キミは宇宙で最後の薄い本を描く

しゃけ

第1話 宇宙最後のオタク

「ふむ。なるほどなるほど。オーソドックスな、女騎士が触手に大変な目に合わされるという内容の薄い本だが触手がメスという設定が新しいな。それになぜだか二人のあいだに不思議な友情が芽生え、共闘して魔王を倒すというこの謎の展開。終わったあとに人間と触手で幸せな百合プレイをするというのもなんともシュールだ。異常にクセは強いが強烈な個性と不思議な魅力がある素晴らしい作品であると俺は評価する」

 ここは第五銀河のはずれのダゴダ星。環境の悪化により人が住めなくなってしまったいわゆる『無人星』だ。空には灰色の雲がかかり、ビルディングや家屋の残骸だけが残る廃墟が広がっている。

 本来こんなところには誰も用はないはずなのだが、ときおりこの男のように隠されたお宝を求めて訪れる『無人星荒らし』があった。

「こっちも同じ作者の作品。また女騎士ものか。なになに。ゼリー状の生物に恋をした女騎士が彼にふさわしい女になるためにみずから酸を浴びてゼリーと化す? ウームこの作者はすごい。一般的に受け入れられるかどうかはともかく、この発想をしっかり形にしてどうどうと発表できるのが素晴らしい。それにこのゼリー体の透明感の表現が半端ではない。なみなみならぬ画力とこだわりを感じる。このラストの水色のゼリーとピンク色のゼリーが混じり合うエッチシーン? は圧巻だな。この部分だけカラー印刷だし」

 男はここ一週間ばかり来る日も来る日も地面を掘り返し、辺り一帯をクレーターだらけの月面のようにしてしまった。

 そうしてようやく掘り当てた大量の『書物』の中に、札束の風呂にでも入るようにご満悦な表情で身を埋めている。

 どういうわけか書物たちは一様にペラッペラで三十ページもないだろうか?

 彼はその一瞬で読み終わってしまうような書物たちをゆっくりとかみしめるように、そしてペラペラとひとりごとを言いながら読み進めていた。

 そこへ――。

「おい。ここでなにをしている」

「ジャマくさーい」

 男女二人組のいかにもゴロツキという格好をした連中が現れた。

 どうやら『無人星荒らし』同士のバッティングが発生したらしい。

 二人ともこの辺りでは有名な賞金首で男の方は名をレノン、女の方はヨーコといった。

「……なんで本の中にうもれてるんだ?」

「きしょーい」

 すると入浴中(?)の男は読んでいた本をそっと閉じた。

「こんなお宝を見たら埋もれたくなるのは当然のことだろう」

 そんな風につぶやきつつ、薄い本のお風呂からザブンと上がって二人組の横に立つ。

 彼の姿をみてヨーコは顔をしかめた。

「ってゆうか。変な格好―。きしょーい」

「ホントだ。だっさ。何時代のファッションなんだよ」

 確かに変な格好だ。前髪だけ異様に伸ばした髪型で目を隠し、頭に極彩色のバンダナ、チェック柄のシャツをピチピチしたジーンズの中に突っ込んでいた。しかし背が高く極端な痩身の彼には不思議と似合っていないこともない。

 それからジーンズのベルトには革製のうすっぺらい長方形の革袋がくくりつけられていた。サイズは現在でいうA4くらいだろうか? 位置的には拳銃を入れるホルスターのそれなのだがそれにしては奇妙な形状である。

「なにを言っている?」男は不気味に右側の口角をつり上げた。「正装だろうがこれは。この格好以外でこの本たちに相対するなどという失礼なことはできん」

 レノンとヨーコは顔を見合わせて頭の横で指をくるくると回した。

「とにかくこれは俺たちのもんだ。命が惜しければさっさと失せな」

 レノンは男に銃口を向ける。

 男は『デュフフ』というような不気味な笑い声を上げた。

「もしおまえたちが俺の同士であるなら譲ってやってもいいが。価値がわからんヤツには渡すわけにはいかんな」

「価値は知っているよ。だからこんなところまで来たんだろうが」

「ほお。どう価値があるか言ってみろ」

「これを『ダイヤモンド・カイ』に引き渡すと大金がもらえる」

 男はその答えを聞いて鼻で笑った。

「話にならん。〇点の回答だ。これにはとてもとても金になど代えることのできない価値がある。いいかこれは『エロ同人誌』、別名『薄い本』とも言われている書物だ。それも今はなきチキュウという惑星にて旧暦二〇〇〇年代の黄金期に製作されたもので、もはやほとんど現存しない『マンガ』の中でも最も希少性が高い」

