五人目 最後の復讐は地獄への招待 その二

 大磨秋乃が通っていた高校の在籍していた教室で椅子に座り、そばにはグレモリーが控え奴がここへ来るのを待つ僕こと――大磨夏目。


 鬼ごっこを開始してまだ三十分しか経っていないが、僕の感ではそろそろこの遊びも終わる頃だろう。


 そんなこと考えていると教室の扉が開き、アスモデウスとバアルが帰ってくる。その後ろには一ノ瀬駿も一緒だ。


「逃げ続けなくてよかったのか?」


 一ノ瀬を見つめ結果が分かっているのにも関わらず訊く。


「はっ。逃げ続けるのは俺の性に合わない。だから、こうしてお前の下に来たんだよ。それより、あの動画を消せ!」


 逃げ続けるのは性に合わない、のではなく逃げ続けることができないから直接、僕を叩いてやろうという考えなのだろ。


 行く先々で入店拒否や匿ってくれる人がいないのだろう? あの動画のせいで。まあ、僕からすれば当然の報いというもの。


「聞いてるのか⁉ あの動画のせいで、俺が悪者扱いなんだぞ! どうしてくれるんだよ⁉ 今すぐ、あの動画はヤラセだと公言しろ! 虐めもなかったてな!」


 どこまでも自分勝手な思考回路だな。今更、貴様の要求通りにしたとしてそれで貴様に向けられた目が変わるわけないだろうに。


 全てが終わったあとになら、あの動画も処分する予定だが。


「誰にも助けてもらえないのは、自分の今までの行いが悪いからだろ? 親にすら絶縁されて」

「どうして、それをお前が知っているんだ……?」

「調べたんだよ。貴様のことを」


 貴様に接触する前に、いつもの下調べをグレモリーに頼んでいた。それで分かったこと。


 誰もが知る有名ホテルの社長の息子、年齢は二十歳。家族構成は父、姉、弟の三人家族。母親は、一番下の弟を産んですぐ亡くなってしまっている。幼少期の頃から勉学に経済学を学び、小中高と成績優秀で学年一位を常にキープ。


 しかし、中学上がってすぐ貴様はある行為によって家族から向けられる目が変わった。それは野良猫や鳩、雀、昆虫などを捕まえて檻に閉じ込め虐待と殺しを繰り返していたこと。


 それを知った父親は止めさせようとしたが結果変わらず、姉も弟もその狂った性格に恐怖し遠ざけるように。父親も、何度も叱り教育したが次第にその行為は動物だけでは飽き足らず、狂った行為はエスカレートしていき貴様は、姉や弟にまでトイレや風呂に閉じ込め楽しむようになる。


 その結果、父親は息子として受け入れることを諦め絶縁状態に。それに拍車をかけるように、僕がアップした動画で状態ではなく絶縁になった。


「幼少の貴様に何があったのか知らないし興味もない。だけど、なぜ姉さんが貴様に虐められなければならい? 貴様が語ったことは、どこまでが本当で嘘なんだ? 答えろ」


 ずっと知りたかった。どうして姉さんが、虐めを受けなければならなかったのか、嫉妬があったのは理解した。だけど、虐めを始めたのが貴様ならその理由はなんだ?


 暗い教室なのに僕とグレモリーの周りだけを淡く照らす球体が浮遊し、視界に映る一ノ瀬を睨む。


 一ノ瀬は鼻で笑った。


「はっ。そんなことか。お前に語った『大磨さんに嫉妬してしまったんだ。俺は、家族との仲が悪くて。姉弟がいるが、姉弟は俺を見下し軽蔑する。親からも……。そんな俺自身が荒れていた頃、大磨さんを知ってしまった。弟の君とも仲が良くて親からも信頼され必要とされ幸せそうな彼女の姿が、どうしようもなく身勝手にも嫉妬心をぶつけてしまった。感情が抑えきれず爆発して虐めに発展したんだ』っけか」


 そう。貴様はそう僕に語った。

 一ノ瀬は何がそんなに面白いのか、楽しいのかへらへら笑って言う。


「半分本当で、半分嘘だよ。罰を受け、罪を償いたいとか思ったことはないし。大磨に嫉妬なんてしていない。姉弟とは仲が悪いのは確かだ。俺が大磨を虐めたのは、感情が抑えきれなくでも、嫉妬心をぶつけたくてでもない。俺はな、お前の姉の人生を滅茶苦茶にしたくてたまらなかったんだよ!」

「……………………」


 はい? 人生を滅茶苦茶にしたい?

