寿司丸高校UMA研究部
チャンバラ侍
朱音と友恵
「ええーーーーッ!! マグロ山でビッグフット目撃だってぇ〜〜〜〜ッ!?」
ここは寿司丸高校UMA研究部。部員は二名。部室は階段横のちっちゃな倉庫。廃部寸前、まさに崖っぷちの状態で今日も騒がしい声が廊下中に響き渡る。
「何よ、騒々しい」
突然雑誌片手に大声を上げて猛然と立ち上がった少女へ、須飯友恵は鬱陶しそうな目を向けた。
「ほら、ほら見てここ!
「へぇ、それが何かしら? そんな程度で騒ぎ立てるなんて、貴女もう少し落ち着きというものを持ったらどう?」
友恵は自身の代名詞とも言える立派な縦巻きロールを華麗な仕草で払うと、もう興味を無くしたようにスマートフォンへ視線を落とした。
「そんな程度!? いい、これは我らがUMA研究部がついに歴史的な一歩を刻む千載一遇の機会よ! 苦節一年、生徒会に廃部をチラつかせられながら必死に有ること無いこと書いて活動記録を提出してきたあんな日々とはもうオサラバ!」
完全に熱に浮かされた様子で思いの丈を熱弁する板前朱音は、このUMA研究部の部長である。部活という一つの組織を率いるに相応しい熱意と勤勉さを持ち合わせているも、悲しいかな少なすぎる部員数と特殊すぎる研究内容によりそれらが活躍することはほとんど無かった。しかし諦めが悪いことで評判のこの板前朱音。虎視眈々と機会を狙い、部活を管理している生徒会からの嫌味に耐え、様々な艱難辛苦を乗り越え掴んだこのチャンス。朱音は努力を労ってくれたであろう神に心から感謝した。いや、この場合はビッグフットか。
「チンタラしてたらビックフットに逃げられちゃう。早速マグロ山に行くよ、さあ友恵準備して!」
そう意気込んで、狭い室内に雑多と積み上げられている雑誌や段ボールを全部ひっくり返す勢いで走り回る朱音。
「行かないわよ」
その一言で、その暴走はピタッと止まった。丁度放り投げた空の段ボール箱がボスッと間抜けな音を立てる。
「な……なんで」
「なんでって、
「でもこれはUMA研究部にとって大事な――」
「大体、このヘンな研究部に貴女が無理やり誘ってきたんじゃない。転校してきた私に何度も何度もしつこく話しかけて、呆れるほどの執念に匙を投げた私がわざわざ入部してあげたのよ。普段ダラダラするくらいは付き合ってあげてもいいけど、そんな所まで付き合う義務は無いし、そもそも山は危険よ」
彼女の言に、朱音の手がグッと握りしめられる。確かに友恵は朱音が無理やり誘ったようなものだ。しかしその割には活動日に休むことが無く、毎回時間になったらこの狭い小部屋に眉を顰めつつも入ってきて、朱音の他愛ない話に相槌を打って、稀に笑顔も見せてくれていた。友恵は楽しんでくれているはずだとどこか安心したような気持ちで安穏たる日々を送って来た。だが、そんな日々は朱音の勘違いによる幻想だったのかもしれない。ここに来て裏切られたような気持ちを抱くのを止められず、そんな自分を朱音は友恵に申し訳なく思った。
「……分かった。一人で行ってくるね」
「行かなければいいじゃない、どうせそれも噂。諦めるのが吉よ」
ぶっきらぼうに言い放たれた言葉。いくら朱音が悪くても、ここまで邪険にされる謂れはあるだろうか。
「――もういいよ、そんなに嫌だったら退部したらどう? 無理矢理誘ってごめん、私が山に行ってる間にでも生徒会の人から退部届を貰ってきておいて」
「な、ちょっと……!」
驚きに目を見開いた友恵を後にして、朱音は勢いよく扉を閉めた。
部室のリュックを提げて勢いよくそこを飛び出してきたのはいいものの、満足のいく準備ではない。あまりにも軽い中身を見ると、古ぼけたカメラと端が折れているメモ、先の丸い鉛筆、水が入った安っぽいラベルのペットボトルだけが底の方に転がっていて、装備が貧弱云々以前の問題に朱音は一人虚しくため息をついた。
ポケットからスマホを取り出し電源をつけると、どうやら今は午後四時過ぎ。盛夏を過ぎて秋に差し掛かる最近はじわじわと日暮れの時刻が早まっているところで、あまり遅くなりすぎると朱音の母親にも心配がかかる。遅くなる旨の一報を入れておかなければならないが、かといって理由をそのまま話せる訳もない。この日、朱音は母親に初めて嘘をついた。
「諦めないのが我がUMA研究部の信条よ……!」
学校からマグロ山まで徒歩二十分。朱音はマグロ山の登山入り口前に到着した。入口から漂う薄ら寒い気配、くゆり続いていく山道、山の奥底から湧き出てくる静寂。いかにもな気配にゴクリと生唾を飲みこむ。
「ヨシ、ヨシ、友恵に一泡吹かせてやるんだから!」
自分の両頬をパチンと叩いて、朱音はUMA研究部存続のための一歩を踏み出した。