 そしてまったく息継ぎをしない早口でそんな風にまくしたてる。

 レノンの頬に一筋の汗が流れた。

「な、なにをわけのわからんことをペラペラと」

「ははは。すまん。ついな。どうやらおまえと会話をしても無駄なようだ」

 そういうと男はさきほどまで入浴していた薄い本を、腰につけた長方形の革袋に詰め込み始めた。奇妙なくらいにうまいことすっぽりと収まっていく。

「なんだそんなちょっとだけ持って逃げる気か?」

 レノンは小馬鹿にしたように鼻をフンと鳴らす。

 男はまたデュフフと笑った。

「まさか。全部いただくさ。平和的に暴力でカタをつけてな」

「おもしれえ。抜けよ」

「俺は銃は使わん。武器はコレだ」

 そういって『自分の右手を取り外して』ほおり投げた。

「――うえっ!」

 取り外された右手の下にはもうひとつ手があった。それは銀色に光る金属でできており、しかも指ひとつひとつが拳銃の銃口のように筒状になっている。

「なにあれー! きしょいきしょいきしょい!」

「――ふん。『ズィルウェポン』か」

「ほお、よくご存じで」

「えー? なにそのジールなんとかって」

「あんな風にカラダの一部を機械に改造しちまうことで自分の『感情』で操ることのできる兵器のことだ」

「一〇〇点の説明だな。さっきの〇点は帳消しにゃならないが」

「なにそれ! あいつやべーヤツじゃん! 大丈夫なのー?」

「安心しろ。でかい犠牲が必要でバカみたいに金がかかるだけで大した威力もない。無駄に奇を衒っただけのコケおどしの兵器さ」

「そういうキミは拳銃に盾か。実にオーソドックスなスタイルだな。面白味ってものがない」

「やかましいわ!」

 レノンは盾を構えつつ銃口を向けた。

 それに対して――

「よしじゃあこいつでいくか」

 男はさきほどの革袋から薄い本を取り出してものすごい勢いでページをめくり始めた。

「むう! こいつはエロいな! たまらん! やっぱりいくらあざといと言われようが『ロリ巨乳スクール水着+たくさんのローション』にまさるものはこの宇宙に存在しないのかもしれない」

 左手でページをめくりながら右手の銃口から白く輝く弾丸を連続で発射する。それもレノンの弾丸を素早く回避しながらだ。

 かろうじて盾で弾丸を防ぎながらレノンが叫ぶ。

「なんなんだその武器は!」

 男は待ってましたとばかりに説明を開始する。

「このズィルウェポンは『ハッピートリガー』という。喜びや興奮の感情をエネルギーの弾丸にして放出する兵器だ。従ってこのように読書をしながらの戦闘となる。やかましくてすまんね」

 男はふたたびハッピートリガーを構えた。

「ちなみにこの薄い本を入れた袋は『ウスイ・ホルスター』という。大変便利だ」

 凄まじい弾幕が再びレノンを襲う。

「これは時間停止ものか。極めて多いな。この時代には時間を止める能力者がたくさんいたのだろうな。そういえば同じ時代の少年マンガにもそういった能力を使用するものがいた」

