四人目 復讐は当事者のみならず その二

 いつもの墓参りを済ませ、グレモリーと共に帰宅路を歩く僕こと――大磨夏目。


 秋も終わりが近づき冬へと季節が変わり始める。そう、僕の誕生日であり姉さんが亡くなったあの日がまた訪れようとしていた。


「主」

「どうした?」


 僕を呼ぶグレモリーを見るが、彼女は前方を睨みつける。そちらへ視線を向けると二人の男が待ち構えていた。


 一人は僕よりも二回り体格が大きく黒髪を後ろで束ね、向ける視線には敵意などは感じられない。一見、鍛えている体格が大きく見えるため怖い印象を与えそうだが顔つきは穏やかで優しそう。


 もう一人の男は、忘れるはずもない。僕を、神社の石段で突き落とした張本人だ。金髪に染めた短髪を刈り上げ、耳に赤いピアスで細身だが僕より身長は高い。僕を見つけると、こちらに近づいてくる。


「やあ、大磨くん」

「……何か用か?」


 ピアスの男、名は一ノ瀬駿が僕に声をかける。


 警戒心を抱かせないよう、小さな子供にでも話しかける感じで僕も騙された。あの時、この男の声や態度にまんまと引っかかった結果がこれだ。


「少し、二人で話をできないか?」

「……話?」

「ああ。実は、大磨くんにどうしても言いたいことがあるんだ。時間をくれないか?」

「…………」


 罠だ。この男の話に乗ってはならない。何が起こり何をされる分かったもんじゃない。


「お断りします」


 僕が言うより先に、グレモリーが一歩、僕を庇うように前に出て拒否する。


「主と貴方を一緒になど了承できません。貴方が、主にしたことをお忘れなのですか?」


 グレモリーが言葉に怒気を含め一ノ瀬に問う。

 一ノ瀬は、僕が握る杖と足を見て顔を歪ませる。


「それは……。本当にすまないと、いいや……許されることではないことをした。ごめんなさい。俺のしたことは殺人未遂だ。どんな罰も受ける。大磨くんのお姉さんのことも。俺は、自首するつもりだ」


「――っ⁉」


 ど、どういうことだ⁉ じ、自首⁉ 今になってどうして⁉


 僕の頭は混乱する。

 今の今まで、認めることも償うこともしなかった奴がいきなり何を言い出す!


「自首する前に、大磨くんに会って謝罪しようと思って。彼も、そのつもりでここに来たんだ。全て警察に話す。本当にすまない」


 一ノ瀬と、一緒にここへ来た男が頭を下げ謝罪の言葉を口にする。それも二人して土下座までして。

 人気のない道端だからこそ、この異様な光景を見る者はいない。幸いなことに、あの刑事たちも今日は見張りもしていない。


 な、なんなんだ、こいつらは……。


「全てを話すと言ったな?」


 一ノ瀬に聞くと、


「ああ。もちろんだ」

「姉さんを虐めた理由もか?」

「大磨くんが聞きたいというなら、包み隠さず話そう」


 その言葉が嘘偽りのないものなのか、ここで判断しかねる。なら……、


「そうか。なら、明日の朝にあの神社に来い。そこで話を聞かせてほしい。そのあとに、自首しろ」


 知りたい。姉さんが何が理由で虐めを受けることになったのか、こいつらに何の意味があって姉さんを傷つける選択を取ったのか。その全てが僕は知りたい。


「俺の話を聞いてくれてありがとう。必ず、明日の朝に神社へ向かうと約束する」


 そう言って立ち上がり、一ノ瀬たちは僕の前から去る。


 僕とグレモリーも家へ帰る。

 帰るなりグレモリーは心配そうに、


「一人で行かれるのは危険です主!」


 声を張り上げ僕を止めようとする。


 リビングにいたアスモデウス、バアルにも帰りにあった出来事を話すとアスモデウスもグレモリーと同じことを言う。


「そうよ~。お姉さんも一人で行くのは危険だと思うの。グレモリーちゃんと同意見だわ」


 悪魔に心配されるなんてな。まあ、僕に何かあると契約に支障をきたすっていうのが本音だろうけど。


 そんなことを思っていると、僕の心を読んだのかグレモリーが突然、自分の胸に抱き寄せる。


「違いますよ、主。私が心配するのは契約だからではなく、主の身に何か遭ってからでは遅いから心配をしているのです。確かに私たちは契約で結ばれているのは事実です。でも、私は契約以上に、主のそばでお世話を焼きたい、それが私の本心なのですよ」


「お姉さんも、夏目ちゃんとこうして生活するの好きよ~。お姉さんのすること成すことに、夏目ちゃんは好きにさせてくれるし、こういう生活も楽しくて飽きないから結構、気に入っているの」


