焦土作戦


 任務から帰還すると、その日は一日自由時間となる。

 といってもこの場所では娯楽など無いに等しい。誰しもが鬱憤を溜めており、暴力沙汰など日常茶飯事だ。


 叫び声が飛び交う宿舎に戻ってきた俺は、自室に直行する。鉄格子の、殺風景な部屋。部屋と呼べるかわからないそれは、独居房のような有様だ。


 固い床に座り込んで、俺は暇を潰すように読みもしない本を広げる。

 そうしたところで、俺の聖域に邪魔者が訪ねてきた。


「よお。お前、あの話聞いたか?」


 鉄格子越しに声を掛けてきた男に俺は目を向ける。

 奴の名前は知らない。けれど、同じ部隊の仲間であることは知っている。ここではそれで充分だ。


「……はなし?」

「ゴホウビだよ、ゴホウビ! やっと俺らの番だ。他の奴らも興奮しっぱなしだぜ」


 げひひ、と男は下卑た笑みを浮かべる。俺はそれに素っ気ない態度を取って、男から顔を背けた。


「興味ない」

「なんだよ、まともぶりやがって! ここでの楽しみなんてアレか、クスリしかねえじゃねえか!」

「俺をお前たちみたいなクズ野郎と一緒にするな」


 僅かに怒気を込めた声で一喝すると、男はそれきり茶化すのをやめた。けれどいつまで経っても俺の部屋の前から退いていかない。ずっと独り言を喋っている。

 こいつもクスリをやってるヤク中なんだろう。気持ちはわからなくもない。こんな場所に居たらすぐに心が折れてしまうんだ。たったひとり、孤独のままではそれに耐えられない。


 男に同情を向けていると、再び奴は俺に話しかけてきた。


「それにしてもよお、ここに連れてこられた女どもは、流石に俺も可哀想だとは思うぜ? 気が狂った男の相手をさせられるわ、殴られるわ蹴られるわ。ああ、このまえ聞いた話じゃ、やり過ぎて死んだ奴もいたって」


 きっと俺の答えなんて求めていなかったのだろう。これもただの独り言。それでも俺は溢れ出た怒りを抑えることが出来なかった。


「おまえ、それ俺への当てつけで言ってんのか?」

「あ、はあ?」

「何も出来ないクソ野郎だって嗤ってんだろ!」


 思い切り本を投げつけると鉄格子に当たって鈍い音を立てる。すぐに立ち上がった俺は怒りに任せて、腕が痛むのも気にせず鉄格子を叩き続けた。


「な、なんなんだよ! いきなりっ、意味わかんねえ!」

「さっさと俺の前から消えろっ! 二度と話しかけんじゃねえ!!」


 大声で怒鳴りつけると男は一目散に逃げていった。

 息を荒げて、俺はよろよろと崩れ落ちる。

 格好悪い、とても無様だ。完全なる八つ当たり。何も出来ないくせに、心配だけして口だけの卑怯者。それが今の俺だ。


 けれど、どうすることも出来ない。何も出来ないから、何もしない。それが、今の俺なんだ。




 ===




 回避不能な大災厄への対抗手段――第三世界を創りだした人類は、そこへ現在の人類を移住させる計画を立てた。

 移住計画は技術的には問題なく行えた。けれど、そこに全ての人間を連れて行くことは不可能だった。


 二つの平行世界にいる人類……つまり同じ人間が二人存在することになる。世界の理を厳守するならば、同じ人間は二人も必要ない。

 そう結論づけた二世界の人類は、どちらの世界の人間が第三世界の住人に相応しいか。決めることにした。


 双方で、計五回の殲滅行為を行うことが出来る。

 殲滅地域は、無差別で選ばれる。

 選ばれた地域の人間は、すべて一人残らず虐殺すること。もしあぶれた人間がいたならば、死んだ人間として処理すること。


 これが、焦土作戦の概要だ。



 しかし、該当地域に選ばれた人間たちはそれを良しとはしなかった。

 それもそうだ。知らないうちに勝手に死んだことにされて、虐殺されるなんて許容出来るわけがない。


 やがて無差別な虐殺が至るところで始まった。異世界からの侵略者たちが、俺たちの世界を蹂躙する。

 そしてそれに対抗する為、組織された軍隊。それが、今の俺たちがいる部隊。


 俺の居る部隊は、焦土作戦から生還した人間のみで編制されている。つまり、死んでもいい人間だけがいる部隊。

 最前線で使い捨ての駒にされるだけの存在。それでも、俺はこの過酷な戦場でなんとか生き残っていた。

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