第20話 夜の始まり

 

 「そろそろポイントに到着する」


 「お、やっと?」


 キースの先導で歩く事約二時間半、岩場に着いた。

 戦闘を避けて行動した代償に迂回に迂回を重ねたが、どうやらようやく魔獣を安全に撮影できそうなポイントに近づいてきたようだ。

 

 「全く……迂回しても迂回しても、行く先々で狙いすましたように殺気を滾らせた獰猛な魔獣の気配が現れるせいで、想定よりかなり遅れてしまった……」


 「あははは……」


 それ多分俺のせいだわ。

 キースには申し訳ない事をする。

 まあ、言わないけどね。


 「笑い事じゃないぞ貴様……そろそろ真剣に周囲に気を付けろ、そろそろ魔獣のテリトリーに入る筈だ」


 「りょーかいであります」


 俺は何かの拍子に容姿が似ても似つかない日本の総理大臣の息子に何故か間違われて異能犯罪組織に誘拐されるような男だ。


 ――『抜き足差し足忍び足気配操作:隠


 俺にとっては自身の気配を操る事など最早、日常生活に必須なスキルの一つなのである。

 

 「なっ!」


 いきなり気配の消えた俺に驚いて、キースが声を上げて振り返る。

 

 「大丈夫、ちゃんと居るぞー」


 俺が少しだけ気配を戻して、夜間に一人でトイレに行けない同級生を弄るような声音で意地悪く言う。


 「き、貴様……隠密系の能力まで持って……茶化すのも大概にしろよ……」


 やっぱり、キースは俺の事を複数異能持ちと認識しているようだな。

 先の魔獣の群れとの戦いで、わざと必要以上に異能紛いの技術を見せたからな。

 これで麗華の言いつけは守る事が出来るだろう。


 「すまん、すまん。でも、さっさと先に進もうぜ。このままのペースじゃ『スペシャルクエスト』まで行けるか分からないぞー」


 そう言って、キースに先を促す。


 「そんな事は貴様に言われずともわかっている……!」


 と、この時キースはそう答えたが、この後も、俺の『不幸』の影響もある中で計画通り事が運ぶ筈も無く、戦闘を避け続けた上、魔獣が居ると予想した場所は尽くハズレ。

 安全に撮影できる魔獣には中々遭遇できず、結局『デイリークエスト』をクリアする為に、仕方なく獰猛な魔獣を相手にした。

 そんなこんなで『デイリークエスト』を終えるころには日は沈み、一日目が終わっていたのだった……。



 *


 

 「おー、魔獣とはいえ鶏肉は鶏肉、美味いな」


 時刻は既に十一時を回り、寒くなってきたため、俺とキースは二人で焚火を囲んみつつ、渋々討伐して撮影した獰猛な魔獣であるコカトリスの肉を食べていた。


 「何故だ……全くもって意味が分からない……何故あんなにも想定通りに事が運ばない……何故殺る気やるき満々の魔獣に行く先々でぶち当たる……俺が案内しておきながら『スペシャルクエスト』にすら辿り着かなかった……運が悪いにも程があるぞ……」


 「まあまあ、こんな日もあるって。気にすんな」


 そう言って、俺は小声でぶつぶつと呟いているキースの肩にポンと掌を乗せる。


 「いや、一番取り乱すべきなのは貴様だろうが……。『スペシャルクエスト』でポイントを獲得できなければ合格すら危ういのだろう……?」


 沈んだ目で俺を見てくるキース。

 へえ、俺の事情を考えて気に病んでくれたのか。

 コイツ、口調と性格から滲み出るプライドの高さの割に責任感のある良い奴だな。

 実は今日の運の悪さは全て俺が居るせいだからキースに責任はないし、俺の合格は試験を確実なんだけどな。

 ……なんかすごく罪悪感を感じる。

 『不幸』については打ち明けられない。

 ならばせめて元気づけるだけでも……。


 「取り乱して何か状況が変わるのか?」


 「それは、変わらないが……」


 「なら終わった事を気にしてもしょうがない。嫌な事、辛い事を終わった後から気にしても、さらに辛く、苦しいだけだ」


 「理屈じゃないだろう、そういう事は……」


 「理屈じゃない?関係ない。人生、図太く生きた方が絶対楽しいぞ?」


 俺が言うと、キースはやっと、可笑しそうに笑った。


 「フッ、ハハハ!……貴様の理論は超理論過ぎる!お前が言っているのは『幸せになりたいなら自分を幸せだと思え』って言っているのと同じではないか!フハハハハハ!」


 「まあ、実際そうだぞ?」


 経験則である。

 

 「――ハハハハハ!おっと……」


 キースはひとしきり笑った後フラッと倒れかける。


 「どうやら思いのほか疲れが溜まっているようだ……さっさと寝る事にする」


 キースはそう言って立ち上がり、高い木を登って眠りについた。

 眠ると決めたらすぐ寝る事が出来るあたり、突発的な野営にも経験があるのだろう。

 疲れているのならもう寝た方がいい。


 「さて……」


 俺は麗華特製の黒手袋を装着し、焚火を上から押さえつけて炎を消す。


 「『スペシャルクエスト』を始めるとしようか」


 

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