第4話 イスト地方



 しばらく歩いていた私達はある変化に気付いた。


「そう言えば少し暖かくなった様な気がしませんか?心なしか雪も少なくなった様な」


 私がそう言うと皆何かを探す様に周りを見渡した。


「そうですね、イスト地方は温暖な平地、以前は農業が盛んだったと聞いています、もうすぐ見えると思いますよ」


「雪が無いんだって、カーマすごくない?」


「え...?あぁそうだね、どんな景色なんだろうね」


 そこから少し進み小さな小山を越えると、そこには視界いっっっぱいの緑が広がっていた。


「うわぁぁぁ!凄いね!これがイスト地方⁉︎」


「その様ですね、何か...こう大地の偉大さを感じますね。」


 私達が今まで見てきた景色が真っ白の新品のキャンバスだとしたら、目の前に広がっている光景は彩色豊かな絵画だろう、雪にいろんな色をつけた様なその景色は一瞬にして私達から疲れや不安を消し飛ばしていった。


「...これが生い茂った緑というのですね。」


 一面に広がる緑に心を躍らせながら、私達は絵画のような世界に足を踏み入れた。


 そうして私達は今に至る。


「この先には、何があるのでしょう...私達は正しい事をしているのでしょうか...」


 しばらくの沈黙の後、珍しくミカリが自ら口を開いた。


「どうしたんですかミカリ?昨日あれ程私達を鼓舞してくれたではありませんか」


「...確かに私は正しい事をするのだと決意致しました、しかしここまで来る途中の綺麗な景色の数々、イスト地方の端とはいえどこにも大戦が起きたと思われる傷や荒地等ありません、私は少し疑問を感じます。」


「そうね...でも今考えても仕方ないわよ行けば全てわかる、そうでしょ?」


「そうですね...」


 1番冷静だと思っていたけど、ミカリもすこし情緒が不安定になっているのかもしれない、無理もないか、1度命を狙われたのだから、きっと私達がすべき事や王都の目的、不明な土地のことが頭の中でごちゃごちゃになっているのだろう、でももし私が命を狙われていたとすればここにいなかったのかもしれない、冷静で柔軟な思考を持ったミカリだからこそここにいるし悩んでいるのだろう。


「大丈夫だよミカリ、なんかあってもまた守ってやるからさ!」


 少し冗談を言う様にカーマはそう言った、ミカリを元気付けようとしているのかもしれない。


「まぁとにかく全部行けば分かると思うわ、イスト地方には何があるのか、明日小さな村に着いたらとにかく情報を集めましょう」


「...そうですね...」


 明日の行動を少し話した私達はまた交代で見張りをしながらその夜を過ごした。


 翌朝私達は荷物をまとめて出る準備をしていた。


「あのさぁ...あれって生存者じゃ...ないよね?」


 突然不思議そうに指を刺してカーマが言った、その、指の先には平原の先に米粒ほどしか見えないが馬車と数頭の馬が列になり移動する姿が微かに見えた。


「よく見えませんが王都の救助隊か何かでしょうか、乗馬者の格好までは確認できませんが。」


 そしてその"彼ら"は平原の向こうへと見えなくなっていった。


「あたしらみたいなのだけかと思ってたケド、意外と大掛かりな事をしてんだね」


「その様ですね、さぁ私達は既に遅れを取っています、取り戻す為にも早くここを出ましょうか」


「はい!」


 私達は野営していた森から"彼ら"が消えた平原の方へと歩き出した。


 しばらく歩くとその先にはカフリ様のいうとうり小さな村が見えその村へと足を運んだ。


「見たところ先程の救助隊らしき方々はいませんね」


「それどころかひとひとりも見当たらなくね??」


 私達が着いた村はまるでずっとそうだったかの様に静かで家は少なくもう使われていない、そんな印象だった。


「おや、こんな所に珍しい方々が、もしや旅のお方ですかな??」


「わぁぁ!」


 人気なく静かな村、完全にそう信じていた私は驚き腰を抜かしてしまった、気付かなかったというより、ここに人は居ないと信じてしまっていたからだ。


「おぉすまないすまない、何せここにはもうわし達しか住んでいないからなぁ、それともわしが幽霊にでも見えたか?ほっほっほっ」


 私達は目を疑った、そこに居たのはごく普通のご老人、生存者というよりはずっと"暮らし"てきた、そんな雰囲気をした人だった。


「私達は悪魔大戦の後のイスト地方において生存者が居るとの連絡を受けてノス地方より救助に参りました、先程のアズリルの驚きは私達がここにきて初めての方でしたので少し動揺してしまったのかもしれません、どうかご無礼をお許しください。」


「よいよい、ここにはわしと妻しかおらん、ここにある家に住んでいた人達は20年以上前にみな街へいってしまったからなぁ、とはいえお主達救助にきたとな?」


「はい歴史で学んだ悪魔大戦の生き残り、生存者の方々がいらっしゃのだと...」


「悪魔大戦?はてわしはずっとここに住んでおるが聞いた事がない言葉じゃな」


 え?恐らく私達全員心の中でそう言った、聞いた事がない?悪魔大戦についてはその残酷さから詳細はあまり語られない、私達ですらいつ起きた出来事であるという事王都の騎士達が勇敢に戦い散った事そしてその悪魔が今も蔓延はびこっているという事しか知らない、故に誰もイスト地方へ行かない、だがそのくらいは全ての人々が分かっていると言ってもいい史実、それをよりによってイスト地方の当事者である方達が知らない?カフリ様もカーマも大きく目を開けて何を喋ればいいのかわからない様子だった、ミカリは少し俯き何かを考えている様だった。


「悪魔によって多くの犠牲をだしその残虐非道さはイスト地方を壊滅させたと思われていた。これが私達の知るイスト地方です、知りませんか⁉︎」


 私の投げつける様な問いにご老人は転げ回る程面白い話を聞いたかの様に高らか笑っていた。


「お主達、面白い事を言いよるのぉ、みての通りイスト地方は何もないが平和な所じゃよ、お伽話か何かを間違えとるのではないかの?」


 私達は何も言えずにいた、確かにどこにもイスト地方が滅んだとは書いていなかったしかしその生存者となればどんな生活を強いられるか容易に想像できた、イスト地方にはまだ凶悪な悪魔が蔓延っていると思っていた私達を覆す存在が目の前にいるのだから。


「ノス地方といえば雪が降る所じゃろう、わしも聞いた事がある、理由はわからんが旅の方々よ今日はわしの家で休んでいってはどうかの、街へ行った娘が帰ってきてもいいよう部屋は空いておる4人にはちと狭いが宿の様に使ってくれて構わんぞ?何せ王都の人達以外人が来るのは20年ぶりでのぉ故郷の話でもしてくれんかの?」


「感謝致します、ご無礼を働いた私達にその様な恩情まで、私達の故郷の話でよければお話致しますわ。」


「よろしいのですかカフリ様」


 あっさりとご老人の世話になろうとするカフリ様にミカリは耳打つようにそう言った。


「このご老人には少し聞かなければならない事があります、それにカーマも」


 少し呆れた様にカフリ様はカーマを見ていた。


「あたし、ベッド貰っていい?」


 カーマは目を輝かせ私達に小さく訴えていた、ミカリと顔を見合わせた私は久しく心から笑みがこぼれた。


 少し歩いた所にある家に行きご老人の奥様が笑顔で迎えてくれた、みんなしばらくぶりに人に会えた事、こんなに優しくしてもらった事にすごく喜んでいたが、私は奥様がほんの一瞬私達を憎むような目で睨んでいたのを私は見逃さなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る