令和で果てる男達へ

kazman

第1話 結婚

「 今晩、いい?」「年子の子供二人で疲れてるんだから勘弁してよ、毎日そればっかりであなたには妻を労わる気持はないの?」子供ができる前は毎日のように行なっていた夜の営みが子供ができてからは拒否されることが多くなった。元々、拓実は性欲が強い方d結婚式の毎日のように拓実と妻の里奈はこのような小競り合いばかりしていた。いつからこんな邪魔者扱いになってしまったのだろう。拓実と里奈が結婚したのは昭和から元号が変わった1990年の十二月だった。拓実は1986年から大手不動産デベロッパー会社の若手駐在員としてロスアンゼルスに赴任をしていた。当時は日本はバブル景気で浮かれており、数多くの日本の投資家達が米国不動産を競い合って買い漁り、地元紙のロスアンゼルスタイムスにはダウンタウンのビルの所有者の国旗が掲げられた社員付きの記事が掲載されたがその多くは日本の旗であった。空前の好景気の中、拓実は毎日のように昼はボナベンチャー・ホテルの「稲ぎく」で寿司か天ぷらを食べ、夜はビバリーヒルズのお洒落なフュージョンレストランで日本人クラブの女の子を日替わりで引き連れて、その後はその女の子が働くクラブに同伴をするというやりたい放題の生活だった。こんな生活を3年ほどしている内にいい加減に飽きてきて、そろそろ自分の子供が欲しいと思い始めた時に突然、親友の妹で二歳年下の二十四歳になった里奈から連絡が来た。拓実と里奈は小学生の時に出会い、中学生の時には拓実が勉強を教えたり、里奈の実家でご飯を食べさせてもらったり、家族のような付き合いをしていた。里奈は天真爛漫でよく笑い可愛らしい妹のような存在だったが、その里奈から「富美子とロスアンゼルスに行きたいのだけど、お金が無いから泊めて下さい!」と連絡があった。偶然、大きなプロジェクトが終了して少し休暇がとれるタイミングだったので、了承をして里奈と富美子を空港に出迎えて、五日間の滞在期間中は毎日のようにディズニーランド、ユニバーサル・スタジオ、ハリウッド、サンタモニカなどを連れ回し、昼はおしゃれなパスタ、夜は日本では経験できないようなレストランに招待した。子供の頃、それほど豊かでなかった拓実は里奈に自分の現状を見せつけたいという見栄も多分にあったように思われる。里奈と富美子が帰国した後、しばらくして二人から別々にお礼の手紙が来た。両方とも、感謝を示すと共に「私もロスアンゼルスに住みたいなと思いました。」との内容だった。日本人クラブで遊び回っていて女心を熟知した拓実は手紙の内容から二人の女性が自分に好意を持っていることを悟り「ちょっと頑張りすぎて夢を与え過ぎちゃったかな?」と苦笑いをした。それから1ヶ月ほど経った後、里奈から「もう一度、ロスに行きたいのだけど、泊めてもらえますか?」と連絡があった。「今は新しいプロジェクトが始まるので余り相手はできないけど、泊まるのはいいよ。今度は誰と来るの?」と尋ねたところ、「今度は1人で行く」とのこと。若くて笑顔が可愛くまだ男性経験が少なく見える里奈が1人で泊まりに来ることに拓実の心は一瞬ざわめいたが、「妹みたいな彼女と男女の関係を持つことは後々面倒なことになる。邪な気持ちは封印しよう」と自分の心に釘を差した。まだ先だと思っていた里奈の渡米はすぐに訪れ、空港に迎えに行くと「伝えてあった通り、今回は新しいプロジェクトが始まったのであまり時間は取れないけど、取り敢えず餓死をしないで済むように食べ物だけは沢山買い込んでおこう」と冗談っぽく伝えると里奈はいつも通りケラケラと笑いそれに同意した。拓実の大して面白くない話にも面白そうに笑う里奈の顔は、お金の為に笑顔を見せる日本人クラブの女性たちとは異なり、拓実の心に深く魅力的に染み込んだ。空港からそのままダウンタウンのヤオハンで彼女が欲しい物を大量に買い込み自宅があるウエストハリウッドに帰宅をした。静かな部屋で二人きりになり少しの緊張感が走ったが、流行りのアメリカンポップの音楽をかけ、緊張した空気をほぐし、前回と同じように、里奈が寝室にあるカリフォルニアキングサイズの大きなベッドに1人で寝て、自分はソファで寝ることを伝えた、時差ボケのある里奈はそのまま眠りについた。翌日、会社から帰宅するとすき焼きとバランスが取れた副菜がお酒と共に準備してあった。それを二人で箸で突きながら、中学時代の拓実がJPSのパッケージをプリントした黒い紙バッグを不良っぽく得意そうな顔をして持っていた話や、兄からのお下がりのズボンの裾が足首くらいしかない「寸足らず」のズボンを全く気にしないで堂々と履いてファッションセンス0だった時の話を聞いて笑い合っている内に、「今の自分に擦り寄ってくる女性は多いが、不遇だった時代の自分のことをよく知っている里奈はとても大切な存在ではないか?」と酩酊しながら感情が盛り上がり、里奈が愛おしく思え、運命に導かれるようにその晩に男女の関係となった。行為が終わった明け方に「これからどうしたい?」と拓実が聞くと里奈は「拓実さんと結婚したい」と答えた。拓実は逃げたい気持ちを一瞬感じたが、「自分の過去をよく知っている里奈が結婚をしたいと言ってくれるのだからありがたいことではないか?お前はそれを断るほどそんなに偉い人間なのか?」と自分に言い聞かせながらも、「今は男女の関係になったばかりだったから気持ちが高揚しているが、帰国して冷静になったら気持が変わるかもしれない。とにかく今は逃げるようなことを言って彼女を傷つけることはやめよう。」と思い、「いいよ。帰国して心変わりがしなければ結婚しよう」と短く伝えたところ、里奈は泣きながら部屋を出ていった。感動したのかな?と思いしばらく放っておいたら、リビングから話し声が聞こえ、里奈はなんと日本の実家に電話をしており「私、拓実さんと結婚してアメリカに住むの」と号泣しながら話ている姿を見た時に「俺の人生は決まった…」と覚悟を決めた。その後、トントン拍子に話が進み、その年の十二月には結婚式を挙げた。結婚後も里奈は変わらずよく笑い、時に拓実が叱るすぐに涙を浮かべて謝る文字通りの「亭主関白」、「夫唱婦随」という昭和初期の典型的な夫婦生活をロスアンゼルスで実践していた。結婚後一年で長男の良太が生まれてしばらくした時に会社から帰国命令が出て、帰国後はどこに住もうか夫婦で話し合うが、拓実の心は既に決まっていた。成蹊大学卒の拓実は帰国後の居住地を学生時代に良い思い出がたくさんある吉祥寺を選んでおり、身分不相応な80平方メートルを超える南向きで大きめの新築3LDKのマンションを購入した。里奈も喜んでくれてかわいい長男も生まれ、拓実は一家の大黒柱として自分を誇らしく思え、素晴らしい家族に恵まれた幸せを噛みしめていた。<続>

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