さよなら、あたしの
雨宮 小雨
第1話 さよなら、あたしの
恋の始まりは心が教えてくれたけど。
恋の終わりはいつ来るの?
たまたま隣の席になっただけ。
今まで話したこともない男子だった。
よく昼寝をしていて、笑うと目がクニャッと細くなる。放課後になると、元気な仔犬みたいに部活に向かう、そんな男子。
少しだけ寝癖が付いた髪は柔らかそうで午後の日差しでキラキラしている。
あたしのポニーテールは黒くて、多くて、固い髪。
「いいなぁ。あたしもそんな髪の毛がよかったよ」
「えーっ、オレ、コンプレックス。だってこれ、絶対将来禿げそうじゃん?」
他愛もない会話の繰り返し。
雨が降る前の匂いが好き、とか、体育館でシューズがキュッと鳴る音が好き、とか。携帯は食事中は見ない、とか、カップラーメンは早めに蓋を開ける、とか。
そのコンプレックスだという髪の毛を、毎日眺めるのがちょっとずつ楽しみになっていった。
彼は、登校して席に着いた時や、部活に行く前、あたしのポニーテールを軽く引っ張る。
「じゃあな」
「もう、引っ張らないでよ」
それがとても嬉しくて。
そんな小さなやり取りが幸せで。
今まで嫌いだった真っ黒な髪も、だんだん宝物になった。
お気に入りのシャンプーで髪を洗っているときも、丁寧にブラッシングをしているときも、今まで感じたことのない幸福感とくすぐったさが胸を覆う。
心がふわふわして、でも少しだけ疼く。
この疼きはいつまで続くのだろう。
気持ちを伝えたら、その疼きは温かな幸せに変わるのだろうか。
それとも悲しい痛みに変わるのか。
だったら、まだこのまま疼きを感じていたい。
告白をして、この関係を終わらせたくない。
今のままでいい。あたしは幸せだ。
それって、臆病者なの?
臆病者でもいい、少しでも長くこの気持ちのまま、彼の温度を感じていたい。
彼の隣にいる存在。
あたしがなりたかったんだけどな。
あるときから、彼の左側には同じ女の子がいるようになった。
周りに冷やかされながら、照れながら、うれしそうに歩くふたりを、あたしは教室のベランダから眺めた。
前に隣のお姉さんが、キレイな髪をばっさりと切り落としたことがあった。
「なんで切っちゃうの?そんなにキレイなのに。もったいないなぁ」
「悲しいことがあったんだ。だからさっぱりしたくて」
その頃は、なんで髪を切るのかよく分からなかったけれど、今なら分かる。
髪を触るたび、思い出すんだね。
感触を、会話を、笑顔を、全部を。
髪をゆっくりと解かしながら、彼に想いを馳せていた時間も、今はすごく苦い。
彼からか、彼女からか、気持ちを伝えたのはどちらからかは分からない。
でも、臆病なあたしとは違う。
そうか、あの優しい笑顔は、勇気を出さなきゃ永遠にあたしのものにはならなかったんだ。
勇気を出してもダメだったかもしれないけれど、毛布の中から出ない臆病者には絶対に届かないものだったんだ。
あたしは、ずっと伸ばしてた髪を切った。
頭がずいぶん軽くなったなーって呟いたら、なんだか泣けてきた。
もう、彼があたしの髪を引っ張ることはないんだって思ったら、びっくりするくらい涙が落ちた。
さよなら、あたしの……
さよなら、あたしの 雨宮 小雨 @tameiki-to-kibou
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