魔王の残滓。

 よく見ると泉のふちにピンク色の可愛らしい花が咲いている。

 ああこれは、とマリアンヌはその一輪を手折ると彼のそばまで近づいていった。


「これ、必要なのよね?」


「ええ、ありがとうございます。父に飲ませる薬を煎じようと思って」


 顔を赤くしたままのマキナは手渡されたその花を見つめ、そして腰のビクに仕舞うと、もう一度マリアンヌの顔を見た。


 水に濡れ、きらきらと輝いている白銀の髪。肌も透き通るように白く碧い瞳はどこまでも見通すように澄んでいる。ほおと唇だけ、うっすらとピンクに色づいて。

 着ている服は粗末な生成りの布のように見えるけれど、それでも彼女が羽織っているだけで綺麗に見えてくる。


「お父さん、ご病気なの?」

 鈴の音のような声で彼女がそう尋ねた。


「はい……。もう何年も寝たきりなので少しでも滋養がつくようにと思って」


「そう。このお花を煎じたものは確かに色々な病気に対する効能があるけれど……、それでも何にでも効くわけじゃないわ。ねえ、もしよかったらあたしもついて行っていい? これでも医術の心得が少しはあるのよ?」


「あ、ありがとうございます!」


「ふふ。ごめんねいきなりで」


「いえ。ありがたいです。うちには教会の方も近づかないですから」


「え? どうして? 曲がりなりにも正教会は弱者の保護を謳っているでしょ? 病のあるものも助けを求めれば答えてくれるのではなくて?」


「俺の、せいなんです。俺がいるから……」


 #################



 道すがら、マキナは事情を色々話してくれた。

 自分の特異な魔力のことも。

 そしてそのせいでマキナの家族が村八分にされていることも。


 無理が祟ってか父親が倒れた後は、主にマキナが森で獲ってくる食材を糧に、母親と三人細々と暮らしているらしい。


 同情?

 ううん。

 あたしはこの子に興味があるの。


 さっき少し触れた時に感じたこの子のレイスのその奥に、多分、魔王石がある。

 どれくらい育っているのかはわからないけれど。

 真っ赤に輝く魔王石の残滓が子のこのゲートから溢れ出ているんだと思う。




 この世界は神の氣エーテルに包まれたマナの泡だ。

 宇宙、空間、そんなものはそのマナの泡の表面にある。

 世界はそんな泡が幾億千万も産まれては消え消えては産まれ。

 そうして輪廻の輪の中に還りながら時が巡っていくの。


 人の命もそう。

 人の心の奥底にはレイスというやっぱりマナでできた泡がある。

 そんなレイス大霊グレートレイスから別れ産まれては、そしてまた還る。

 大霊グレートレイスの中で混ざって溶け、そしてまた新たなレイスとなって産まれてくるんだけれど。


 たまたまそうした輪廻から外れて何度でも甦るレイスが存在する。


 あたしもそう。

 そして、魔王もそう。


 魔王の本体はあたしが封じたから輪廻転生の枠からは外れているけれど。

 その残滓、魂の残滓がより集まり固まったものが魔王石となって残ってる。


 この子はきっと、そんな魔王石を宿して産まれてきてしまったのかもしれない。


 それは、あたしの罪だ。


 だから……。

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