第8話 委託販売はじめました!
わたしはリルラちゃんに案内されて、商業ギルドに向かっていた。
マーティンさんがわたしの編み物を委託販売したいとのことで、ギルドで許可を貰いに行くのだ。
商業ギルドなんて初めてだし、リルラちゃんもついていきたいというので、同伴してもらった。
将来レストランを開く夢があるリルラちゃんは、商業ギルドにも詳しいみたい。
「お姉様が魔道具士なんて知りませんでした! どうして編み物を魔道具にしたんですか?」
「編み物が好きだからかな。編むことならいくらでもできるくらい好きなの」
そういえば、編み物っていつからやり始めたっけ。わたしのおばあちゃんが、もともと服飾系の学校に通っていて、自分の服を作ったり、母のウエディングドレスでさえ自作するほどの腕前だった。
そんな過程で編み物も得意で、まだ小さかったわたしにも教えてくれた。
冬にはブルーのふわふわなマフラーを編んでくれて、それが大のお気に入りだったっけ。
学生になると、わたしも趣味で編み物を始めた。
社会人になる頃には人に渡してもいいくらいのクオリティにはなって、たまに頼まれて編むこともあったっけ。
仕事にしようなんてことは考えたことなかったけど。
それが今や、わたしの編み物が店に並ぶなんて。びっくりだよね、昔のわたし。
「編み物の魔道具なんて初めて聞きましたよ。でも、お姉様らしくてステキです!」
慕ってくれるリルラちゃんに笑みが溢れる。
本当にいい子だな、リルラちゃんは。
ギルドに入ると、けっこう人が多くて順番が来るのに時間がかかった。
リルラちゃんがいるので、女子トークをしていたらあっという間だろうな。
「リルラちゃんの好みのタイプってどんな人?」
「お姉様ですね」
「え、えーと。じゃあ、気になる子とかいないの?」
「お姉様です」
いや、嬉しいけど、女子トークにならない。
「お姉様はどんな方がタイプですか?」
「うーん、そうだね。優しくて、一緒にいてほっとする人かな?」
「わかりました! そうなるように努めさせていただきます!」
「ええと、頑張って?」
「はい!」
順番が来たら、リルラちゃんに見守られながら受付嬢に説明を始める。
受付嬢の彼女はキティ。リルラちゃんと同じで、ナランの町に住む若い女の子だ。
病弱な母親と二人暮らしで、一昨日あいさつまわりの時に言葉はかわしている。
「キティちゃん、雑貨店で委託販売を始めたいから、商いの許可をもらいたいの」
「アトラさん! ああ。マーティンさんの雑貨店ですね。わかりました。何を販売されるのですか?」
キティちゃんさわたしに聞きながら必要な書類を取り出していく。その手際の良さは、わたしの務めていた会社に欲しいくらい。
ダメよアトラ、こんな子をブラック会社に入れちゃダメ。
「編み物の魔道具を作っているので、それを売りたいんです」
「編み物の魔道具? そういえば、ジャイナさんたちから聞いています。魔物除けのアミグルミってやつですね?」
「他にもいろいろあるの」
靴下やネックウォーマー、ブランケット、セーターなども売るつもりだ。
どんな商品があるか説明すると、キティちゃんの目が輝やいてきた。
「洋服もあるんですか? ちょっと気になる……。でも、魔道具だし高いんだろうなぁ」
「短めのサイズで温感魔法だけのブランケットなら、三千五百ノルンにするつもりですよ」
三千ノルンくらいなら一般人でも買えると思うのだけど。
「え!? い、いいんですかそんな価格で!」
毛糸しか使ってないし、元はとれるんだよね。
短めのブランケットならだいたい三千円くらいがふつうだし。
付与された魔法が多いほど、高めな価格に設定してはあるけど。
「あと、個人でオーダーメイドなども受け付けてるから、そちらの許可もお願い」
「わかりました! では必要事項を記入してサインをお願いします」
わたしは書類にサインをして、商い許可証を無事発行することができた。
魔道具の一種である許可証は、半透明でキラキラしていて、トレーディングカードのレアカードみたい。
この中にわたしの情報が入っているらしい。
キティちゃんは必ず雑貨店に行くと言っていた。女の子用の可愛い編み物を作らないと。
「お姉様、本当にそんなに安くていいんですか? あたしも買いたくなっちゃいました」
「いいの。いろんな人に買ってもらいたいし、別に困らないから」
魔石も使ってないし、コストもあまりかからないからね。それに、わたしの編み物をいろんな人に使って欲しいから。
「そうですか……」
リルラちゃんは何か考えているようだけど、それからその話が話題に上がることはなかった。
今日は雑貨店に編み物たちを納品する日だ。
旅の途中で完成させたものや、委託販売用にコツコツ編んできたもの。
なんだか、作品たちがお嫁に行く子どもに見えて寂しい。どれもせっせと編んだ思い入れのあるものばかりだからね。
雑貨店に行くと、マーティンさんが待っていた。
中に入ると、何も商品が置かれていない棚がある。ここにきっとわたしの編み物が並ぶのだろう。
なんだか胸が高鳴る。
とりあえず納品するものは、ぽんぽん閃光弾に魔物除けのインコのあみぐるみ。
靴下はまだ気候が暖かいので温感の方ではなく、足の疲れが軽減する魔法のものにした。
食料品質保持のバック、子どもが喜びそうな髪飾り。これには回復魔法がかかっている。
ブランケットやセーターは寒くなってから売ることになった。
だいたいこれくらいかな。あとはマーティンさんに相談しながら値段を決めていく。
マーティンさんのアドバイスで、魔道具としては安め、ふつうに買うには少し高めにしておいた。
「おやマーティンさん、新しい品物が入ったのかい?」
並んだ編み物を見て、さっそくお客さんが寄ってくる。
「ええ。編み物の魔道具ですよ。お買い得な価格なので是非買ってください」
「魔道具の靴下なんて聞いたことないよ! 七百ノルンなら安いね!」
魔法のかかった靴下って少ないみたい。
まあ、靴下に魔法かけるって考えないよね。
「おお! ジャイナが言っていた魔物除けのアミグルミがあるじゃないか! しかも安い!」
さっそく二つほどあみぐるみが売れる。
最初に靴下に興味を持ってくれたおじいさんも、試しにと靴下を買ってくれた。
「この調子ならすぐになくなりそうですね。アトラさん、また在庫をお願いします」
ついでに、委託販売の手数料は三十パーセントになった。ハンドメイドの委託販売なら妥当な価格だ。むしろふっかけないほどマーティンさんは良い人だと思う。
それにしても、感動する。
アトラスに憑依する前は、趣味で作ってたから売るなんて考えたことがなかった。
わたしが作ったものがこうやって売れるのは、とっても嬉しい。
しかもみんなの役に立っているのだから。
前も思ったけど、なんだかトントン拍子に事が進んでいるので、ちょっと怖かったりもする。
でも、編み物をしながら暮らすという生活が現実になってきたんだ。
あとは家を買って羊が欲しいかな。綿も自分で育ててみたい。で、糸車で糸を作るの。
病院にいたころ、かすかな痛みと朧げな意識で夢見ていた生活。
その為にも、編んで作って売っていかないと。
あ、でもブラックはイヤだ。肩の力を抜いて、のんびりゆっくりやっていこう!
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