学園一の毒舌姫が俺にだけデレデレな件~俺のペットになりたいってマジかよ~

ヨルノソラ/朝陽千早

ペットにしてください

 ここ、私立双代ふたしろ学園において、姫野ひめのあずさを知らない人間はいないだろう。


 芸能人にも引けを取らないルックス。人目を惹きつける艶の良いブロンドヘア。そして、誰彼構わず毒を吐く怖いもの知らずな性格。


 例えるなら、二次元から飛び出したレベルで可愛いのに、性格は排水口を流れる水のように汚い女の子といった感じだ。


 当然、そんな人間が目立たないはずもなく、彼女は学年の垣根を超えて有名人となっている。


 そして俺は今、その有名人たる姫野から呼び出しを喰らい……校舎裏に来ているわけだが。


「私のペットにしてあげてもいいですよ? 先輩」


「えっと……何言ってんだ?」


 姫野から妙な提案を持ち掛けられてから、数秒。


 俺は困惑まじりの声を発していた。


 俺と姫野は先輩後輩の間柄。

 小中高と同じ学校に通い、同じマンションに住んでいる。


 いわば幼なじみに近い関係だったりするけれど、それにしても意味不明だった。

 ペットって……冗談にしても笑えない。


「だから、私のペットにしてあげてもいいって言ってるんです」


「いや聞き取れなかったってわけじゃない。単純に、言ってる意味がよくわからないっつーか」


「Can I make it a pet? 」


「日本語がわかんないって意味でもないからな?」


 俺はため息まじりに言う。すると姫野は、じっと俺を見つめて。


「言ってる意味がわかってるのに、理解できないとか先輩の脳は死んでるんですか? 目だけじゃなく脳の腐敗も進んじゃってる感じですか。ご愁傷様です」


「つくづく鼻につくな。いきなりペットにしてあげるとか言われて理解できるやついねぇよ。そんなくだらない事を言うために呼び出したならもう帰るからな」


 俺は嘆息混じりにこぼすと、踵を返す。


 しかし、姫野が帰らせまいと俺の制服の袖を掴んできた。


「い、いやいや私のペットになれるんですよ。ご褒美以外の何ものでもないでしょう? 早く首を縦に振って、ワンと鳴いてください先輩!」


「鳴かないし、お前のペットになんかならねぇ。当たり前だけど」


「なんでですか!」


「人権が大事だからだよ!」


 姫野の手を振りほどくと、俺は若干苛立ちながら言う。


 わざわざ姫野のために時間を割いたのに、呼び出した理由がこんなふざけた内容ではイラっとくる。こいつ、人のこと舐めすぎだな。ほんと。


 俺は今度こそ踵を返すと、帰路に就く。



「じゃ、じゃあ……ぎゃ、逆でもいいです。私を先輩のペットにしてください!」


「は?」



 つい振り返ってしまう。


 自分の声とは思えない素っ頓狂な声が反射的に漏れていた。


「ダメですか? 私をペットにするのは」


「あ、頭大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。私は至って正常です」


「だとしたらもう末期だな」


 自らペットになることを志願する女子高生とか、世も末すぎる。


「とにかくお願いします。先輩! 私をペットにしてください」


「えっと……ウチにペットを飼う余裕はないのでごめんなさい」


「ちょ、だ、大丈夫ですから。一切お金かからない都合のいい設定になってますから! というか、私が外出している間、いや、学校にいる間だけでいいので先輩のペットにしてください!」


 丁重にお断りすると、姫野は慌てて俺にしがみついてくる。

 俺は戸惑いの色を瞳に宿すと、腫れ物に触るかのように優しく提案する。


「今から一緒に病院行くか?」


「行きません! もうとにかくお願いですから、私をペットにしてください。じゃないと、私の身がやばいんですぅ」


 姫野は切羽詰まったような声をあげる。うるうると涙が目に浮かんでいた。


「身がやばいって? なに、命でも狙われてんの?」


「あ、や、それは……。いえ、この際なのでぶっちゃけますけど、実は私、今クラスの女子たちから猛烈な恨みを買っちゃってるんです」


 姫野は小さく吐息をもらすと、堰を切ったように話し出した。


「三週間くらい前の話なんですけど、クラスのとある男子から告白されまして。私に釣り合わない男だったんで当然断ったんですけど、その時ついちょっと相手を貶めるような言い方をしちゃったんですね」


