引っ越しの支度をしていたら、昔の命の恩人の連絡先を見つけたから、とりあえず電話掛けてみた
ココアシガレットー!
第1話 黄ばんだメモ用紙
自分でも、あの頃は荒れていたと思う。
22歳の大晦日。卒論も無事書き終わり、就職も決まった頃。私は春から職場近くのマンションに引っ越すことが決まり、大掃除がてら新しい家に持ってくるものを選別していた。
「さて……服は詰め終わったし、問題はこれだな……」
部屋の壁一面を覆っている大きな本棚を視界に収める。そこにはたくさんの本が大小関係なく、隙間なく詰められていた。横に置かれている本もある。ジャンルも参考書、一般小説、漫画に、ライトノベルと様々だ。お世辞にも綺麗にとは言えない。
軽く見積もっても千冊。さすがにこれを全部新居に持っていくには多すぎる。
「どうしよう」
眉を八の字にしながら呟く。
頭の中ではわかっているもののやっぱり自分のお金で買った本だ。手放したくない。
ぐぬぬ……私めなぜこんなに本を買ってしまうんだ。と一人愚痴る。
一度目に入ると即買いしてしまう癖を持つ自分を恨みつつ、はぁ……と肩を落とす。
少し悩んだ末、読んでない本は古本屋に持って行って、買い取ってもらえなかったら縛って捨てることにした。
アンティーク調の本棚に触れる。ひんやりと感触が気持ちいい。
すっと息を吸って、部屋全体を眺めた。
「もうこの家とはさよならか……」
そう思うと少し寂しく感じた。魯迅が書いた『故郷』の主人公が言っていた寂寥とはこんな気持ちなのかなとふと思った。
並べられたほんの背表紙の天辺を撫でていく。この段だけは本の大きさが揃えられ、きっちりと並べられていた。思えば、この本棚をかって初めて本を並べたのはこの段だった気がする。
懐かしさに笑みを漏らしつつ、私はその中の一冊の本に指をかけて傾けるように取り出した。
その時にふと一枚の紙がはらり落ちた。
なんだろう。頭に疑問符を浮かべながら腰を落とし、肩下まで伸びた髪が床に着かないように耳にかけ、その紙を拾った。
その紙はメモ用紙だった。
長い間本と本の間に挟まれていたからだろう。少し黄ばんでいた。
電話番号が書かれていた。誰のだろう? そう思いながら裏をめくると男性の字でこう書かれていた。
『寂しくなったらいつでもこい』
その言葉をみて私は「こんなところにあったのか」と言葉をこぼした。
脳裏にひとりの男性が浮かび、懐かしさに口許が緩む。
「あの人、今どうしてるのかな……」
私は天井を仰ぎながらそう言葉をこぼす。
そう言えば表の方に電話番号が書いてあったな……。
「………………………掛けてみようかな」
メモ用紙を眺めた後、そう呟いた。自分でもなぜそう思ったかはわからない。でも、ふとあの時私を救ってくれたあの人の声が聞きたくなったのだ。
気づけば私はコール音が鳴るスマホを耳に当てていた。耳元ではプルルル、プルルルと一定のテンポでデフォルトのコール音が鳴る。
私は妙な緊張感を覚えながら天井を仰ぎ、あの月が綺麗だった夜に思いを馳せる。
あの夜、誰に知られることもなく過ぎていった。
――女子高生の私とひとりの男の一夜の物語を――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます