ヒロイン
海那 白
第1話 あめとゆり
雨が、降っていた…。
怖いくらいに静かな雨で、僕を外界から隔離していた。
僕は、その日、虚無感に包まれていた。
どうしようもなく、心が空っぽになっていた…。
「ねぇ!聞いてる?」
「あ、ああ…ごめん…」
…そうだった。
「それにしてもさ、びっくりだよねー。まさかこんな日に、君がデートしてくれるなんて」
「…そうか?」
まぁ僕も、こんな日にお前みたいなやつとデートすることになるとは思ってなかったよ。
「いつもだったら、「すまん、仕事が…」って言って断ってるのに…どんな心境の変化?」
「別に…たまにはお前に構ってやってもいいと思っただけだ」
「偉そうにー。ツンデレめー」
「違う」
僕だって、こんなデートは不本意だ。てか、お前なんかとはデートしたくなかったよ。残念ながら、僕の好みとは正反対だ。
「あのさー、なんでいつも「お前」なのー?ちゃんと名前で呼んでって言ってるじゃん」
「断る」
「相変わらず冷たい…。私の名前は亜芽だよ、水坂亜芽!」
「…逆に聞くけど、なんでそんなに名前で呼ばれたいんだよ」
「だって、私のお母さんが私のためにつけてくれた名前だよ?雨が降ってると悪い日ってイメージがあるけど、でも雨が降るから芽は育つ。だから『恵みの雨』とも呼ばれてる。私にもそんな風に、誰かの手助けをしてあげて、誰かを救える、優しい人間になりなさいってお母さんに言われたんだもん!だから、亜芽って呼んで!お願い!」
そういう解釈もあるか…。
雨は、僕にとっては不吉なことがある予感しかない嫌なものだったが…。
「…分かった、亜芽」
「…やった!ありがと天くん!」
そうだった。僕はここでは、そんな名前だった。
「でもさ、なんでそんないい名前つけてくれてるのに、あんなことしちゃったんだ…?」
「…ごめん、なさい…」
「…謝るなら、僕にじゃなくあの子に謝れよ」
そう言って、僕は顎で前にいる人をさす。
「…なるほど、なんでデートしてくれたのかって思ってたけど、これが目的なのね」
「ああ。悪いと思ってるなら、ちゃんと謝れよ。二度と謝れなくなる前に」
僕がそう言うと、亜芽は恐る恐る前に歩み出て、目の前にいる人物に近づく。
足が震えているのが見えた。
目の前の人物が言った。
「…ねぇ、亜芽ちゃん。なんであんなことしたの?私たち、ずっと友達だと思ってたのに…」
「…ごめ…ごめ、なさ…」
「聞こえないんだけど?いつもそうだよね、亜芽ちゃん、自分にとってどうでもいいことばかり大声で話して、大事なことは全然言ってくれない。亜芽があんなことしなければ、今頃、優奈は…優奈は…!」
だんだんムキになってきてる。これ以上は…
「全部あんたのせいだ!あんたがいなければ、こんなことにはならなかった!あんたのせいで優奈は、みんなからいじめられて、暴力を振るわれて…。もう優奈はもとには戻れない!だから、あんたにも同じ苦しみを今から味合わせてやる…」
背中から、包丁が取り出された。
いよいよ、かもしれない。
「死ね!!…………っ!?」
振り上げた手を、僕はすんでのところで止めた。
危ない、少し遅ければ、僕にも当たってた…。
「落ち着けよ、友里」
「放して!あんたには関係ないでしょ!」
「やだ。悪いが、意見させてもらう」
「あんたの意見なんて聞くわけ…」
「亜芽に怒る気持ちはわかる」
「なら…」
「でも、それとこれとは別だ。お前が今からやろうとしていることは、殺人だ」
友里がビクッと震えた。
「亜芽がやったことも悪い。でもあんたがやることの方がもっと悪い。それこそ取り返しのつかないことになる。今の姿を見たら優奈は、どう思うだろうな」
「優奈なら…」
「大丈夫だと思うか?
お前はどうせ、優奈に執着しすぎてたんだろ。優奈の友達は自分だけだと思ってたのに、そこに亜芽がやってきて、いなくなればいいと思ったんだろ。お前は、優奈に関する嘘の悪い噂を「亜芽から聞いた」って体でクラスにばらし、優奈がいじめられるように仕向け、自分は優奈を守るふりをして亜芽が悪者になるようにすべての責任を亜芽に押し付けただけだろ。優奈はそれを分かってたから人間不信になって閉じこもってしまった。…違うか?」
「…うっ…」
「…え?…そう、だったの…?」
「亜芽、お前もだ」
亜芽の体がビクッと震える。
「お前も、みんなと一緒になっていじめてただろ。優奈が助けを求めたときも無視して、優奈は本気でお前を信頼してたのに、ほかの子からの目を気にしたお前はいつの間にか優奈を率先していじめてただろ」
亜芽は、びくびくと震えて、冷や汗を垂らしていた。
「だから、二人とも悪い。お互いに謝れ」
…と言っても、無理だろうな。
「今ここで謝って、今後一切こんなことをしなければ、もう何も起こらない。このことは隠蔽されて、お前らには被害は及ばない。僕が保証する」
「…ご、ごめんなさい…」
最初に謝ったのは、亜芽だった。
「…わ、私も、ごめんなさい」
友里も、謝った。
「よし。それじゃあ、優奈に謝りに行くぞ。今からならまだ、取りもどせる」
そう言うと、二人は泣きだした。
救いの雨が、降っていた。
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