違和感

違和感

アスファルトで固められた道路には陽炎が揺らぎ、少しばかりの緑と植えられた沿道の木々からはセミの声が鳴りやまない。近くにあるはずの海の潮風よりも、開け放たれた窓から入ってくるのは体をとかしてしまいそうな熱気とべたべたとまとわりつく湿気。椅子の横で首を振る扇風機は冷たい風どころか逆にこの暑さを後押ししているような気さえしてくる。


八月七日月曜日。天気、晴れ。例年よりも平均温度が高く、テレビでは毎日熱中症対策の呼びかけが続けられてた。


机に向かい画用紙に鉛筆で描いていたのは大好きな海。絵を描くことは私の趣味なのだが何度書き直しても不自然に見えて、滴る汗とは対照的に私の手は進まない。


「はぁ…」


少し休憩しようとまとめた髪をほどきクーラーのきいているリビングへと向かった。


階段を下りて扉を開けると母と兄がソファに座っていた。


「降りてきたのね。なんでわざわざ暑いなか部屋に引きこもるのよ」


母はガラスのコップに水道水を注ぎながら不思議そうに首を傾げた。


「あぁ、アイス買ってきといたよ。たべる?」


母は冷凍庫からバー付きのアイスを取り出し私の前に差し出してきた。


さっきもらったコップ一杯の水を一気に飲み干し、カップと引き換えにアイスを受け取る。


「ありがと」


冷房の効いた室内で少し体が冷えていくのを感じて、リビングを出ていったん部屋に戻り描きかけの海と鉛筆、消しゴムをポケットにねじ込み、玄関へと向かった


「ちょっと海沿い散歩してくる」


海の絵をかきたくて筆が止まっているなら、海を見ればいいなんて安直な考えだったのだが外に出た瞬間私はそれを後悔することになる。


照りつける太陽の日差しと、日光に熱されたアスファルトの上で蒸し焼きにされているのではと錯覚するほどひたすらに暑い。手に持ったアイスもどんどんと溶けていた。一瞬家に戻ろうかと考えたが海まで行けば少し涼しいはずだと急ぎ足で海を目指した。


まっすぐ行って最初の信号を右に曲がるとすぐに水平線が見えてくる。太陽の光を精一杯吸い込みながらきらきらと輝く海は真っ青な砂浜、海の青さとはまた違う澄んだ青さの空。小さいころから何度も何度も見てきた海は毎回私に違う美しさを見せつけてくる。


「きれい…」


信号待ちで歩くのをやめた私の口から自然と言葉があふれだした。信号が青になり歩き出してもなお私は海のきれいさに見とれていた。


海も、砂浜も、空も、ため息が出るほどに何度見ても綺麗だ。兄と喧嘩したあの日だって、少し寄り道したくなってしまったあの日だっていつでも海はそこで待っていてくれた。


海はきれいだ。きれいすぎてどこか現実のものではないような違和感を感じるくらい。


「違和感…」


私は思わず立ち止まった。いつの間にかついていた暑い砂浜の真ん中で、わきに抱えていたスケッチブックをめくりさっき書いていた海の絵の下書きを取り出した。


そっか…そういうことだったんだ!違和感はあって当然なんだ!


だって、本物の海がこんなにもきれいで不思議なものなんだから。この真っ青な雲一つない空だって、子供たちが遊ぶ砂浜だってきっと誰が描いても違和感を感じるのだろう。大きな海という自然は私に寄り添いながら私の知らないところ大きくなったり小さくなったりはたまた怒ったり。まるで、感情を持つかのようにこの地球で生活している生命体なのだ。一番近くで私に寄り添ってくれた海は、私にまた気づかせてくれた。違和感の正体は感じて当たり前の感情だったのだ。それは、私とは別の場所で生きる美しい生き物なのだから。

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違和感 @Enn_Urui

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