第4話 修行の成果と仄かな期待


 ランドールは魔法の修行の初日、フレデリカに告げた。


「さてフレデリカ嬢。先日私は君の悩みの原因が分かったと言ったな」

「はい。でも本当なんですか?」

「ああ、間違いない。君は魔力を持っているが魔法を使えない。それはただ知識が無いだけではなく、魔力持ちなら本来自然とできているはずの魔力放出が出来ていないせいだ」


 ランドールは紙に簡単な人型を描き、その形に添うように膜のようなものを付け加える。

 ランドール曰く、魔力を持って生まれた人間は意識しなくても魔力を第二の呼吸として使うことが出来、使わない分の魔力は放出しているらしい。

 しかしフレデリカはその魔力放出が出来ていないため体内に溜まり続けており、それが体形異常として表れているというのだ。


「だからちゃんと魔法を使えるようになって魔力を消費できれば、必ず痩せられる」


 ランドールの言葉はフレデリカにとって福音に等しかった。

 きらきら輝くエメラルドの瞳で、フレデリカは拳を握る。


「わかりました! 私、頑張って魔法が使えるようになります!」

「ああ、よく言った」


 優しく目を細めて褒めてくれたランドールに、フレデリカの胸の奥で何かがかすかに音を立てた。




 そうして始まったランドールの指導は、厳しかった。


「まずは基礎知識からだ。来週までにこの本を全部読んでレポートを一冊につき5枚でまとめろ」


 そう言ってフレデリカの身長もありそうなほど本を山積みにしたり。


「魔力を感知する訓練だ。魔力持ちは多少呼吸が出来なくても魔力で補える。目から下を布で覆って瞑想しろ」


 無理矢理呼吸を遮られて魔力感知を強制させられたり。


「魔法を使うためには自然と触れ合って肌で感じるのが一番の近道だ。ほら飛び降りてこい、絶対に死なないから」


 風を感じるため低めの崖の上から突き落とされたり。

 大地を感じるため領民に混じって農作業をさせられたり。

 水を感じるために延々と湖で泳がされたり。

 火を感じるために燭台を周囲に並べられて座り続けたり。


 ――――そんな「修行」と呼んでいいかも分からないものが続いて、約2年半。


「だいぶましになったんじゃないか?」


 ランドールからそんな言葉が出てきて、フレデリカはきょとんとした。

 唐突な師匠の言葉に驚いたとしても、彼女の魔法は止まらない。杖の先から生まれた小さな風のつぶては正確に的の中心を撃ち抜いた。


「何がですか?」

「忘れてないか、フレデリカ。君が魔法を学んだ最初の理由を」

「……そういえば」


 フレデリカはそう言って自分の身体を見下ろす。

 魔力放出を覚えてから、フレデリカの体重は急激に落ちた。同時に成長期も盛りを迎えたのか身長も急に伸び、体つきも女性らしいなだらかな曲線を描き始めている。

 ドレスの首周りに余裕が出来、ウエストの布が余ってドレスを仕立て直したときには感動で家族全員が号泣した。

 そうやって痩せると、流石ヒュポーン家。フレデリカは見違えるほどの美少女へと変身していた。


 魔法を覚えることが楽しくて、痩せたこともエリックのことも半ば遠い過去のように忘れていたのだ。

 この2年半、一度もエリックと会っていないのも原因かもしれないが。


「師匠から見ても変わりましたか?」

「ああ。とても可愛くなった」

「かわ……っ!?」


 厳しいランドールは言葉でもフレデリカを褒めてくれたことはほとんどない。そのためそうやって直球で褒められると、どうしていいか分からなくなる。

 顔を真っ赤にしたフレデリカを見て、ランドールは「あ」と声を上げた。


「すまない。もうすぐ成人するレディに可愛いは違うか」

「え、ち、ちがっ!」

「そうだな。……フレデリカ、今日の修行は終わりだ。着替えてこい、私は玄関で待っている」

「おつかいですか?」


 フレデリカは尋ねる。これまでにも何度かランドールの命令で魔法の材料のおつかいをしたことがあった。

 しかしランドールは首を横に振る。


「違う。いつも修行を頑張っているご褒美をやろう」


 まるで子供扱いされているような台詞だ。

 しかしランドールの眼差しは優しさ以外の感情を含んでいるようで、フレデリカは常の違うランドールに胸の高鳴りを感じながら部屋へと戻った。



 フレデリカが連れて行かれたのは高級ブティックだった。

 屋敷に仕立て屋を呼んでもいいのだが、やはり店で決めるほうが選択肢の幅が段違いなのだとランドールは言った。


「まあ、ランドール様! お久し振りでございます」

「久しぶりだな、マダム・プリンストン。今日はこちらのレディに似合うドレスを作ってほしいんだ」


 ランドールがそう言った瞬間、プリンストン夫人の目がぎらつく。

 フレデリカのほうを向いた夫人は明らかに獲物を見つけた肉食獣だった。


「まあまあまあ! とってもお綺麗なお嬢様! あら、その金髪とエメラルド色の瞳、もしかして噂のヒュポーン伯爵家のお嬢様でしょうか!?」

「う、噂ですか?」

「ええ。私の夫は子爵位を賜っておりまして、社交界で噂になっているのです。あのヒュポーン伯爵家のお嬢様がもうすぐ成人だと!」


 夫人は話しながらも手際よくフレデリカの身体の寸法を測り、肌や髪の色に合わせて色布を選んでいく。


「しかしランドール様がお嬢様をお連れするなんて! うふふ、やっとあの方にも春がいらっしゃったようで一安心いたしました」

「ち、違います! あの、師匠は私にご褒美だって、あの、私なんか師匠に女性として見られてなんかないです!」

「あら……」


 自分で口にしておきながら予想以上に胸に突き刺さり、フレデリカはぐっと唇を噛む。

 今年フレデリカは15歳。もうすぐ16歳になる。対してランドールは21歳になった。仕事も結婚も今一番注目されている彼が、成人もしていないお子様を選ぶはずがない。

 それを理解し、歯噛みするほどに、フレデリカはランドールのことが好きになっていた。

 しかし夫人は殊更明るく笑って布をフレデリカの体にあてた。


「不思議なことにレディというものはたった1日で見違えるものです。それは貴女も同じ。ましてや大人になるのです、十分「女性」として戦えるようになりますわ」

「そうでしょうか……」

「ええ、間違いありません」


 その言葉は自身も同じように成人し辿ってきたからだろうか、説得力があった。


「ドレスとは女性の「戦装束」です。それを男性が望むというのは、それだけでその人を女性として認識しているということですわ」

「女性として、認識……」


 つまりランドールはフレデリカを女性として認識している?

 一瞬浮かんだその考えに全身の血が沸き立つようだった。さらに夫人は追い打ちをかけてくる。


「だから本来、成人女性にドレスを贈るというのは「愛の告白」の意味を持つんですよ」

「~~~っ!?」


 限界だった。

 首まで真っ赤になったフレデリカに、夫人はころころ笑って「お化粧いらないかしら」と嘯くのだった。

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