 グレモリーとアスモデウスの言葉に何も言えない。


 ここにきて、そんなことを言われるとは思っていなかった。悪魔とは、契約でしか協力関係を結べない、契約が完了すればそれで終わりなのだと。


 頭を撫でるグレモリーの手。昔、姉さんが撫でてくれた時のような心地よくて落ち着く感覚が蘇る。優しい手つき。


「グレモリーとアスモデウスの気持ちは分かったよ。そう言ってもらえるのは嬉しい。だけど、今回の件に関しては僕も確かめたいことがある」


 グレモリーの胸から顔を上げ言う。


 一ノ瀬が、どうして今になってあんな行動に出たのか。何もバカ正直に、あの言葉と態度を信じたわけじゃない。何かしら裏があるだろ。それを暴く。


「主……」

「夏目ちゃんったら……」

「それにだ、僕も一人で行くなんて言ってないぞ」

「えっ?」

「あら、そうなの?」

「ああ。僕にも考えがある。それには、三人の協力が必要不可欠だ。力を貸してくれるか?」


 僕の不敵な笑みに最初に答えたのは今まで黙って様子を見ていたバアルだった。


「いいぜ、夏目。俺も、ここで好きな野菜やらを家庭菜園して、こうして育てた野菜で美味いもんを一緒に騒ぎ食うの楽しいからな。契約も大事だが、俺としてはこれからも夏目といる方が退屈しななそうだ。力でもなんでも貸してやる」


 バアルの了承に、グレモリーとアスモデウスも承諾してくれた。


 僕は、三人に考えを話す。




 そして、翌日の朝。一人で神社へと向かい石段を登り切り境内で待つ。しばらくして、一ノ瀬が姿を見せる。


 一人? もう一人はどうした?


「康介は、あとで来るそうだ」


 康介……。ああ、あの男が佐藤康介か。一ノ瀬ばかりに気が行って考えが及ぼなかった。


「そうか。待つ間、昨日も訊いたが姉さんに虐めをした理由を聞きたい」

「それは……」


 日記にも虐めの発端については書かれていなかった。それは、姉さんにも分からないということなのだろう。


 だから知りたい。この男の口から何が語られるのか。


「大磨さんに嫉妬してしまったんだ。俺は、家族との仲が悪くて。姉弟がいるが、姉弟は俺を見下し軽蔑する。親からも……。そんな俺自身が荒れていた頃、大磨さんを知ってしまった。弟の君とも仲が良くて親からも信頼され必要とされ幸せそうな彼女の姿が、どうしようもなく身勝手にも嫉妬心をぶつけてしまった。感情が抑えきれず爆発して虐めに発展したんだ……」


 ……それが理由? 姉さんを虐めたのが個人的な理由なのか……。


 一ノ瀬の話をどう受け止めればいいのか分からなくなる。


 この男の家計に何があってそうなったのかなんて、僕からすればどうでもいいと思ってしまう。その怒りやら嫉妬やらを、姉さんに向けるなんておかしいだろ……!


 ぶつけたければ、自分の家族にぶつけたらいいじゃないか……! どうして、姉さんなんだよ! 

 たまたま、自分の目に止まったからか⁉ そ、そんなことで……。そんな、身勝手な理由で姉さんは……!


 一ノ瀬は続ける。


「けれど、今ではそれを後悔している。大磨さんを虐めて、死なせてしまったことに。毎晩、苛まれる。夜も眠れなくなる日があって、ずっと心内で謝り続けているんだ……! 君のこともそうだ。警察にバレることを恐れて、つい感情的になって取り返しのつかないことをしてしまった……! 今更かもしてないけど、罰を受け罪を償いたい」


 涙ぐみ語る一ノ瀬に戸惑う。


 これは、本心なのか……? 本当にそう思っているのか……?

 この涙は、言葉は嘘偽りのないものなのか……?


 待て……。この涙は騙すものの可能性だってあるはずだ。言葉巧みに、僕を丸め込もうとしているかもしれない。


 この男の言葉を簡単に信じるな。こいつは姉さんを傷つけ、僕を殺そうとした男だぞ……! そんな奴を信用するのは危険だ。


 これは、何かのわな――、


「がはぁっ⁉」


 な、何が起きて……? 後頭部にいきなり衝撃と痛みが……。

 あっ、まずい……。倒れる……。


「うぐっ……」


 や、やっぱり……き、貴様はっ……!


 地面に倒れ込み完全に意識が途切れる一瞬、僕を見下ろす一ノ瀬と視界の端に映り込むもう一人の人影を見て視界は暗転した……。

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