第2話 動き出す物語

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 ゴゴゴゴゴゴゴ。


「うおっ、なんだなんだ!」

 

 成人の儀を終え、現在住んでいる教会へと戻る道中。突如として大地が震え、まばゆいまでの光が襲ってきた。幸い、ものの数分で揺れは治まって、視界も徐々に回復した。


 立っていられないほどの揺れだったにも関わらず、不思議なことに木が倒れたり、家屋が倒壊したりしている様子はなかった。


「なんだったんだよ。というか、みんなが心配だ。急いで帰ろう。」


自分の心配よりも、教会にいる皆が心配で仕方がなかった。

 

 俺は、村に小さいながらも一軒家を構える両親のもとに生まれた。容姿は中性的で、母親から受け継いだ黒髪は、女性も顔負けのつややかさを誇っていた。そして暗闇に光る灯火のごとき真紅の瞳は、黒髪のためかより一層際立っている。


髪の色と目の色が異なるのは、もとより村出身であった母と、150年前の戦争で、ほかの村から移住してきた別の妖精族の子孫である父との間に生まれたが由縁である。


 しかしながら資源が乏しいこの村での生活は厳しく、加えて彼の母親のお腹には、第二の生命が宿っていたため、両親は人族の町から支援を受けている教会へと、まだ子供であった俺を泣く泣く預けたのだ。


 幸いそうする者は村に少なくはなく、教会には同じ境遇の子供も多数いた。イブもその一人である。


 夕焼けに染まる空を眺めつつ、少しばかり急な坂道を上り歩くこと十数分。の前にたどり着いた。この村には教会が二つある。数刻前に、成人の儀で訪れたのは古い方の教会である。成人の儀のような重要な儀礼や結婚式などの特別な理由であちらが使われる。普段、村の人々が参拝などで使用するのは、こちらの新しい教会だ。


 教会の前をうろうろとしている人影が一つあった。それは、こちらを見るなり慌てて走り寄ってきた。


「ただいまシスター。」

「アンブラくん!! 大きな揺れがあったけれども、無事だったのね。そう、良かったわ。心配したのよ。あなた、帰ってくるのが遅いんだもの。」


 小さいころからお世話になっている教会の修道女シスターのメアリさん。その顔からは、安堵感が読み取れた。


「心配かけてごめん。でも、俺は無事だよ。ちょっと医務室によっていて遅くなっただけで。」

「本当によかったわ。あなたが無事なら、それでいいの。さ、早く入りましょう。みんな待っているわ。」


ふわりと微笑み、えくぼが浮かぶ。そんなメアリさんの笑顔は、実にシスターらしかった。


 教会の中では、子供たちと他の修道女シスターたちがせわしなく動いていた。見ると、本来ならば正面奥の台座の上に見えるはずの女神像が前へと倒れ、教会の長椅子や燭台がそれに巻き込まれていくつか破損していた。みんなは像の破片や壊れた椅子をちりとりと藁箒で掃くなどして片づけているようだ。


「さっきの大きな揺れで倒れてきたのよ。どこかの誰かが地母神様の怒りに触れてしまったのかしら。でも、女神様の周りに誰もいなくてよかったわ。下敷きにでもなったら大変だもの。普段なら近くで祈りをささげている人がいるのだけれど...不思議ね。これも我らが主のおかげなのかしら。」


 シスターの言動に何か引っかかるものがあるものの、違和感の正体が何なのか、その時は気にも留めず、その場を後にした。そして、子供たちのために一人一つずつ用意されている部屋へと向かうことにした。


後悔先に立たず。この時に気付くべきだった。もっと深く熟考しておくべきだった。いや、気付けなかったのだ。


 あんなにも大きな揺れだったにも関わらず、木や家屋はその影響を全く受けていなかった。しかし、教会の女神の像だけは


まるで、何かの始まりを伝えるように。はたまた何かの警鐘を鳴らすかのように。


 部屋へ向かう途中、ふらふらとおぼつかない足取りで、俯きながらこちらへ歩いてくるイブが見えた。


「イブ、ただいま。遅くなった。」


声を掛けると彼女は勢いよく顔を上げ、目から大粒の涙を流し始めた。本日二度目、女の子を泣かせてしまった。しかも同じ女の子を。


「ぜんぜん帰って...こないですし。さっき、大きな地震もありました。もう帰ってこないと思ってしまいました。本当に、本当に心配したのですから。だから、二度と離れないでくださいね。私の前からいなくならないでくださいね。これからもずっとずっと、一緒ですから、ぐすっ。」


 普段は、教会の子供たちに物語を読み聞かせてあげたり、自分と同い年ほどの男同士が言い争っていても仲裁に入るなど、周りからは姉のように慕われている彼女。だが、いくら周りから慕われ、頼られ、完璧にみえるからといって、彼女にだって弱さはある。


 彼女の母親は彼女を産んですぐに亡くなった。彼女の父親は、彼女を教会に預けた数日後、行方知らずとなった。

 

 無意識に彼女の頭に手を伸ばし、その流れるような金髪をなぞるようにして撫でる。


「うん、約束する。どの道、おれはスキルなしだから。お前がいくら嫌だと言っても傍にいるから。それは、絶対に、変わらない。」


「ぐす...はい。ふふ、そうですね。毎日同じ顔を見ていると、嫌になってくるかもですね。なので、どうか私を飽きさせないでくださいね。」


イブは、鼻をすすりながらもとびきりの笑顔をみせてくれた。ああ、それだけで救われる。


 まわりにいる修道女シスター達だけに限らず、子供たちまでもが、こちらを生暖かい目で見つめてくる。だが、そんなものはあまりに些細なことで、気にも留めなかった。彼女がそこにいるから、自分もそこに在り続ける。彼女が望むから、自分も望む。理由などそれで十分だ。だから、彼女が望む限りは、彼女のそばに居続けるのだ。


それから、イブの気が済むまで、彼女の頭を優しく撫で続けたのだった。



 しかし、約束は守られることはなく、あっけなく破られることとなった。


 この日、勇者が都市国家パルセニアに、魔王が魔大陸に現れ、150年ぶりに戦争が始まろうとしていた。


 老若男女を問わず、戦力となるものは全て戦地に駆り出されるという、あまりに残酷な凶報が村に届く日は、そう遠い未来ではなかった。

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