ある日の放課後

kinatu

第1話


 ガラガラガラ。

 教室のドアを開けて、真っ先に探すのは君のこと。

 いつも窓際の席に座って、友達と喋っている。

 私は自分の席に座りながらチラッと君を見る。頭で考えずとも、勝手に目が追ってしまう。


 そして、今日こそは。

 と、前々から考えていたミッションを行動に移す覚悟を決める。

 決戦は放課後。そのために、いつもより高くポニーテールを結んできた。

 気合を入れるために。そして、ちょっとでも可愛いと思ってもらえるように。


 

 放課後のことを考えると、授業は全く頭に入ってこなかった。でも、授業なんかより、放課後の方が私にとっては何倍も大事だ。

 これが成功するか、失敗するかで今後の高校生活が大きく変わるのだから。


 6時間目が終わるチャイムが鳴る。

 何度も頭の中でシュミレーションをしたこと。


 よし!大丈夫!行ける!


 心の中で自分を奮い立たせる。

 何度も練習した良い感じの声の高さと、笑顔を意識して、君の机の横に立つ。


 「あのさ、きゅ、今日一緒に帰らない?」


 あああ、練習したのより声がちょっと高くなったし、噛んだ。


 私は心の中で叫ぶ。


 君はいきなり声をかけられたからか、声をかけた内容が突飛だったからか、目を丸くして私を見ている。

 なんて、返されるのだろうか。

 これだけは、いくらシュミレーションしても、私は君ではないから、分からなかった。

 お願い。帰るって言ってくれないかな。


  周りが程よくガヤガヤしているため、私の言葉は君にしか届いていない。

 それがせめてもの救いだった。

 

 君は丸く見開いたままの目をして、ゆっくりと口を開ける。


 「えっと…、俺と?一緒に駅まで行くってこと?」


 ゆっくり、私が言った言葉を繰り返す。

 相当、びっくりしているみたいだ。


 「そう!駅まで一緒に歩けないかなって、思って…。」

 

 私は明るく聞こえるようにそう言ったけど、内心は心臓がどきどきして止まらなかった。


 外から聞こえる蝉の声がやけに耳に入ってくる。


 私と君はそんなに話す方じゃない。

 今日もこれが初めての会話だ。


 週に1、2回喋るかな、くらいだ。

 それを変えたくて、もっと君と話したくて、君の笑った顔をもっと近くで見たくて。


 遊びに誘うのは難しいかも知れないけど、一緒に帰ろうなら、まだ言える。そう思った。


 君が何か考えるように少し俯く。

 断られるのかな。そう思った時だった。


 窓から入ってきた風が、カーテンを揺らして、俯いたまま君は


 「あー、うん。いいよ。」 


 そう言った。

 

 「…え?ほんと?」


 私は聞き返す。

 

 「うん。あー…、俺、職員室ちょっと寄るから。だから、下駄箱で待ち合わせで。」


 早口でそう言ってリュックを担ぐ。

 

 私は君の言ったことをもう一度頭の中で繰り返す。

 え?あれ?一緒に帰るの良いよって言ってくれた?本当に?うそ、うそ、まじで?


 混乱しながら、それでも何か彼に言わなきゃと思って、


 「あ、うん!げ、下駄箱ね!おっけい!」


 と、言った。

 

 私と目を合わさずに席を立つ。

 頬が赤くなっている気がした。


 君も私も。


 

 いつもより、階段を降りるのが楽しい。

 まあ、いつも階段を降りることが楽しいなんて思わないけど。


 下駄箱に行く前に、鏡を見るために近くのトイレに寄る。


 朝結んできたポニーテールを、もう一度結び直す。自然とさっきよりも少し高めになる。


 鏡に映る自分は、無意識のうちに口角が上がっていて、びっくりした。

 顔の横に両手を添えて、口角を押さえつつ、


 「よし!」

 

 と、自分に向かって言う。

 

 下駄箱に向かい、靴を履き替える。

 思わず下駄箱に向かって笑いかけてしまい、誰かに見られてないか心配になった。

 辺りを見渡しておそらく大丈夫だなと思った。


 いつもより、少し丁寧にローファーのかかとに触る。

 

 君が来るのを待ちながら立っているのはこんなにも楽しいんだなと、思う。


 風が吹いて、ポニーテールを揺らす。


 夏の匂いがしたな、そう思った時、後ろから足音が聞こえてきた。


 私の中で1番響く足音。

 

 私は振り返る。

 きっと、この瞬間、ポニーテールが1番きれいに揺れた。



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