第7話 それ、売りませんか?
リルラちゃんと仲良くなり、ナランの町の人たちにもほとんどあいさつが終わった翌日。
今日も六時から礼拝がある。朝五時には起きるのだけど、いつもミヤエルさんには負ける。
なんせ四時起きだからね。その分早めに就寝するらしいけど。
わたしは夜、編み物をすると、ついつい熱中して遅くなってしまう。
それでも五時起きだし、昔に比べたら早いかな。
わたしはミヤエルさんの使う聖書を教壇の上に置いた。教会内を箒で掃除して、セフィリナ神の像の前に置く杯を磨く。ここに聖水を入れるそうだ。
ミヤエルさんは礼拝の前に、体を清めている。
わたしが来てから準備が楽になったと喜んでいた。
鐘が鳴る。体を清めたミヤエルさんが打ったのだろう。合図だ。町の人がやってくる。
お祈りが終わると、みなその場で談笑をし始める。きっとこの教会は町の人の憩いの場なんだろう。ミヤエルさんの人柄もあって、みんな集まってくるんだ。
わたしは子どもたちにあやとりを教えていた。毛糸でできるからヒマな時に遊んだりするんだよね。地味だけど懐かしくて好き。
よくおばあちゃんが教えてくれたのを思い出す。
星の形ができた時は、子どもたちが嬉しそうに笑ってくれた。
「アトラちゃん」
農家をやっているおじさんたちがわたしに声をかけてきた。昨日、ぽんぽん閃光弾を渡したっけ。何かいいことでもあったのかな。
「どうしたんですか?」
「あの閃光弾をもう十個頼めないかな? 投げつけると光で魔物たちが逃げていくんだ。何度も使えるしありがたいよ」
「おらのところも頼めないか? もちろんお金は払うよ」
「ウチもだよ!」
お、おお? 何人かが迫ってくるので、つい背をのけぞらせる。ちゃんと役に立ってるんだね。
そういうことなら張り切って作らなきゃ。
「ただ困るのが、魔物に投げつけないといけないから朝まで起きてないといけないんだよねえ」
うーん。そういったデメリットもあるんだ。
自動で魔物を追い払う機能とかつけたいけど、どうやって作ればいいかさっぱりだし。
「アトラさん、確か鳥のあみぐるみというものを作っていましたよね?」
黙っていたミヤエルさんが、突然聞いてくる。
いつのまに話を聞いていたのか、音にも気づかずに隣にいた。
「あ、はい。インコのあみぐるみです。でもそれがどうしたんですか?」
「あれには魔物除けの魔法がかかっていたので、試しに使ってみたらどうでしょうか?」
魔物除けの魔法がかかってる?
なんでわかるんだろう、ミヤエルさん。
「ああ、アトラちゃんはまだ知らないのか。神父様は鑑定眼と呼ばれる特殊な力を持っているんだよ」
「鑑定眼?」
「モノや人についている魔法や呪いを見抜く力のことです。アトラさんの編み物に付与されている魔法も、見えるのですよ」
そんな力をミヤエルさん持ってたんだ。
でも、孤児院の頃も聞いたことがなかったな。
秘密にしていたのかも。
あ、そういえば、わたしが初めてミヤエルさんに編み物を渡した時に「魔法がかかってる」って言ってたっけ。
鑑定眼があったから魔法がついてるってわかってたんだ。
あみぐるみを家から持ってくる。鮮やかなグリーンの羽と、黄色いくちばし。まんまるな黒いボタンで作られた目。サイズは十五センチくらいかな。
可愛いらしい見た目だし、本当に魔除けの効果があるとは思えない。
ただのインコのあみぐるみなのに。
「とりあえずそれを一つ売ってくれ!」
農家の人たちにインコのあみぐるみを渡す。
お試しということで、一個千ノルン(一円一ノルン)で売れてしまった。
本当に魔物除けの力があるのか、わたしにはさっぱりわからない。
ミヤエルさんが言うんだし、大丈夫よね?
