4―2

 マンションに戻った時、そこにアキちゃんの姿は無かった。リビングには書置きが一つ。どうやらおばさんは彼女を実家に引き戻したらしい。そこであればあの人が二十四時間アキちゃんを監視できる……セキュリティの観点から褒められた行動じゃない。過去の記録をさかのぼれば実家の場所は割れてるようなもの。一軒家なんて穴だらけだ。攻めるに易く守るに厳しい。

 そんな事あの人だって分かっているだろう。だからこれは感情の問題。娘がこれ以上事件に巻き込まれないように、手元で監視しておきたい。そんなところだろう。

「……」

 まぁ、犯人の性質から自宅に直接出向かう可能性は限りなく低い。相手は狡猾に、対象が一人になった瞬間を狙う。犯行を行うのであれば町中の障害物の多い逃げやすい環境。周りに田畑しかない見晴らしのいい住宅地になんか近づかないだろう。

 とはいえ、そんな行動一時避難にしかならない。犯人がアキちゃんを狙っているのだとしたら、相手はいずれやってくる。少なくともアキちゃんはそう思っているのだ。

「……困った」

 おばさんの事だ、私が仁見家に入る事を許しはしない。彼女の中で私は疫病神。何とかしてアキちゃんから予測の内容を聞かなければいけないのに。

「……仕方ない」

 例え私がどんな目に遭おうとも、アキちゃんの不安を解消しなければ日常は戻って来ない。苦手だなんだの言っている場合じゃない、ひとまず私も家に戻って――

「お、おかえりなさい……」

「……」

 ツインテールに刺さる視線。玄関で出迎えてくれたのはまさかのアキちゃんだった。

「いや、なんで?」

「ええっと……」

 おばさんも家でアキちゃんを保護するデメリットについて理解していたらしい。ゆえに、表向きアキちゃんを保護したように見せて本命の隠し場所としてウチを選んだようだ。確かにウチはアキちゃんの家に比べれば情報が割れていないし、姉が常駐しているし、隠し場所として悪くないかもしれない。

「理屈は分かるけど……おばさんもよく許したわよね……」

 娘を守るためなら何でもする。好悪を超えてそれが出来るのだから母親とは強い。

「それもあるんだけど……」

「……?」

 どうやらおばさんがアキちゃんをウチによこしたのは安全面だけの問題では無いらしい。

 誘拐事件以来、おばさんの中では「事件」という単語そのものが禁句になっている。結論から言うとアキちゃんが導き出した予測をあの人は受け入れることが出来なかった。あの人も一連の連続殺人事件に関してはチェックしていた。でなければアキちゃんをウチに置かないだろう。そこでアキちゃんは今後の対策としておばさんに蜷川の件とアキちゃん自身が襲われるであろう予測を説明しようとしたのだけど……、

「お母さん、怒っちゃった。そんな話聞きたくないって……」

「……」

 おばさんの気持ちも分からなくはない。自分の娘がこれ以上傷つくなんて考えたくも無いだろう。まして娘自身がこれから自分がどのように痛めつけられるのかを滔々と語られたら――

「本当、どうしたらいいんだろうね……」

「……」

 アキちゃんは今落ち着いたように見える。母親が迎えてくれた事であらかた恐怖を吐き出すことが出来たのだろう。ピークを迎えた感情は長続きしない。これ以降アキちゃんが予測の事で大げさに怯える事は無い。

 でも……ツインテールに注がれる瞳は震えたままだ。これは決してアキちゃんが私の、人の顔を認識できないためじゃない。慣れこそすれ、一度刻まれた恐怖が消えることは無い。一度事件が日常に食い込んでしまったら最後被害者は歪められた日常を過ごさざるを得ないのだ。

「ねえアキちゃん、話を聞かせて」

「でも……私のはただの予測で……絶対に起きるわけじゃ……」

「私はなんどもアキちゃんの予測に助けられてきた。高校に入学できたのも、特進クラスから降格しないでいるのも全部アキちゃんのおかげ。アキちゃんの予測がどれだけ凄いのかを一番知っているのは私。だから大丈夫、私はアキちゃんの言うことを全て信じる」

「……だって事件だよ! 環奈ちゃんだって巻き込まれて……私に……ただの女子高生に出来ることなんて……」

「……」

 確かに私達はただの女子高生だ。犯人を一方的に殴り倒せる万能の力は無いし、そもそも警察みたいに事件を捜査する権利も無い。親の庇護の下、事件から離れた所で守られている方が世間一般の子供の姿なのだろう。

 だけど――

「狙われるのはだって、アキちゃんはそう言っていたよね」

「……うん」

「だったら私もとっくに巻き込まれているって事。危険なのは私だって同じなんでしょう。だったら私は聞きたいな。アキちゃんを守るのはもちろん、私自身を守るためにこれから一体何が起こるのか」

 こんなの詭弁だ。犯人が私なんかを狙うはずが無い。一連の被害者はどの人も襲いやすそうな、弱い人間が意図的に選ばれていた。アキちゃんの怯えようからして、蜷川の次はアキちゃん自身。だから私が狙われる可能性はゼロに近い。

 だけどもし、私が狙われる可能性が上がるとすれば――

「本気なの……」

 私は首を縦に振る。

 その可能性が上がるとすれば私が事件に首を突っ込んで犯人の障害になった時くらいだろう。アキちゃんは私に予測の内容を打ち明ける事で私に危険が及ぶ可能性を排除してくれようとしている。予測を一人抱える事で私を守ろうとしてくれている。

 でもそんな事私が許せるはずが無い。まったくアキちゃんは自分を過大評価しすぎている。アキちゃん一人の犠牲で事件が終わるとでも? ありえない。異常者に満足は無い。アキちゃんで楽しんだらまた次の犠牲者が現れるだけ。それは私かもしれないし、他の人間かもしれない。対抗策はたった一つ、元となる異常者を叩くことに他ならない。

 そして、その正体に最も迫っているのは他でもない彼女自身。

「マナちゃんは本気なの……私の、でたらめかもしれない予測を本気で信じてくれるの……」

 確たる瞳がツインテールに注がれる。ここまで来たらあと一押し。私の方の覚悟を伝えるだけだ。

「もちろん。私が今までにアキちゃんを信じなかった事なんて無かったでしょ。私が鍛えてきたのはこういう日のためだったんだから。大丈夫、私は死なない。アキちゃんだって傷つかない。それに今までだって嫌な予測をさ、変える事だってやってきたじゃない。私が動くことでひょっとしたらその予測が変わるかも知れない。ほら、そう思えば全然危なくないよ」

 大人にできなくて子供に出来る事。それは無理を通して道理を引っ込める事だ。

 スーパーコンピューター顔負けの知性を持つ人間相手に「予測を覆す」だなんて……大人ならしないだろう。嫌な可能性を見てしまったらおばさんみたいに目をそむけて「見なかった事にする」。それもまた正しい。

「本当に……やるんだね」

「……うん」

 恐怖に歪んでいた口元が一気に引き締まる。さあ、私も腹を括ろう。一度聞いてしまったら最後。彼女の可能性の中へ――

「結論から言うと、私が予測した事件の犯人は――」

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