 言っている意味が分からない……。こいつは、何が言いたいんだ?


 理解できない僕などお構いなく、一ノ瀬は続ける。


「楽しそうに、幸せそうにしている大磨の人生も何もかもを壊して狂わせて、最後には死へと追い込みたかったんだよ俺は! 徹底的に破壊して家族仲も引き裂いて! 俺はな、誰かの人生が壊れ狂っていく様を見るのが好きなんだよ! 俺の手で壊すのも狂わせるのも最高で、何度も何度も繰り返してきた! たまたま、大磨が標的になったに過ぎない」


 なっ……。なんだそれは……。

 姉さんは、こ……こんなどうしようもない奴の身勝手な理由で殺されたっていうのか……? そ、そんなこと……。あっていいのか……? こんなこと……。


 一ノ瀬の語った真実に震える。すぐには言葉が出てこず、思考回路は同じ自問自答を繰り返し次第に、心の底から今まで感じたことのない負の感情の奔流が支配していく。


「……ふ、ふざけるなっ!!! 貴様のそんな自分よがりで身勝手な理由でよくもっ、よくも姉さんを傷つけてくれたなっ! 苦しめてくれたなっ! 殺してくれたなっ!」


 一度、口からこぼれるともう止まらない。止まることなく、僕の口から言葉が次から次へと溢れ出てくる。


「貴様さえいなければ姉さんがあんな目に遭うことも、虐めに遭うこともなかった! 今も、姉さんは笑ってそばにいてくれたのにっ! 優しくて面倒見が良くて大好きな姉さんを返せっ! あの頃の幸せだった日々を返せよっ!」


 視界が歪む。涙が流れ、声が枯れるくらい言葉を紡ぎ叫ぶ。握っていた杖を、一ノ瀬に目掛け投げるが狙いは外れ全然、別の場所に鈍い音を教室内に響かせ床に転がる。


「殺してやるっ……! 何回、何十回、何百回と貴様を殺して殺してやるっ!」


 呪詛のように同じ言葉を繰り返す。もうそれしか言えなくなったかのように。

 僕の心は殺意、憎悪、憎しみ、恨みに支配される。


 そんな言葉を聞いた一ノ瀬は高笑いしながら、その顔が見たかった、と告げる。


「そうだよ。そういう表情がいいんだよ。お前の姉も、お前の今の姿は本当に楽しくていいな!」

「――っ!!」


 そうか、そうかよ。どこまでいっても貴様は楽しいのか……!


 なら、もう話すことはない。


「アスモデウス。あれを持ってこい」

「は~い」


 アスモデウスに命じ、持ってこさせたものは。


「な、なんだよそれ⁉」


 磔にされ干からびた佐藤の成れの果ての姿。本当なら、一ノ瀬に見せつけてから魂を喰わせるつもりだったが、バアルが我慢できず魂を喰らい屍と成り果てた。


「貴様の友人だった佐藤康介だよ」

「さ、佐藤だっていうのかこれが⁉ いや、そんなこと……」


 最高だ、楽しいなどと笑っていた顔が青ざめ屍となった佐藤を凝視したまま後退る。そして、教室の扉まで来ると逃げ出そうと取っ手に指をかけ引く。


「なっ⁉ なんで開かないんだよ! 開け! 開けってば!」

「無駄だ。その扉は開かない。貴様も、こいつと同じ目に今から遭う。それが、貴様の末路だ」

「う、嘘だ! お、俺もこんな朽ち果てるのが末路なんて認めるものか! 嫌だ! 嫌だ!」


 熱く滾っていた心も次第に落ち着きバアルに顔を向け、


「バアル、地獄へ落とせ」


 と命じる。

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