第二話

 バカデカイ声。

 皆がそちらに目を。

 積載容量をオーバーしているバックパックを背負った旅人。


「“シエン”。なん、か?」

 美少年。驚愕から瞳孔、開き放し。

「ぉ、“エックス”じゃん。お、ひさーぁー」

 エックスにシエンと呼ばれた、旅人。

 美少女と見間違いしてしまう美少年、エックスが見劣りするほどに、美麗少女だった。

 太陽が美しく輝くもう一つの瞬間である、夕日の鮮やかな茜色あかねいろの瞳を有し。太陽が沈み闇が世界を覆い隠しても、輝き続ける黄金のロングヘアー。ただし、前髪、一部、赤メッシュ。

 ボーイッシュな雰囲気のエックスに対し、シエンの雰囲気はガーリッシュ。

 バックパックと着ている衣服をドレスとティアラに変更すれば、一国の清楚なお姫さまですと言ったとしても、誰も反論しないだろう。

 加えて、エックスより頭二つ身長が高い。


「ねぇー、ねぇー。エックス、絡まれてるの?」


 女の子が興奮したときの独特、きゃぴ、きゃぴ、声だが――よく通る。


シエンじぶん。この状況を絡まれてるようにしか、えて、へん、ねん、やったら。腕のいい眼科紹介したる、わ!」


 どなり散らす、エックスの滑稽な姿を視線で捉えると。シエンの表情は、歪み生じていた、微笑みから。


「殺しても、」


 同一人物が発したとは思えないほどに、冷徹な。


「ご随意ずいいに、殺人姫マーダープリンセス



 木々に止まっていた、鳥たちが一斉に羽ばたき飛び立った。

 男たちの悲鳴にならない悲鳴が、森中を騒ぎ立て、まくし立てる。

 周囲を土壁に取り囲まれ、逃げ場を失い。何の脈略もなく現れた、旅人による一方的な虐殺が行われ、始めたからであった。

 

 男の一人が、ロングソードを抜き少女に斬りかかった。まではよかった――木っ端微塵に。

 頭部が。

 シエンに向かって振り襲ったロングソードは、左のデコピン一発で簡単に折れ、剣先は勢いよく回転しながら近くにある木に突き刺さった。

 折れたロングソードに一瞬、視線を向け、再び視線を戻すと。手仕事を一切したことがない白い美しい肌の握り拳が。

 少女の拳が男の顔に当たると。骨が砕ける音に続く、肉がすり潰される粘着音。最後は、男の顔が飛散したのであった。

 その光景を目の当たりにした男たちの生存本能が、この少女は食う側で、自分たちは喰われる側だと。

 選択は一つだけ――逃走。

 しかし、

 美麗少女だけではなかった。もう一人、存在していた食う側に。

 散り散りに森の中に逃げ込もうとしたとき、

にいさんら。逃げるが勝ちは、あかん」

 美少年が、指を弾く。

 地面が隆起し、土壁を数秒で造り上げ。逃げることの許されない、デスゲームの舞台を設置したのであった。

 そして、暴虐の宴が。



「や――」


 コイツで終わり、か。

 加勢したろうかと、思ったけど…………止めといて正解やった。俺も一緒に、ミンチにされとったな。

 あの暴れぷり、では。

 ヒーローの仕事であって、やな。ヒロインの仕事ではない、わ。でも、ヒーローも、あそこまで、殺らん、な。

 ヴィランの仕事ぷり、やで、人間解体作業。

 どっちしても、俺としては、ありがたや~、ありがたや~。やで、楽で。

 シエンのヤツが。殴って飛んでくる男、蹴られて飛んでくる男、放り投げて飛んでくる男を避けてるだけの、お仕事でした。

 …………、ちょっとだけしたな仕事。順番に殺されて人数が徐々に減ってきて、自分の番が回ってくる恐怖心から必死に、穴という穴から汁を出しながら、喚き散らし。俺に、助けを求めてしがみついて来たヤツを。つい嫌悪感から、蹴って、シエンの目の前に発送した、わ。



「大丈夫か? と訊くのが、お約束ごと、やけど。シエンじぶんには、不必要やな」

「大丈夫か? と訊く、必要はなくても。お礼の言葉、一つあっても、いいんじゃないからしら」

「ぁ、ありがとう、ございますって…………言うか! アホ! しばらく、ハンバーグ作りづらい、わ。この惨状」

「ふぅん。わたしは、ただ。殴って! 蹴って! 投げた! だけ、よ」


 鼻を鳴らし、仁王立ちしながら、口を尖らせている姿。可愛らしい女の子、女の子した仕草だが。

 全身に血と肉片が。


「まぁーええ、わ。シエン、お前じぶんるってことは。ここ、バリエンテ領土内でええねんなぁー」

「…………、…………」

「おい。なんで、メ、そらシタ」

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