三人目 肉好き悪魔は育てた野菜も好む その七

 いつものように椅子ではなくソファーに腰かけ見届ける。


 手術台に山内を十字に縛り仰向けに寝かせ、手には巨大包丁を握り思案中のバアル。どこから切り落とすか考えているのだろうな。


 山内も、今から何をされるのか悟ったようで冷や汗と涙で化粧が崩れ落ちることも気に留めることなくただ助けを求める。


「お願い……やめてっ……! 助けて! ねえ、お金も何でもあげるから助けてよ! この男を止めて!」


 化粧が落ち醜い顔で僕へ必死に助けを乞う。

 他の二人と同じだな。自分の身が危険になれば助けを求める。


 姉さんもきっと……。


「姉さんもにもさ、やめてっていくら言っても聞かず虐めを繰り返してきたんだろ?」

「えっ……?」

「貴様らは奪い傷つけ苦しめ続けておいて僕が助けるわけないだろ」


 冷ややかな視線を送り蔑み、切り捨てる。


「よしっ。決めた。利き手の右手と、夏目の右脚に傷を残した同じ脚の太ももから先を切り落とすか」


 どうやら、僕と山内のやり取りの間に答えが出たようだ。包丁を研ぎ始め、切断の準備に取りかかるバアル。


 その様子に顔を蒼白させ首を横に振り乱す。


「いやっ……。いやいやいやいやいやいやっ! やめて! あたし、まだやりたいことしたいことがいっぱいあるのに! いやよ! いやあっ!」


 泣き顔を晒し唾を飛ばしながら叫ぶ。準備が整ったバアルは、包丁を山内の視界を覆い尽くすように振り上げ無慈悲に振り下ろす。


 一切の躊躇いなく、包丁は宣言通り右手手首から先が振り下ろされた衝撃で台の上から飛んでいく。切断された断面から止めどなく血が吹き出し、バアルの身体を赤く染めるが本人は嬉しそうに笑う。


「くはははっ! 綺麗にいったな!」

「あああああああああああああああああっ! 痛い! いたいいたいいたああああああああああああっ!」

「そうだ、もっと泣き叫べ! もっと痛がれ! 苦痛と恐怖に染まれ小娘!」


「ああああっ、あ、あたしの、手が……てがあ……! 痛いの……痛いのぉぉおおおおお!」

「まだまだ、これからだぞ小娘。まだ太ももが残ってるからな!」

「いやあ! もういやあっ! 許してっ! 痛いのはもういやなの!」


 あまりの痛みに足をばたつかせ台の上で暴れる。少しの間、暴れ体力が尽きたのか視線を右手に移す。


「ああ……、あたしの右手が……。ないの……なくなったの……。あは、あはははっ。なくなっちゃた! 赤いのがドバドバ出てるの! 手が、ないわ! ないわ! あはははっ!」


 頭を振り乱し、目を開き壊れたように同じ言葉を繰り返し高笑いをする。切り落とされる光景と感覚、激痛で思考回路と精神が壊れたか。だが、その程度どうとでもなる。


「バアル。戻せ」

「いいぜ。これじゃあ、面白くないからな。壊れるにはまだ早いだろ小娘」


 切断した断面に黒い魔法陣を展開させ止血と痛み止め、頭にも同じ魔法陣を出現させ思考回路を正常にさせて強制的に正気へ戻す。そして、現実を突きつけてやる。


「あ、あれ……? あたし、何して……。あっ……、ああっ……。あたしの右手がぁぁああああああ!」

「正気に戻ったな」

「ひっ⁉ や、やだ、やだっ! 切らないで! 痛いのも切られるのもいやあっ!」


 右手を見て思い出しまた泣き叫ぶ。縛られた身体に力を込め、逃れようと暴れるが何も外れることはなくその抵抗は虚しく終わる。


「ううぅっ……。お願い、許して……。あたしのこと、好きにしていいから。エッチなことでも何でもしてあげるわ! 気持ちよくだってしてあげるんだから! 貴方みたいな逞しい身体に強い人って素敵よ! あたしが、尽くしてあげるわ! だから、ね?」


 今度はバアルに命乞いか。僕が無理なら、そう考えたわけだ。しかし、相手は人間じゃないんだよ。好きにしていい、なんて軽々しく言うと後悔するぞ?


 簡単に身体を許し媚び、助かろうとするのも人間の本性なのかもしれない。まあ、僕はこんな醜く薄汚い奴にはなりたくないが。


「ほう、そうか。じゃあ、そうしてもらおうか」


 バアルの言葉に、助かるこれ以上の痛い思いをしなくて済む、死なないと安堵をこぼし笑みを浮かべる。が、


「えっ……?」


 その笑顔は凍てつき目の前の光景に固まる山内。


 バアルは、口の端を吊り上げ歯を見せて楽しそうに笑って見せ包丁を振り上げる。


「ま、待って! 話が違うじゃない! 助けてくれるんじゃなかったの⁉ 騙したの⁉ う、嘘! やだ! やだぁぁああああああああ!」


 その姿に山内の表情は天国から地獄へ。

 悪魔らしく、希望を抱かせ触れられたと思い込ませた次の瞬間には絶望へと叩き落とす。


 右太ももへ、包丁を振り落とし切断していく。


「いっ、いいいいいぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!」


 一回では切り落とせず、何度も包丁を突き立て肉を切り骨を断つ。部屋には、血の臭いが充満し音が響く度、身体中を悪寒が巡りさすがの僕も顔を歪める。


 あの音はどうにかならないか……。音が気持ち悪い……。

 繰り広がる光景はこれといって何ともないが音はちょっと……。


「ああああああああっ! んんんんぐぐぐぐぐぐぅぅぅうううううううっ!」


「くくくっ! 俺は騙してなんかいないぜ。それに助けるなんて一言も言ってないだろ。小娘が、好きにしていい、何でもしてあげる、気持ちよくだってしてあげるんだから。そう言ったんだろ? だからよ、俺の好きなように何でもさせてもらって、気持ちよくさせてもらっただけだ。小娘の、希望に満ちた顔が一瞬で絶望へと変わる様は最高に気持ちよかったぜ!」


「あっ……、ああっ……。い、いたい……いたいっ……! た、すけ、て……。おとうさんっ……、おかあさんっ……」

「助けなんて来ねえよ。小娘はこのまま、俺と俺の可愛い使い魔の餌になる予定だからよ」


 ここにはいない、来ることもできない両親に助けを乞う山内にバアルは冷淡に告げる。


 簡単には死なせないようバアルの魔法陣が、断面と頭に展開し止血と思考回路を正常へ戻し他の部位を切り落とす行為を続ける。今度は痛み止めを施さずに。

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