煙草を喫う。
メル
煙草を喫う。
潮騒が耳について眠れない。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
不安を誘う。潮騒は胎内にいた時の音に似ているというが、私はきっと母のお腹の中にいる頃、早く外に出たくてたまらなかったのだろう。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
布団からゆっくりと抜け出し、窓際の椅子に腰掛けて煙草に火を点けた。
ぽうと火が灯った煙草の先が昏い部屋に浮かぶ光球に見える。
ゆらゆらと上がる紫煙が宙で漂って、ジッと見つめていると視線で動かせそう。
上を見ながら右左に頭を振ってみる。紫煙は形を残さず攪拌されて周囲を白くしただけだった。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
不安が募る。焦燥感が止まらないのに、動き出すことができず、煙草を口に咥えたまま漏れる煙を見つめ続ける。
暗闇に目が慣れてきて抜け出した布団の形が抜け出したまま殻の様になっているのが見えて少しおかしかった。
隣で寝ている彼は抜け殻になった私に温もりを感じているのだろうか?
もう彼は私の形をしている他のものだとしても、気付かないだろう。
もうここ数年間、私達はお互いを見て話していない。
私達は、依存と惰性が惑星の楕円軌道の様に近づいたり離れたり、遠くにいる時は残光の温もりを追い、近くに見える時は眩しくて輪郭しか感じられなかったり、燻る紫煙を摑むかの様に淡い関係。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
不安が凝る。落ち着かず肺いっぱいに煙を満たす。
ジリジリと煙草が白い灰に変わり、ぽとりと落ちた。
気もなく、摘むと、ほろっと形を無くした。この煙草は魂を無くしたのだろうか?
魂がなくなると、形を保てない。紫煙も一緒だ。
白く灰になった煙草と思い出を一緒にここに置いて行く事にした。
ここに置いて行く。煙草の灰と私の抜け殻。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
不安が消えた。
潮騒が響く。寄せては返す。
私は煙草を消した。
さようなら。煙草の吸殻と布団の形の私の抜け殻。
そして・・・
もう目覚める事の無い、彼の抜け殻。
ざざざざ・・・ざざざ・・・
潮騒の音だけ。
紫煙は淡く残った、かはわからない。
煙草を喫う。 メル @merukatoru
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