山道はそこまで広くない上に、覆いかぶさるような木々のせいで薄暗い。すでに日は傾いているようで、オレンジに染まった木漏れ日がぽつぽつと地面を照らしていた。一人分の足音だけが響く空間は孤独を強調させられているようで、朱音の歩調は自然と速くなる。
「……友恵に、言い過ぎたかも」
俯いて、部室を去る瞬間を思い出す。目を見開き、どこか焦ったような友恵の姿は今までに見たことがないものだった。そもそも退部されて困るのは朱音の方なのに、ついカッとなって突き放すような言葉を浴びせてしまったのは自業自得と言うほかない。明日になったら、部室にはたった一人しか居なくなっているのだろうか。
朱音が考え込んでいると、いつの間にか夜の足音がもうすぐそこまで来ていた。燃えるような橙色も鳴りを潜め、薄闇が周囲を覆ってきている。朱音はスマホのライトを点けて周囲を見渡した。
「夜の山は流石に危険だよね……帰らなきゃ」
結局ビッグフットは見つからなかったな、と朱音はぐったり肩を落とした。何のためにここまで来たのか、友恵を切り捨ててまで無鉄砲に飛び込んで行く価値はあったのか、朱音自身にもよく分からなかった。
パキ、と足元で音がした。一瞬肩を跳ねさせ、ライトを下に向けるとただの小枝で、朱音はホッと息を吐いた。
――次の瞬間。
耳を塞ぎたくなるほどの鋭い音が辺りに響き渡った。
「キャッ!」
バキバキバキ、と連続して枝が折れる音だ。細い枝太い枝混ぜこぜで、その断面のように鋭利な音圧が薄闇を蹂躙する。朱音のスマホが地面に落ちて、瞬間そこに光は無くなった。
目が合う。
木々を掻き分ける毛むくじゃらの姿、猿のような手足。体毛の奥から覗く落ち窪んだ眼球はその赤褐色を不気味に光らせ、朱音を値踏みするように睥睨している。――ビッグフットだ。
心臓が暴れる。何かが詰まっているかのように声が出ない。呼吸は不自然に乱れ、いつの間にか腰を抜かして無様に這いつくばっている。朱音は近づいてくる怪物を呆然と見上げていた。怪物がその拳を振り上げる。腕は樹の幹のように太い。朱音の頭上に影が落ちて、ふっと走馬灯が脳内を駆け巡る。結局、友恵には謝れなかったままだ。怪物が腕に力を入れ、凶器を朱音に振り下ろす――その瞬間。
「朱音!!」
背後からの強い衝撃で、朱音はゴロゴロと地面を転がった。止まった後、背中に体温を感じて振り向けばそこには友恵がいた。自慢の縦ロールは土まみれで地面に投げ出され、制服もボロボロだ。瞑っていた目を開けた友恵は、目に見えるほどに安堵の表情を浮かべた。
「と、友恵、なんで」
「話は後よ。疲れたでしょう、そこでいて」
そう言って微笑み、友恵は毅然と立ち上がった。土で汚れた髪を意に介せず、朱音を背に怪物と向き合う。そして堂々と啖呵を切った。
「私が相手よ、デカブツ」
――朱音の記憶は、ここで途切れている。
「作戦コード301、通称ビッグフット捕獲作戦が完了したみたいだな」
「はい、お父様。恙無く」
「ふむ。――民間人一名を巻き込んだようだが」
薄暗い会議室の中で、少女と男性が言葉を交わしていた。男性の問いに、少女は縦ロールを優雅に払うと不敵に笑った。
「秘密開示の許可を求めます」
「……なるほどな。申請を受理しよう、今回の件はお前に一任する」
「了解致しました。――須飯家の誇りに懸けて」
一礼すると、少女はそこから退室した。
「ええ~~~っ! 実はUMAが本当に存在していて、友恵はその脅威から人々を守るために働くUMA捕獲部隊に所属してるの~~っ!?」
「ちょっと、声が大きい!」
スピーカーのように叫ぶ朱音を窘め、友恵は腕と足を組む。
「このことは重大な秘密なんだから、絶対誰にも言うんじゃないわよ」
平時より鋭い友恵の眼光に怯み、ブンブンと頷く朱音。その様子を見てどことなく不安を感じ取ったのか、友恵は大きなため息をついた。
「あ……そうだ、友恵」
おずおずと話し出した朱音に何事かと目を向ける。その、あの、とか少しどもった後に、「ごめん」と一言切り出した。
「何が?」
「昨日、部室出るときに酷い事言った。多分あれ、私を止めようとしてくれてたんだよね?」
「ああ、それ。別にいいわよ、あの時は私もかなりキツイ物言いだったから」
「……ここ、抜けないよね?」
え、と友恵は固まった。あの何時でも無神経を貫く部長が、こんなしおしおとした様子で人に話しかけることなんてもう無いだろう。明日は雨だろうか。
「……退部なんてしないわよ、安心して」
ぱぁっと明るくなる顔。感極まった様子で友恵に抱き着いて来ようとする朱音。それを引っぺがそうと暴れる友恵。
ここは寿司丸高校UMA研究部。部員は二名。部室は階段横のちっちゃな倉庫。相も変わらず廃部寸前、少しは前に進んだ二人で、今日も騒がしい声が廊下中に響き渡る。
寿司丸高校UMA研究部 チャンバラ侍 @maki_59
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