第11話 森の魔女と特訓 後半
お昼ごはんは、アーレンスさんが作ったパンとスープをいただいた。
グロレアさんの家では、アーレンスさんが料理掃除洗濯物などの家事担当らしい。
三人でテーブルを囲み、食事をとる。
パンには魔物のお肉が挟んであって、最初は食べるのに不安だったけどなかなか美味しい。
スープも魔物の骨のダシが効いててクセになる味だった。豚骨っぽい感じで、ラーメンが食べたくなってくる。パセリみたいなハーブがアクセントになっていて、濃いのにさっぱり、なんとも不思議。
「そういえば、アーレンスさんは魔法士になりたいんだよね。学校には行かないの?」
魔石を使うことで、魔力のない人間でも自由に魔法を操れる「魔法士」。
確か王都には魔法士学校があったはずだけど、何故グロレアさんのところで修行をしているんだろう。
「ああ。魔法士学校は入学金が高くてさ、まずしい村育ちの俺じゃ払えなくて。それでグロレアさんのところで勉強しているんだ」
そっか、入学にはお金は必要だもんね。わたしも大学には奨学金で入ったもの。社会人になってひいひい言いながら返したのを覚えている。
ここにはそんな制度はないだろうし、仕方ないのかな。
「魔法士の試験はお金を払えば誰でも受けられる。俺みたいに学校に入らずに勉強している奴らは多いんだよ」
グロレアさんは塾とか家庭教師みたいなものかな。お金を払えば誰でも受けられるのは、資格みたいな感じだ。わたしもお給料アップの為に簿記の試験勉強をしてたっけ。懐かしい。
でも、勉強中に病気になってやめたんだよね。
「そっか。でも、アーレンスさんならきっと魔法士になれると思うよ。魔道具だって作れちゃうんだし」
「魔法薬学はからっきしだがな。作るたびに爆発して、屋根に穴を開ける」
「うん。魔法薬学は頑張ろっか」
「頑張ります……」
アーレンスさんが項垂れる。グロレアさんがとても渋い顔をしているので、屋根の修理がそうとう大変なのだと想像がついた。
「というか、魔法士は薬も作るんですね」
疑問に思ったことをグロレアさんに聞いてみる。
「全ての魔法士が魔法薬学を知っているわけではないがな。そもそも薬学も魔道具の作り方も知らずとも、魔石の扱いが上手ければ魔法士になれる。
専門性を高めたい、魔法士以外の稼ぎが欲しい、試験の時に高評価を得たい場合は習得することもある。
ま、儂としては全部教えておきたいからからな」
うーん。社会人のスキルアップみたいなものかな。さっきわたしが話した簿記の資格とか。
持っていて有利になる資格とかあるものね。
そこから起業した大学の友人を思い出した。
「そう考えると、アーレンスさんはすごいね。オールマイティーってことでしょ? かっこいいな」
「そうかな、ありがとう。あとアトラ、俺のことはさん付けしなくていいから。ふつうに呼んでくれ」
しばらくしてアーレンスさんは復活したようだ。
「そう? わかった。じゃあアーレンスって呼ぶね」
同じ師を持つ者同士、仲良くしないとね。
グロレアさんがアーレンスさんの隣でニヤニヤ笑っている。冷やかさないだけいいか。黙っておこう。
お昼ごはんを食べたあとは、魔力の操作について学んだ。これもみっちり三時間……ではなく、一時間半経った頃に少しだけ休憩を挟んでくれた。
「ん? お前、糸車が気になるのか?」
わたしが休むのも忘れて熱心に糸車を見ていたのを、グロレアさんは見つけたようだ。
「わたし、糸紡ぎがやってみたくて。編み物してると、自分でも毛糸を作ってみたくなるんですよね」
「変わった奴だな。わざわざ糸紡ぎから始めようなんて。王都の編み物士なんて、糸紡ぎなんて面倒だから毛糸を買うのがふつうだぞ」
「わたし、手紡ぎはやったことはあるんです。スピンドルは昔持っていて。今はないんですけど」
糸車というと、あの有名なアニメ映画の魔女が使っていたのを思い出す人が多いと思う。
あれ以外にも、糸を作るには、手紡ぎという方法もあったりする。
それに使うのが、スピンドルという道具。
棒に円状の板が突き刺したようなもので、ドロップスピンドル、サポートスピンドルの二種類がある。他にもターキッシュスピンドルというのもあったり。
棒に羊毛などをひっかけて、スピンドルを回転させながら羊毛を上にひっぱり糸を作っていく。
糸車よりも安く手に入り(千円台で買えたりする)コツを掴めば誰でも糸を紡げる。
「糸車、生で初めて見ました! すごい……素敵!」
「そんなにか?」
グロレアさんはクスリと笑って、ソファに座ると糸車のはずみ車を回した。わたしはそれを穴が開くんじゃないかと見つめる。すごいすごい!
「わたしもやってみたい」
つい、本当の言葉が口から溢れる。
会社員時代、いつか糸車を買おうとコツコツお金を貯めて、毎日糸車の動画を見て癒されていた。まさかそんな夢の代物が、目の前にあるなんて。
やってみたい。紡いでみたい。できた糸で編み物したい。
「ふぅん。なら、力のコントロールが上手くいったら教えてやろう。頑張った褒美だ。……褒美にはならないか」
わたしはグロレアさんを見上げた。
多分今のわたしの目はキラキラ輝いていると思う。喜びに満ち溢れて、胸がいっぱいだ。
「本当ですか! 頑張ります! 頑張らせていただきます!」
「お、おお」
戸惑っていると思ったら、グロレアさんは今まで見たことのない笑顔を見せてくれた。
「ふふ、本当に変わった奴よ。だが気に入った。これはしっかり教えこまないとな。
よし、休憩は終わりだ。席につけ」
「はい!」
よし、糸車の使い方を教えてもらって糸紡ぎをする為にも、張り切って勉強しないとね!
ちなみにやる気を出したわたしに触発され、アーレンスが魔法薬を作ろうと意気込んだものはいいものの……案の定屋根が吹っ飛び、三回ほど薬が空高く吹き出した。
わたしはおかしくて腹を抱えて笑っていたら、アーレンスが拗ねたので後で謝っておいた。
だって本当に、屋根が吹っ飛んだんだもの。
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