第3話 藤本沙耶さん
「よ、嫁入り道具……とは?」
「ん? あー、知らない? えーと嫁入り道具ってのはね、日本で伝統的に続く婚姻儀礼のひとつで……」
「あ、そういうのはいいから」
スマホを開いて嫁入り道具について説明する藤本さんを制して俺はため息を吐く。自分で聞いておいてなんなんだと思われるかも知れないが、俺は別に嫁入り道具の意味について知りたいわけではなかった。
「ガチなの? その中に入ってるのはマジで藤本さんのものなの?」
「そうそうガチなの。その段ボールに入ってるのは私の服とか生活物資。今日からここでお世話になるからさ」
「なるほどね。そうだとしたらそれくらいの荷物になるか……って……え? 今なんと?」
「だから、私もここで暮らすってこと。許嫁なんだから当然でしょ?」
もう頭がついていけない。今まで平凡な人生を送ってきた俺の頭では急にそんなイベントが起こっても対処出来ない。
どうして許嫁になったのか、株主優待とはどういうことなのか。聞きたいことは山ほどあるのに声に出すことは出来なかった。
「何が何だか分からないって顔してるね。それも当然! ということで私が分かりやすく説明しまーす」
そう言うとさも当然のように俺のベッドに腰掛ける。ポフっと座ったせいか俺の方まで緩やかな風が届いてきた。
そうなんだよなぁ。今、目の前にいるのは女の子なんだ。それも少し気になってた子。そんな子が俺の部屋にいる。その事実を今、ようやく理解。
理解したと同時に緊張してきた。そんなの当たり前だろう。だって高校に入ってからろくに女の子と会話したことがないのだ。
小学高学年くらいから徐々に女の子と喋らなくなって。そこからはご覧のとおり。見事な童貞の出来上がり。まぁ俺の周りはそんな人だらけだから問題ない。
「なにか回想してる? 大丈夫? おーい」
「はっ!?」
危ない。ちょっと意識が藤本さんとは別のところにいってた。
「ちょっと〜。せっかく許嫁が横にいるんだから私をみてよ。むぅっ」
あ、拗ねた顔も可愛い。ってそうじゃない! 許嫁とか意味わからないことを聞くんだった。
「それで私が許嫁になった藤本紗耶です。これはもういいかな」
「そうだね。さっき同じこと言ってたもんね」
「私が株主優待っていうのは本当なんだ」
「唐突だな! なに? 売られたの?」
日本で人身売買が行われてた? それも俺が応援していたちょっと有名な上場企業で?
「うーん。売られたわけじゃないんだけど、なんと言いますか……」
とても言いづらそうだ。まぁこの状況もどうせ何かの冗談でつまらない結末しか待っていないのだろう。
「私、杠葉くんが持ってる株、藤本イートの社長の娘なの。それでお父さん、お母さんにこ、こ、恋について相談したらこんなことになっちゃって」
えへへと、頬を赤らめる藤本さんだが、俺は驚きで声すら出せなくなっていた。今日だけで一年分の驚きを使ってしまった気がする。
なんせ藤本イートって言ったら下松市では大企業。藤本さんはそのご令嬢だったわけだ。誰も知らなかったということは隠していたんだろうか。いや、噂はあったし……実際のところは分からない。
「これは私と杠葉くんの内緒ね。社長の娘とか思われたくないし。変な人が近づいてくるもの嫌だしね」
「あぁ。なるほど」
下松市は治安がいいとはいえ、有名な企業の令嬢ともなれば好奇の目を浴びるのは必須か。それにお金目当てのやつが近づいてくるのも考えられる。
社長の娘なら少しは会社のことに介入出来るとか? うーん。もう少し聞いてみないと分からないな。
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