海辺の町。

 大陸の東、イスパニアに帝国民の入植が進んだのはおおよそ300年前。聖都からは陸路よりも海路の方が発達している、そんな場所。

 山脈を越える労力と船によって沿岸沿いを移動する労力を比較した場合、圧倒的に船による移動が勝る。

 そのためか大人数による軍団を派遣するには難しく、帝国の版図にありながら自治がかなりのレベルで認められている場所でもあった。


 この時代、大海を航海するほどの術は未だ無し。沿岸をゆく帆船が主流であり、数少ない商業航路に乗船するためには平民の年収一年分ほどの費用が必要とされた。


 そんな場所に。


 マリアンヌとマキナはたどり着いていた。




 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



「せんせー。いるー?」


 沿岸の町カルタナ。

 石造の家が立ち並ぶそんな街並みに一軒、寂れた治療所があった。

「おおルチア。今日はどうしたね?」

「えっとね。お母さんが調子悪いの。お熱があるの。お薬もらおうと思って」

「おうおう、それはいけないな。それ、今から往診に行こうかね?」

「でも。そしたらここ留守になっちゃわない?」

「はは。ルチアは心配しなくてもいいさ」

 そういうと老医師は後ろを振り返り言った。

「そういうことだからマリカ。あとは任せたよ」

「はーい先生。任されました! ごゆっくりー」


 奥のカーテンをひらりと開け、銀の髪の少女が顔をだしそう答える。


「お手伝いのお姉さん? よろしくねー」

 ルチアがそうニコニコと手を振るのを見て、老医師はまんぞくげな顔をして診療所をあとにしたのだった。


「マリアンヌ、いいのかい?」

 奥にもう一人いた黒髪の少年が顔をだしてそう言う。

「だって、いつまでもお世話になってるだけじゃ申し訳ないもの。これでもあたし、医学の心得はあるのよ?」

「それは充分わかってるよ、聖女様? そうじゃなくてさ、偽名使ってまで身を潜めてるのに診療所の留守番だなんて。万一君のことがばれでもしたら」

「大丈夫よ。ここは聖都から充分離れてるし、こんな片田舎だったらあたしの顔を知るものも居ないわ。それにね、あたしは聖都から追放処分になっただけ。追われているわけでも無いもの」

「だけど、最近新しい聖女を決める聖女認定の儀とかの噂が町に溢れてるんだよ。万一君が聖女の候補に選ばれて連れていかれでもしたら……」

「ふふ。心配性ね。その時は逃げるわよ。あたしこれでも逃げ足は早いんですからね?」

「もう。そう言って茶化す。ほんと、女神さまには人間の心配事なんか気にも止まらないんだ」

「拗ねないの、マキナ」


 そんな事言ってもそうそう隠れてばかりもいられないわ。

 そんなふうに心の中で呟いた彼女。

 今はマリカという名前で暮らしているマリアンヌはちょっとだけ溜息をついて。


 まあなるようにしかならないわ。それにあたしはあなたにこそもう少し町の人と触れ合って欲しいのだけど。


 と言いかけて辞めた。

 あまり口を出しすぎてマキナのプライドを傷つけるのは嫌。

 そんな思いが先に来て。


    ⭐︎


「先生! いるか? 悪い! 急患だ!」


 ガランと診療所のドアが開き、屈強な猟師風な男性が飛び込んできた。

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