「レノン! こいつきしょい! きしょいよ!」

「きしょいが強ええ! ぐおおおおお!」

 レノンが構えていた盾が弾き飛ばされる。

 男の口元がニヤリとゆがんだ。

「さーてとどめだ。ええと今度は――。これは! おねショタ! おねショタじゃないか! もう表紙だけでごはん何杯でも――」

「ひいいいい!」

 レノンは両目を閉じた。

 だが。男の興奮が頂点に達したその瞬間。ズィルウェポンは『――ボン!』という音を立てて爆発した。

「ぬおおおお! しまった興奮しすぎた!」

 男は悶絶して地面を転がる。

「……はあ?」

 レノンはしばしポカンと口。

 やがて状況を飲み込むと盾を拾って、しゃがみこむ男の顔に突きつけつつ銃口を向ける。

「へへへ。よくわからねえが助かったぜ」

 そういって地面に転がっていた、男がさきほど取り外してほおり投げた『義手』に弾丸を放ち破壊した。

「あっ! なんてことしやがる! 高いんだぞアレは!」

「ははは。そいつはすまなかったな。だがそんなことを気にしている場合か?」

「……そうだな。いや参ったよ」

 男は大きくため息をついた。

「今日はついてない。お宝を見つけたはいいが、ズィルウェポンは壊れるし、義手もダメになっちまった。またいくらかかることやら。そもそもカップルに絡まれたことがイヤだ。おまえらみたいなヤツをかの時代には『リア充』と呼んだそうだ。俺はリア充が嫌いだよ。核戦争の次に嫌いだ」

「くくく。確かについてねえが。ほんとうについてねえのはこれからだぜ」

「そうだそうだー。きしょいので死ねー」

 だが男は不敵に笑う。

「おいおい。右手を取ったぐらいで油断するなよ。『ドラゴンボール』っていう作品を知らんのか? 『ピッコロ大魔王』は腕を一本残していたばっかりに『孫悟空』に敗れたんだ――ぜ!」

 そういうと男は目の前に突きつけられた盾を左手で殴りつけた。

 レノンは『なんだそんなしょぼい反撃』と思った。

 だが次の瞬間――彼の自慢の盾には巨大な穴が空き、さらにバラバラに壊れて地面にちらばった。

「な……なんだとおおおお!?」

 盾の破壊により男の姿がふたたび目の前に現れる。

 彼の左手には巨大な黒光りするドリルが装備されていた。

 ドリルはギュイイイイン! と奇怪な音を立てて回転している。

「こいつは『マッドドリル』。怒りや悲しみ、ねたみそねみの感情で動作する兵器だ」

「ひいいいいい!」

 レノンは男に背を向けると全力で駆けだした。

「おっと。逃げられると思うなよ。確かにドリルが重くてちょっとかけっこには自信がないがこのことをご存じない? 『ズィルウェポン』は感情で動かす兵器。動かすことができるのはそいつから『発射したもの』も同様だ。――さあ戻ってこい」

 逃げるレノンの目の前に、魚群か蚊柱のごとき光の弾丸の大群が現れた。

「さっき発射したハッピートリガーの弾丸だぜ」

「な――うわああああああ!」

 ――着弾。そして爆発。

「昔の偉人は言ったそうだぜ『リア充爆発しろ』と」

 男はボロボロになって地面に倒れ伏すレノンに向かってゆっくりと近づいていく。

「安心しなよ。別にとどめをさそうってわけじゃない。ただちょっとモロモロの修理代が足りなさそうだから有り金だけくれや」

 レノンはかろうじて声を発した。

「貴様は……なにものだ……」

 男は自らを親指で示しながら大見得を切った。

「我が名はサルペン。二十二歳。丑年産まれのかに座。宇宙最後の『オタク』だ」

「……貴様の目的はなんだ」

 サルペンと名乗った男は『ウスイ・ホルスター』から一冊の本を取り出す。

「こいつらを後世に残すこと。そしていつかは再びこの宇宙をオタクの楽園にすることだ」

 サルペンは灰色にくすんだ空を仰いだ。

「まあ俺が生きているうちには無理だろうけどな」

 レノンは気を失った。

 ヨーコは逃げた。

 サルペンは手にした薄い本をめくりながら無人の荒野を歩きだす。

「おっ。百合モノかあ。こいつは尊いぜ。………………少しだけ『あの人』を思いだすな」

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