにお客さんがお店を覗いていた。
「はあ、なんだか緊張してきた」
「だいじょ」
「大丈夫ですよお姉様! あたしがいますから! あ、アーレンスさん何か言いました?」
「別に……」
アーレンスったら、また拗ねてる。
ちなみに、ミヤエルさんは教会に用事があるらしく、宿で別れている。終わったら顔を出してくれるそうだ。
「アトラお姉様、売り子は任せて下さいね! じゃんじゃん売っちゃいますから!」
「ありがとうリルラちゃん。頼むね」
リルラちゃんは勝負服(らしい)のエプロンをつけると、くるりと回って可愛いらしい笑顔を見せる。
こんなに可愛い子がいたら、きっとたくさん売れるね。
「ついでに俺のも呼子と売り子もしてよ」
「アーレンスさんはお金もらいますからね」
「ちぇっ、わかったよ」
ラッパの音が王都に響く。それと同時に人々の歓声が上がった。盛り上がっている。
「春ノ市の始まりですね!」
空に花火が舞う。
さらに歓声が大きくなる。
とうとう始まりだ。
王都の一大マーケットだけあって、お客さんはものすごい数だ。
アトラスの記憶にも春ノ市がある。
貧かったアトラスは店をただ眺めるしかなかった。
そんなアトラスが、今は売る側になっている。
不思議な感じだ。
さっそくお客さんがやってくる。
「やあアーレンス、久しぶりだな。元気にやってるか?」
どうやらアーレンスの知り合いみたいだ。残念。
「おや、これは編み物かい?」
おばあちゃんが、わたしの編み物を見て近づいてきた。
「魔道具の編み物です。一般の方にもお求めやすい価格にしています」
「魔道具の編み物? 始めて聞くねぇ」
おばあちゃんはしきりに腰をさすっている。
腰が悪いのかな。
「あの、よければこの腹巻きはいかがですか? 腰痛を静める効果があるんです。糸が綿なので通気性もありますし、夏以外使えますよ」
「ええ? 腰にいいのかい? そうだねぇ」
おばあちゃんは悩んでいるようなので、値段を下げてみようかな。
この値段交渉も春ノ市の醍醐味だ。
ふだん買えないようなものが、安く手に入ることもある。掘り出し物探しに店をまわる人もいるくらい。
「三千ノルンでいかがですか?」
「じゃあ、試しに買ってみようかねぇ」
「え、これって魔道具なの? 安い! 安い魔砂でも使ってるのかな?」
町娘のような女の子たちが集まってくる。
「効果は一級品ですよ! これこれ、あたしこの靴下はいてるんだけど、全然足が疲れないの! すごくおすすめ!」
「そうなの? 買ってみようかなぁ〜」
「靴下としては高めだけど、その分、効果抜群だよ! 色もたくさんあるから、おしゃれもできちゃう」
「えー、じゃああたし、二足買おうっと」
さすがリルラちゃん。売るのが上手。
営業マンだった親友を思い出す。とにかく明るくて気さくで、人とすぐ仲良くなっちゃうんだよね。リルラちゃん、似てるな。
「あ、この編み物ステキ!」
女の人たちがわたしのスペースで足を止める。
わたしが女性ということもあって、編み物の配色やデザインにはかなり気を配っている。
おしゃれなカラーとデザインを揃えているからか、女性が購入することが多いみたい。
食品の品質維持バッグもおしゃれだからと売れている。魔法の効果では買われないのは、まだ効果を体験してないからか。
こればっかりは実際に感じてもらわないといけないし、仕方ないよね。
後はナランの町で買えると聞いた、農家の人があみぐるみを買うのも多い。
午後六時。
マーケット終了のラッパの音が鳴り響く。
「終わったあ」
「今日は終わりかー」
わたしとアーレンスは同時にため息を吐くと、お互いを見て笑い合った。
春ノ市初日は、それなりに売れたかな? って感じだ。
アーレンス曰く明日が本番らしいから、張り切って売らないとね。
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