回覧板を体育館へ-2

 自転車置き場に向かう足が自然と早足になる。何人もの同級生の間をすり抜け、自転車置き場に着くと先に歩き出していたはずの健太たち三人と一緒になった。


 「美葉、足はやっ!」


 健太が茶化すようにいう。美葉は健太を一瞥したが、何も答えず自転車をこぎ出す。

 「美葉は忙しいからなー。」

 錬のいたわるようなつぶやきが耳に届いたが、風といっしょに受け流した。


 自転車をこぎながら、帰宅後の段取りを反芻する。


 洗濯物を取り込んで畳み、店の商品のチェックをして、必要なものを発注する。掃除をして陳列を直す。表の自動販売機の在庫確認と補充もしなくては。閉店後にレジを確認し、帳簿をつけると店の仕事は終了だ。


店のことが一通り終わったら食事の準備。必要なものがあれば買い物に行かなければ。食事を済ませ、後片付けをして、風呂に入り、風呂の掃除をする。それらを段取りよくこなせば、今日はいつもより多く参考書を解くことが出来るだろう。


 自然と、ペダルをこぐ足に力が入る。


 四月の風はまだ冷たい。国道275号線を渡ると、突然田園風景に変わる。遮るものがないから、風は一層強くなる。


麦畑の雪は融雪剤のおかげで解け、茶色い土が覗いているが、道路の両脇にはまだ雪の山が残り、排気ガスで黒く汚れていた。


雪解けの田んぼには白鳥が群れをつくっている。


くちばしを泥の中に突っ込み、しきりに何かを食べている。シベリアに渡る白鳥達が、雪解けの頃こうやって羽を休めにやってくるのだ。白鳥の姿を見れば、春がやってきたのだと、辛い冬がやっと終わったのだとほっと息をつく。


 後ろから、健太たちの賑やかな声が聞こえてきた。どうやら、健太と錬が追いかけっこをしているようだ。帰り道が一緒だから、結局いつも一緒に帰ることになる。美葉は肩をすくめた。


 雪解け水がいくつも水たまりを作っている。水たまりは青く澄んだ空を映し出している。自転車の車輪に引き裂かれても、やがて何事もなかったように水面を平らに戻し、何食わぬ顔でまた空を映し出す。


 緩やかなカーブをいくつか超えると、信号のない交差点が見えてくる。平屋建ての校舎の赤い屋根が目に飛び込んでくる。美葉たちの母校だ。


 小学校には、人の気配がない。美葉達5人が卒業したと同時に、廃校になったのだ。


 道を挟み、小学校に寄り添うように四角い二階建ての建物が建っている。経年劣化でやや汚れた白い壁にオレンジ色のペンキで「谷口商店」と書かれた看板が掛かる。商店の横にはツタが張り付いた古いサイロが建っている。そのサイロの横に美葉は自転車を止めた。


 「また明日!」


 口々にいい、健太と錬は小学校と商店の間の道を右に曲がり、佳音は左に曲がっていく。少し遅れて陽汰が小さく片手を上げて右に曲がって行った。


 四人と分かれると、途端に耳が静寂を感じる。どこかで白鳥の鳴く声がする。端正な見かけによらず、鳴き声はけたたましい。


 自転車のカゴから黒いリュックサックを取り、サイロを回って店の裏に向かう。洗濯物が干してあるのが見える。


一瞬、雨にぬれている洗濯物のイメージが浮かぶ。


振り払うように、片端から洗濯物を取り込んで抱え、商店の裏から中に入る。商店の裏は美葉の家の玄関となっているのだ。靴を脱いで中に入る。


鍋が煮立ち、鍋からの蒸気が部屋を満たしているような気がする。


頭を大きく振って幻想を打ち消し、絨毯の上に広げた洗濯物を畳んでいく。


 衣類をタンスにしまい、冷蔵庫の中身をチェックすると、店に向かう。居住スペースと店を仕切っている磨りガラスの戸を開けた。


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