第19話 婚約②

「いくら息子を甘やかしている国王夫妻でも流石に、公衆の面前でフィリップ王太子殿下が君と婚約破棄して、その後釜に男爵令嬢を据えることを認める訳がない。事前に根回しがあったならば、少なくとも公衆の面前でな、く関係者を集めて内々に婚約解消になっていたはず。元々王家から頼み込んで成立した婚約を王家の方から破棄するだけでも相当な顰蹙ものなのに、新しい婚約者は男爵家令嬢。どれだけローランズ公爵家を馬鹿にすれば気が済むのかという話になる」


「あの時はあの場の雰囲気に従ってそこまで深くは考えなかったけれど、確かに事前にフィリップ王太子殿下が国王夫妻に根回しをしていたならば、少なくとも公衆の面前ではなかったでしょうね」


「これから先、王家がどんなことを言い出すのか現時点ではまだわからないけれど、可能性の一つとして、フィリップ王太子殿下は廃嫡されずそのまま王太子のまま、正妃と側妃にシルヴィとエミリー嬢の両方を迎えることが考えられる。どちらが正妃でどちらが側妃かはさておき、問題なのはフィリップ王太子殿下が、王妃がやるべき公務や執務をシルヴィに押し付けて良いように利用しないかということなんだ。例の男爵令嬢はとてもじゃないけれど、公務をこなせそうな人物ではないよね?」


「あの感じでは公務は出来そうにないですわね。その流れで私に婚約者がいなければ、婚約破棄をなかったことにして足元を見られる可能性がありますわね。書類不備でまだ書類上では正式に婚約破棄されておらず、婚約破棄に伴う慰謝料の支払いなどは完了しておりませんので、一から婚約する場合に比べて事務処理は少ないですし」


「これほどまでの仕打ちをされて、シルヴィはフィリップ王太子殿下に嫁ぎたいという気持ちはもうないよね?」


「ええ。王家に利用されるのは勘弁して頂きたいですわ」


「じゃあ僕との婚約を了承してくれる?」


「最終的にお父様のご意向も伺わなければなりませんが、私個人としてはルークには悪い感情は持っておりませんわ。でも、結局未だに私はあなたの家名も知らないから悪い感情はないというだけでお返事することは出来ませんわ」


 シルヴィアがそう告げるとルークは神妙な表情になる。


「シルヴィ、黙っていてごめんね。僕の名前はルーク・ベレスフォード。ベレスフォード公爵家の現当主、そして現国王陛下の弟なんだ」


 シルヴィアは驚きのあまり目を見開く。


(ベレスフォード公爵で現国王陛下の弟!? それはちょっと私には正体を言いにくいわよね。言ってしまえば婚約破棄は彼の身内が起こしたことだし……)


「まぁ! そうでしたの。私達、社交の場で挨拶はしたことございませんわよね? 私のことをご存知でしたの?」


「確かに挨拶はしたことはないね。甥の婚約者だから名前は知っていたし、こう言うと気持ち悪いかもしれないけれど、遠目でちらっとシルヴィを見かけたことはあるよ」


「やっぱり対面して挨拶したことはなかったのですわね。ルークについて教えて頂きましたが、ルークの方は本当で私と婚約してよろしいのですか? 私は婚約破棄された傷物令嬢でそんな私が公爵家当主のルークと婚約して問題はないのですか? ルークは私と婚約することで自分の家族の不始末の責任を取るという話でしたら、ルークに申し訳ないですわ」


 シルヴィアは憂いの表情でルークに尋ねる。


「シルヴィ。僕は自分の身内の責任を取って君との婚約を提案している訳ではないよ。確かにシルヴィを取り巻く状況を考えたらすぐ婚約者を決めた方がいいことと条件的に僕はシルヴィの婚約者に良いというのも事実。それに僕はもう王族の籍は外れているから王家絡みで嫌な思いをすることもない」


 そこでルークは一度言葉を区切る。


「でもね、それは建前。僕が婚約を申し出た一番の理由はシルヴィのことを好ましく思っているから。僕は酒場で出会ったあの日、シルヴィに惹かれたんだ。理不尽に耐えながらも頑張ったシルヴィを僕が甘やかしてあげたい」


 ルークは跪いて赤い薔薇のブーケをシルヴィアに差し出す。


「シルヴィ、貴女のことを愛しています。僕と婚約して頂けますか?」


「はい……!」



 シルヴィアは了承の返事をし、薔薇のブーケを受け取る。


 すると、ルークがいきなりシルヴィアをグイっと自分の方に抱き寄せる。


 自分と年齢の近い男性に抱き寄せられたのは初めてのシルヴィアはドキドキした。


「ありがとう、シルヴィア」



 ルークはそう告げるやいなやチュッとシルヴィアの頬にキスする。


 その時は呆然としていたが、何をされたのか理解したシルヴィアは徐々に顔を真っ赤にする。


「ふふっ、真っ赤になったシルヴィも可愛いね。ここはシルヴィの気持ちが追い付いてからするね」


 ルークはシルヴィアの唇をちょんと突きながら宣言する。


「もうっ、ルークってば……!」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る