 姫野は美少女ではある反面、性格は終わっている。

 相手の心を木っ端微塵にする酷いセリフとともに告白を断ったのだろう。想像に難くない。


「そしたら、実はその男子が結構女子人気の高い人だったみたいで、クラスの女子から度肝を抜くレベルの反感を買いまして」


「それとペット発言がどう繋がるんだ?」


「繋がりますよ。もうひどいんですイジメが! 靴や教科書が隠されるなんて朝飯前で、陰湿的な暴力とか、直接悪口を吐かれたりと、地獄なんです。……そこで私は考えました。先輩をペットにすれば、イジメを解消できるのではないかと!」


「どうしてそうなるんだよ……」


 依然としてイジメられていることと、ペット発言の繋がりが謎である。


「だって先輩、超目つき超悪いですし、柔道とか空手とか色々精通してるじゃないですか。そんな先輩が私のペットだったら、実質無敵みたいな?」


 一応褒められてはいるみたいだ。

 そんな気はしないけど。


 それはそれとして、姫野が言いたいことは何となく理解した。


「要するにボディーガードみたいなこと?」


「ですです」


 わざわざペットなんて単語を使うせいで、ややこしくなっているが、姫野の要求は至って単純だった。


 イジメ対策に俺を都合よく使いたいらしい。実際、俺の目つきは悪い。そのせいで、他学年からは恐れられることも少なくない。


 いじめの抑止力としては一定数の働きは期待できるだろう。俺のコンプレックスだが、時には役に立つ場面もある。


「でも先輩が私のペットになる気はないみたいなので、この際私が先輩のペットでもいいです。ペットがいじめられているのを、飼い主は見過ごせませんよね?」


「……頭悪いだろ、お前」


「は、はぁ? 悪くないですよ。ちゃんと受験して双代ふたしろ受かってますから! 先輩、自分の通ってる学校の偏差値も知らないんですか? ダーツで進学する高校決めたんですか?」


「いや、俺が言ってるのはそういうことじゃ……まぁいいや」


 学力的な意味で頭が悪いと言ったわけではないのだが、それが姫野には上手く伝わらなかったらしい。


 ともあれ、姫野のペット発言の真相はわかった。


 それを踏まえて、もう一度俺の回答を口にするとしよう。


「再三になるが、俺はお前のペットにはならないし、当然お前の飼い主にもならない。自分で何とかするか、他をあたるんだな」


「そ、そんな! 待ってくださいよ先輩! 先輩しか頼れる人がいないんですって!」


 追いかけてくる姫野を振り払う。


 少しひどいかもしれないが、元を辿れば姫野が悪いのだ。

 自分の容姿がいいことを武器に、誰彼構わず毒を吐き女王様気取り。相手の気持ちも考えず、たくさんの人を傷つけてきた。


 そんなだから、姫野をイジメている加害者を非難しきれないし。ちょっとくらい痛い目にあった方がいいと思ってしまう。


 これを機に、自分を見直し、心を入れ替える方が姫野のためにもなるだろう。


 俺は小さく息を吐くと、帰路に就いた。



 *



「先輩。もう先輩ってば!」


「なんだよ。しつこいな……」


 時は流れ。一週間後のことだった。

 俺が帰路についていると、姫野がしつこく俺に話しかけていた。


 同じマンションなので、帰り道は一緒。けれど、目的地が同じだからって一緒に帰る必要はない。

 そう思ってずっと無視していたのだが、あまりにも執念深いので、少しだけ構ってあげることにした。


「あ、やっとこっち見ましたね。先輩の聴覚死んだのかと思いましたよ。聞こえてるなら、さっさと反応してください。愚鈍だと、社会から置いてかれ……ああ! 待って、待ってくださいよ先輩!!」