町の人が教会からいなくなると、私とミヤエルさんは家に帰った。
わたしはテーブルに編み物を並べて、テーブルのそれをミヤエルさんは一つ一つ見つめていく。
ミヤエルさんの鑑定眼で、編み物にどんな魔法がついているか調べてみることになったのだ。
「なるほど……靴下には温感魔法、ネックウォーマーは気管辺りの強化と回復。腹巻きは腹部と臓器の健康促進と温感魔法。アームウォーマーは日除け効果。こちらのバックは食料品の品質維持か。どれも効果のレベルが高い」
見えないからわたしにはピンとこないけど、不思議な気持ちになる。
わたしの編み物に力があるなんて、想像できない。
「これが加護の力ですか。表向きは魔石から作った魔道具で通した方が良さそうですね」
加護ってそんなに隠さないといけないのかなぁ、とミヤエルさんに言うと、冷たい目で見られてしまった。
「アトラさんが聖女だと持ち上げられたいのならいいですけどね」
それは絶対嫌だ。
なんだかトラブルの原因になりそうだもの。
「魔道具と称して売れば、問題になるどころか生活費にもなりますよ。力自体が悪いことではないですから」
なるほど。スローライフでもお金がいるし、生活の足しになるなら魔道具ってことで売ってもいいのかも。
いずれはミヤエルさんの家から出て、自分の家を持ちたいし。
そこで羊を飼って、編み物をしながら暮らす。
うん。いいかも。
でも、売るって言ってもまだ頼まれて作るくらいだし、そんなに収入にはならないのかな。
コツコツいくとしましょうか。
翌朝、神様はそうコツコツいかせてくれないことをわたしは悟ることになった。
お祈りが終わると、さっきからずっとソワソワしていた農家のおじさんたちが真っ先にわたしに群がってきた。
「あのインコのアミグルミってやつをもう十個頼めないか?」
「魔物が来たら勝手に追い払ってくれるんだよ! ウチにも!」
「ひええ」
つい悲鳴が出てくる。ミヤエルさんの方を見ると、頑張ってくださいといった目だ。
やるしかないよね?
あのサイズのあみぐるみを一個完成させるには一日はいるので、納期を決めて一人五つにさせてもらった。
それを聞いた農家の人たちは、ありがとうと手を握って喜び、お金はある分だけ出すと二万五千ノルン払ってくれることに。
後でミヤエルさんに聞くと、ふつうの魔道具よりは安めな値段だそう。
一つの魔道具で三万ノルンもするのがふつうで、その値段から富裕層や貴族以外にはあまり普及されていないみたい。
五つで二万五千ノルンなら、安いかな。
それが八人だから……二十万?
ちょっと耳を疑う。ミヤエルさんに相談してみる。
「それ相応の品物なのですから。むしろ、みなさんの好意をしっかり受け止めてあげてもよろしいのではないですか」
あの金額を出すって言ったのはお客さんなんだし、もらわないのも悪いのかな。
感謝しておこう。お客様は神様って言うし!
「口コミで広がってまた頼まれるかもしれませんよ。忙しくなりそうですね」
昼になると、リルラちゃんに会いにレストランに顔を出した。
繁盛どきでも素早くわたしを見つけるリルラちゃん。
「お姉様ー! 会いたかったですっ!」
と、抱きついてくる。可愛いなぁこの子。
「あ、そうだ。実はマーティンさんがお姉様に会いたがってたんですよ。ちょうど良かったです。マーティンさーん!」
マーティンさんは確か町で雑貨店を営んでいる人だったはず。あいさつまわりの時に会っていたよね。何の用事だろう?
マーティンさんはわたしを見つけるとニコニコ笑顔を見せてやって来る。
「アトラさん! あなたに会いたかったんですよ! ちょうど良かった!」
「えっと、何の御用でしょうか?」
「はい。そのー、アトラさんは魔道具を作っているとお聞きしたのですが……」
魔道具ではないけど、そういうことにしたので頷いておく。
「やはりですか! ジャイナさんたちからあなたの魔道具の評判を聞いたんですよ。アトラさん、是非あなたの魔道具をウチで売ってくれませんか?」
え? 売る? わたしの編み物を?
わかっていないと思われたのか、マーティンさんはこう言った。
「つまり、委託販売させてもらいたいんです!」
ナランの町に来て数日。
わたしの毎日は、どうも思いもよらない方向へ向かっていくみたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます