砂漠渡りと長月~神在月の準備~

大月クマ

神在月の清め儀式

 砂漠渡りと長月~下っ端は辛いよ~



 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 秋の夜長、皆さんどうお過ごしでしょうか?


 僕は……連休初日。正確には前日の夜から、古めかしい客車に揺られています。


「民営化して、もう少しいいものを回してくれると思ったのじゃが……こんな堅い椅子の列車いまだに使っているのか?」


 昔の映画や、銀河鉄道に出てきそうな、薄いクッションのボックス席に、僕らは座っていた。

 僕の前にいるのは、神主姿の小学生……じゃなかったうちの地元、新ヶ野あらがの市を護る(?)地主神の『長月ながつき』様。

 それが愚痴をこぼしている。


「なんでお主、ワシが地主神だって事に疑問を持っておる」

「何を?」

「さっき、ワシの地主神としての地位に『?』疑問符付けただろ?」

「そんなことないですよ――」


 考えが見透かされている!? こいつのことを疫病……おっと、これも見透かされているかもしれないから、考えないでおこう。


 長月……様は、あきらかに疑いの目を僕に向けながら、流れる夜景を見ていた。僕の夜目では外の景色は見えるが、普通の人だったら闇が続いているだけだろう。

 まあこれでも自称・地主神なのだから、僕並みに夜目は利くのであろうか。


 あと僕の座るボックス席には、一夜先輩が上を向き、口を大きく開けて爆睡中。

 いつもの伏見さん、鵜沼さん、太田は今回、不参加。ところで先ほどから、先輩の口元に小さな羽虫が飛んでいるが、いつ入ることやら……


 そもそもの話をしよう。


「今度の連休、空いてる?」


 突然、一夜先輩からそんな声をかけられた。中学生みたいなちんちくりんではあるが、相手は一応、女子高校生。健全な男子高校生が、女子高校生にそんな声をかけられたら、ホイホイついて行くであろう。が、この数ヶ月、この人に振り回されて、大変な目に遭った僕はすぐさまこう言った。


「空いてません!」

「――空いてるんだ。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど……」

「人の話、聞いてますか?」


 どうせ聞いていないことは判っている。

 先輩が制服のスカートのポケットから取り出したのは、小さなボール紙だった。

 いわゆる硬券とかいう昔の鉄道のキップ。それを強引に渡してきた。


「人手が足りないのよ。新人地主神長月様のたっての希望ということも、お忘れなく」


 あの地主神疫病神か……


 ともかく、ポケットにねじ込められていたのか、渡された歪んだキップを見る。


『JR新ヶ野あらがの発・大社たいしゃ行』


 日付も時間も指定された不思議なキップだ。何か特別列車の指定券なのか?


「なんですかこれ?」


 すると、急に顔を近づけてヒソヒソと話をしはじめる先輩。だから、顔が近いって!


「うちの長月様は、地獄耳だから、アタシからはいいにくいんだけど……まだ地位が低いのよ」

「それは大体、察しが付きます」

「――何故、アタシを見る。あっ、惚れた? スカートの下を見たからって、アタシに……」

「先輩が新人、新人、なんて連呼していたらそりゃあ判ります」

「おい、惚れた話は無視か?」

「先輩から新人、新人何て言われている神様が、地位が高いわけないでしょ?」

「惚れた話も無視か……てか、何故、ここでアタシのあいつに対しての対応が出てくる」

「地位が高ければ、もっと……なんというか、手下? 使いの者もいるはずです。が!」

「途中からアタシをデスってない?」

「そんなことは……………………ないです」

「その伏見ちゃんみたいな間はなに? 彼女は音声処理に時間が掛かっているけど」

「――はいはい」

「後輩に雑にあしらわれた……落合先輩は、傷つきました。スカートを覗いたのぞき魔として、学校中に振りまいてやる!」

「――ホントめてください。僕がロリコンと思われるじゃないですか!?」

「ん!? ロリコン? スカートを覗いて?」

「――深く考えない方がいいですよ。判りました。連休、付き合いますから、この時間に駅に行けばいいんですね。なんで、零時近く……」


 と、僕は先輩と別れた?


「ロリコン? ロリ――」


 先輩はブツブツ呟いているが、あまりが口にしていい言葉ではないでしょ。てか、本人、気が付いていないのか?



 ※※※



 というわけで真夜中、駅に着くと地主神疫病神と先輩が待機していた。

 しかし、不思議なことがひとつ。帰って調べたが、キップの行き先、大社たいしゃ駅。確かに存在はした。が、線路が通っていない。建物は重要文化財として保存されているが、数十年前に路線が廃止されて、電車は通っていない。それなのに、行き先として書かれているのはどういうことだ?

 腑に落ちないまま、ふたりに導かれるように僕は無人のホームにおりた。

 終電は出発した後。ホームの明かりも落とされていたが、僕らが降りると、姿を追いかけるように赤い光がホームを照らし、いなくなれば消え、移動した先の明かりが付く。普通に付いている蛍光灯とは別の……何かセンサーで、僕らを追いかけているのか? そのようにも捉えられる。


「相変わらず古いのか。去年の会議で新型がどうとかいっていたのに……」


 気が付くと暗闇から、レールの上を黒い塊が走ってきた。それは、明かりも付けていないが、蒸気機関車のように見えた。しかし、なんか形がハッキリしない。見れば見るほどハッキリせず、逆に目をそらすと形となってくる。

 そして、そんな黒い塊が僕らの前に止まった。

 するとどうだ。モヤのようだった黒い塊が、見る見るうちに形状を持ち始め、遂には列車の形になった。前方を見れば古めかしい蒸気機関車。それに牽かれる客車も真っ黒に染められている。ただ窓だけがボーとっと明るい。


 ――黄泉よみの国でも行きそうな……


 そんな印象の列車だ。


「いつもはそうだ」


 僕の心を見透かしたように、長月……様が答えた。そして躊躇なく、黒い客車のドアを開けると、乗り込む。先輩もそれに後を付いていく。


「何しているの?」

「先輩、あの世行きって事はないですよね?」

「あのキップをちゃんと持っていれば、そんなことないわよ。今日は臨時で、行き先は出雲なんだから――」



 ※※※



「や、長月様。僕らは出雲で何をするんですか?」


 列車に揺られてしばらく立った。そのうち何度か停車をして、お客を乗せていく。姿は一般市民のようだが、目の前にいる神様に関わる人なのではないか? と、薄々感じる。


「なんじゃ相変わらず、説明していないのか? お主達には海岸の清めの儀式を手伝ってもらうつもりじゃ」

「清めの儀式?」

「神無月は知っているな? 出雲に日本中の神様が来るあれじゃ。今は明治以降、太陽暦を使いましょうと、神の会合で決まっているのだが、太陰暦にこだわっているものも多い。

 ワシは……まあぶっちゃけると、地位が低い。

 太陰暦にこだわっている神様は大御所ばかりで、うるさい連中じゃ。だから9月から準備をせねばならない」

「何を? まさか保存食を作れとか……」

「一介のモノにそんなことはさせん。むしろ、その辺は率先してやる御仁が多ので、放っておけ。それよりも大事なのは、出雲に入るのにいまだに船で来ることにこだわっている者達じゃ。

 稲佐の浜というところに着く。そこを清めることが、ワシの仕事」

「つまり……浜辺の掃除?」

「まあ平たくいえば――」

「でもなんで……先月もそうでしたが、魔女がこの国の神様の手伝いをしているんですか?」

「やっぱり説明しておらんのか」

「魔女なんて、この先輩に会って初めてです」

「本当に吸血鬼か? 歴史を知らんとは……」


 僕は一般的な生活を送る市民です。と、言いたかったがグッと押さえた。


「手早く言うと、魔女は外国で迫害されていたことは知っているだろ?」

「なんか歴史で習ったような……」

「本当に高校生か? ともかく、迫害を受けていた魔女達は定住先を探していた。そこにたまたまお節介な日本の神様が、手を差し伸べた」

「それで魔女達が集まってきたと。この日本に」

「そう。でも……」

「ただ住まわせるわけじゃないでしょ。「自分達の手伝いをしたらいいよ」とでも持ちかけたんでしょ? 面倒くさいことを」

「面倒くさいとは、失礼な! と、怒りたいところだが、転んでも神様も、そんなに易々と土地を渡すものか。吸血鬼の推測のその通り」

「……やっぱり日本の神様は、人間くさすぎる――」



 ※※※



 浜辺のゴミ拾いなんて、地元の人がやっているのじゃないの?

 そう思ったがどうも違うらしい。

 物理的なゴミは、地元の人の信仰やらでキレイにされている。だが、見えないが、落ちているそうだ。それを拾って回収。そして、長月……様達のような地位の低い神様が、本格的に砂浜を清めるそうだ。


 穢れぐらい、自分達で拾ってくれ! なんて思ったが長月……様が言うには、


 神が穢れに触ると、体内に取り込まれるとか。そして、あろうことか蓄積された穢れは、人に例えると毒のようなモノ。いわゆる悪霊になりかねない。

 それを回避するために、一般の協力者が必要だという。


 神よりも穢れに強いから、だそうだが……浜に付いた早々、サバゲーで使うようなゴーグルと火ばさみトング、軍手を渡された。後は穢れを入れる布の袋。

 ゴーグルは穢れを可視化する特種なモノらしい。その他の道具、トング、軍手も穢れを防ぐ魔術が魔女たちによってかけられているとか。

 浜辺で同じ格好をした人達が、総勢100人近くいる。特別列車で、日本中からかき集められた人達だ。


「さあ皆さん。今年もキレイにしましょう!」


 ここの町内会長か拡声器で声がかけられて、穢れ拾いが始まった。ただ、人間もあくまで穢れにだけであり、散々触らないように注意された。


 穢れがどんなモノか……ゴーグル越しに見ると、イガグリのような形をしている。海だからウニといった方がいいか。ともかく、それをせっせと拾い集めて袋につめる。かなり転がっているが、見えないだけで、普通に浜辺に来ていた人間は大丈夫なのか?


 ――よく考えると、もの凄く危ないことじゃないか?


「昨日のうちに浜辺に薬を蒔いたのよ。穢れを活性化させるのを。ゴーグルで見られるようにするためと、不完全なモノを拾いやすくするため。

 不完全なモノは、長時間触っていても害がないから……」


 と、先輩曰く。


 結局、穢れ拾いは夕方、日が沈む頃まで続いた。途中、ちゃんと昼休憩があったが、徹夜で夜行列車に揺られてからの肉体労働は辛い。


「ご苦労様!」


 と、珍しい事もあるものだ。一夜先輩がペットボトル飲料スポーツドリンクを奢ってくれた。

 2人で浜辺を見渡せる防波堤の上に座り込んで夕ヒを見ている。すると、何か儀式が始まるようだ。


が始まるわよ」


 と、一夜先輩が浜辺の端を指した。

 かなりと奥であるが、浜辺の端に人影が一列に並んでいる。どうやら、長月……様と同じように、神主の格好をしているようだから、神様あたりだろう。


「さっきのゴーグル持っている? かけてみなさいな」


 先輩に言われるまま、僕はゴーグルをかけた。

 どうだろうか、神様が並び、独特のステップを踏みながら進んでくる。すると、その後ろの浜辺が白く輝きはじめた。

 ゴーグルを一旦外すと、ただステップを踏みながら歩いている集団にしか見えない。だが、もう一度かけると、歩いた後の浜辺が白く輝いている。


「これが清めの儀式『砂漠渡り』とかいっているけど、ホントかしら?」

「先輩……そういうの茶化さない方がいいと思いますよ」


 その儀式は夕日が沈み、薄暗くなるまで続いた。浜辺の端から端までを、そうやって神様達が清めたのだ。


「皆様お疲れ様でした! これにて今年の神在月の準備を終了いたします」


 再び拡声器で声が聞こえてきた。

 並んで歩いていた神様達が、自分の知り合いのところにちりぢりに別れていく。


 これで終わりなのか。しかし、ハードスケジュールだなぁ……


 これから、どうするのだろうか? もう夕暮れだし、どこかに泊まって……どこかに泊まる!?


 無意識に横で笑っている先輩の顔を見てしまった。


 ――断っておくが、僕はロリータ・コンプレックスじゃない先輩のような未発達の女性は好みではない! もっと大人の女性が好きだ!! こんな中学生か、小学生か判らないような……


「さて、帰るか!」

「――帰る!?」


 長月……様が戻ってきて、僕の思考は正常に戻った。

 昨日、夜行列車で運ばれて朝一から肉体労働。その後、すぐに帰るというのか?


「そうじゃ。ワシはこれでも地主神じゃ。自分の土地を、神無月以外にそうそう離れるわけにも行かん」


 また見透かされたよ、考えが……でも、どうやって?


「何言っている。列車に決まっているだろ?」

「列車? あの黄泉の国の列車ですか?」

「大社線は、現実世界では繋がっていないが、この時期は特別に繋がっている。それ以外、どうやって帰るというのじゃ」

「でも、キップ持ってませんよ。あの黄泉の列車の……」

「なんじゃと!?」


 そうだ。僕は一夜先輩から、往路の『JR新ヶ野あらがの発・大社たいしゃ行』のキップしか渡されていない。


 一夜先輩の顔を見た。

 僕も、長月……様に注目した。

 先輩は……微笑んでいる。いや、笑顔のまま固まっている。

 しばらくして、口を開け始めた。


「ゴメン! 忘れた……」


 キップを気が付いたのはいつだ? さっきから微笑んでいたのは、長月……様を迎える為じゃないだろ! あの時、気が付いたのか!?


 しかし――今回の疫病神は、こっち先輩か! 

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