 俺が踵を返して、歩き始めると、姫野が慌てて俺の制服の裾を掴んで引き止めてきた。俺は足を止めると、嘆息混じりに。


「で、用件は?」


「先輩、私のために暗躍してくれたんですね」


「何のこと?」


「惚けないでください。先輩にイジメのこと話してから、イジメがパタリと止まったんです。先輩が裏で色々やってくれたんですよね?」


「俺は何もしてない。姫野を虐めるのに飽きたんだろ」


「隠さなくていいです。さすが先輩。私のペットなだけはあります」


「お前、ホント懲りないな。その性格、いい加減直した方が良いぞ」


 俺は腰に手をつくと、重たくため息を漏らす。


 姫野の言うとおり、この一週間、俺は裏で姫野へのイジメをやめるよう画策した。


 口が悪い上、生意気で可愛げがない姫野だが、だからといってイジメをしていい理由にはならない。


 だから、俺は多少脅す形で、姫野へのイジメをやめさせたのだ。

 格闘技で鍛えた身体と、目つきの悪い顔もたまには役に立つ。


 ただ、恩を着せるような真似をしたくなかったから、黙っていたが。


 姫野は上目遣いで俺を見つめる。


「じゃあ、これからもずっと先輩が私を守ってください。この性格、直しますから」


「……は?」


「私、こんなに可愛いからたくさん……それはもうたくさん告白されるんです」


「はぁ、よかったな?」


「何もよくないです。好きでもない人からたくさん告白されて……若干ストーカーまがいなことまでされたこともあったし、可愛いと大変なんですよ! だから、私のことを嫌いになってもらうために、毒を吐くようにしたんです。そしたら、みんなスッパリと諦めてくれて」


 ロクにモテたことのない俺にはわからない感情だった。


 けれど、口が悪いのは姫野なりに理由があったらしい。自分を大きく見せることで、自己防衛していたのだろう。それがクセになって、誰彼構わず毒を吐くようになったのはどうかと思うが。


「毒舌の理由はまぁそれでいいとして、どうして俺が守るなんて話が出てくるわけ?」


「……先輩、死ねばいいのに」


「なんか言ったか?」


「先輩、死ねばいいのにって言いました」


「普通こういうときって誤魔化すよな。お前、やっぱ性格悪いな」


「聞こえてるのに、あえて聞き直す先輩も大概だと思いますけどね」


 俺と姫野は視線で火花を散らす。ほんと、可愛げがない。


「とにかく、これからも私のご主人様として、私のこと守ってください先輩」


「いや、俺はお前をペットにした覚えはない。勝手に俺になつくな」


「つれないこと言わないでくださいよ。芸を教えればちゃんと覚えますよ。私、賢いですから」


「賢い奴はペットを志願しねぇって」


 俺は額を抱えて、ため息を漏らす。

 ペットになりたがる後輩とか、世も末すぎる。


 とはいえ、この際だ。ちょっとくらいからかってやるか。


「じゃあほら、お手」


 俺が姫野に向かって手を差し出すと、姫野はぱあっと目を輝かせる。


「わんっ」


 何一つためらいなく、俺の右手に握りこぶしを置いてきた。恥じらいないのかコイツ……。

 この光景、学校の誰かが見たら度肝を抜くだろうな。


「おかわり」

「わん」

「おまわり」

「わん」

「ちんちん」

「変態!」


 俺の指示に従って、芸を披露する姫野だったが、途端、顔を真っ赤に染め上げる。

 夕日よりも、赤かった。


「あれ、賢いんじゃなかったか? やり方わからないなら教えてやろうか?」


「鬼畜ですか先輩。やっていいこととダメなことがあるってわかりません⁉︎ 義務教育からやり直したほうがいいんじゃないですか!?」


 湯気が出そうなくらい赤い顔で激昂する姫野。


「まぁ、とにかくその性格は直しとけよ。もし、今後もなにかあったら、そのときは多少は力になってやるから」


「……っ。先輩……!」


「ちょ、な、なんだよいきなり」


「飼い主に甘えてるんです」


 姫野が俺の身体に飛び込んでくる。背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめてきた。


 いくら姫野が相手といえど、この状態で平静を保てるほど、俺の精神は成熟していない。胸の奥から加速度的に体温を上げていく。


「だ、だから俺は飼い主になった覚えは……」


「先輩じゃなきゃ嫌です。これからもずっと私のこと守ってください」


 力強く、俺の身体に身を寄せてくる。

 甘い柑橘系の香りが宙を漂い、柔らかい肌の感触が全身へと回ってきた。


 俺は逃げるように視線をそっぽに逸らすと。


「わ、わかったから。だから離れて……」


「私を先輩のペットにしてくれるんですか?」


「それは……」


「するって言うまで離れる気ありませんからね」


 手法が悪質である。

 強引に引き剥がすことも出来るが、力加減を間違えて、姫野の身体にダメージを与えかねない。俺はがしがしと乱雑に頭を掻く。


「はぁ……わかった。わかったから。それでいいから離れてくれ」


「ホントですか。私のこと捨てたらダメですからね。動物愛護団体が放っておきませんから」


「いや普通に放っておくだろ……」


「とにかく! これからよろしくお願いしますねご主人様」


 高校二年生の九月中頃。俺に一学年年下の生意気なペットが出来たのだった。

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