第4話 想定外を想定する

 その後、ハイジャック犯の六人は前方コックピットに行く二人、客室で通信機器を回収する二人、後方奥の貨物室に行く二人の三手に分かれた。

 前列と後列に分かれたハイジャック犯によってそれぞれの側から操縦席側の前列側からスマートフォンやパソコンなどの通信機能のある電子機器の回収が行われ始めた。

 俺の座席は中列の一番後ろの席。

 前列、中列、後列は自動ドアで仕切られている為、まだこの中列客席にハイジャック犯は居ない。

 しかし後列の座席数は前列、中列の半分。

 三分もしない内に来るのは想像に難くない。

 いつまでも申し訳なさに浸っているわけにはいかないか。

 自分で蒔いた種だ、自分で何とかしないとな。

 乗客の皆さんに迷惑を掛けずに――既に迷惑を掛けているが――この場を切り抜けるには、何よりまず作戦が必要だ。

 もしも、ハイジャック犯が目的を達成してこのまま無事にこの飛行機を降りられるならそれはそれでよし。

 でももし、乗客に危険が及ぶ可能性が有るのならその時は相手がまず銃を持っている事も考慮して、乗客の皆さんに被弾しないようにするにはどうすれ――


 「隣の方、そんなに怖い顔しなくても大丈夫ですよ」


 と、考えていると、隣の席から若い女性の小さな声が聞こえた。

 隣の席……俺の事だろうか。

 俺はさっきまでホログラム麗華が居た席とは反対側の、窓側の隣の席を見る。

 そこには凛とした顔の色素の薄い茶髪をゆるふわボブにしたクール美少女が居た。

 もしかして、学園島の生徒だろうか。

 

 「私が、何とかしますから」


 耳にすっと入ってくる綺麗な声で言う少女。

 この子、何かする気か?

 まあでも、もし学園島の生徒なのだとしたらこの場を収める力を持っているかもしれない。

 ハイジャック犯達が銃を持っていたとしても、それを完封できるほどの異能と言うのは少ないが確かに存在する。

 そしてその数少ない異能を持つ者達が集まるのが、学園島なのだ。

 ただ一つ懸念があるとすれば……。


 「おい、お前、スマートフォンを出せ」


 とうとう、後方の自動ドアから入ってきたハイジャック犯が俺にスマートフォンが大量につまった黒いカバンを差し出して言う。

 ここは一先ず従っておいた方がいいだろう。

 俺はハイジャック犯が差し出してきた黒いカバンの中に自分のスマートフォンを入れる。

 

 「隣のやつもだ」


 ハイジャック犯は隣のクール茶髪美少女に促す。

 しかし、少女は動かない。

 

 「おい、早くしッ――」


 ハイジャック犯が二度目の催促をしようとした瞬間、突然ハイジジャック犯の全身を覆うように楕円形の光球が出現する。

 ハイジャック犯は叫び、自身を覆った光球を叩くが、その音は全く聞こえない。

 これはこの子の異能か。

 少女は何も言わずに立ち上がると、ハイジャック犯の男に一瞬で詰め寄り、ハイジャック犯のみぞおちに向けて、光球の膜を通り抜けて達人さながらの正確で強烈な一撃を繰り出す。

 少女の一撃を受けて崩れ落ちる体を少女自身が支えつつ、先程までホログラム麗華が座っていた座席にそっと降ろして、何でも無い顔をして元の席につく。

 この間3秒足らず。

 それも全く周りに気配を悟られずにやってのけた。

 ……いや、良く見たら俺と少女の座る最後列とその一つ前の席の間に透明の膜がある。

 混乱を避けるために異能で事前に音を遮断したのか。

 恐らく、最初に俺に話しかけたのも、騒がれたくなかったからだろう。

 計算されつくした動き。

 凄いなこの子。


 「……驚かないんですね」


 「え、驚いてないように見えます?」


 今かなり驚いてる自覚があるんだけど。


 「はい。全く驚いていないように見えます。まるで、こういう事に慣れているみたい。ハイジャック犯が現れた時も驚いていなかったですし……もしかして、最初からこの機がハイジャックされること知ってました?」


 一瞬、鋭い眼光を向けてくる少女。

 え、もしかしてハイジャック犯の仲間だって疑われてる?


 「えーと……」


 ヤバい、冷や汗かいてきた。

 でも彼女が言っている事は全て本当だ。

 でもそのことは絶対に言えない。

 バレたら拙いと長年の勘が言っている。

 いや、そもそも、ねえ。

 俺の能力が『不幸』だからこういう突発的な事態や荒事に慣れていて、俺がこの飛行機に乗っているせいでこの機にハイジャック犯が現れましたなんて絶対に言えないだろおおおお!!!

 

 「ぷっ。す、すいません。今の反応でハイジャック犯じゃないっていうのは解りました。あなた、表情豊かですね」


 あ、よかった。

 よくわかんないけど何とか誤魔化せたみたいだ。

 てか、笑うとめっちゃ可愛いなこの人。

 一瞬クラっときたぞ。


 「っと、こうしてはいられませんね。すぐに前列からもハイジャック犯が入って来るでしょう。私はそいつを処理・・したら他の奴らの処理・・に向かいます。あなたはここで大人しくしておいてください」


 そう言って、少女は立つと、自身の周りに光球を展開する。

 瞬間、少女の姿が消えた。


 「!」


 これも異能の能力!?

 汎用性高過ぎだろ!?


 「ではまた後で」

 

 その言葉を最後に、彼女の気配が消えた。

 

 「凄い人だったな……」


 あの人が動くなら、この機に入ったハイジャック犯は一網打尽出来るかもしれない。


 ……でも。


 俺は『不幸』な男。

 想定外を想定すべきだ。

 俺は自分のポケットから黒い手袋を出した。

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