平行世界のトラゴディア
空夜キイチ
理不尽な世界
その日、ぽっかりと穴があいた空から、無数の爆弾が降り注いだ。
俺の故郷は焦土となり、偶然、遠方に出ていて助かった俺たちは、罪人となった。
この世界には、平行世界が存在している。
ひとつは魔法技術が発達した、俺たちの居る世界。もうひとつは、科学技術が発達した世界。
二つの世界は今まで存在は確認されていたが、不干渉を貫いていた。しかしその均衡も、ある事がきっかけで壊れることになる。
――回避不能の大災厄。
それは空の遙か上から迫ってくる大岩。隕石というものだ。それが近い未来に、俺たちの生きている地上に降り注ぐ。
もちろんその大厄災は平行世界であっても回避は出来ない。確約された未来だった。
しかし、人類は簡単に諦めなかった。どうにかその大災厄に抗おうとしたのだ。
彼らの取った策は、隕石を防ぎきる事が出来る頑丈な防壁を創り出す事。一度は不可能だと結論づけられた対抗策だった。
しかし、双方の技術を用いれば不可能では無い。魔法と科学。そこには誰も目にしたことの無い可能性が眠っている。
それに目をつけた研究者たちだったが……一つ、重大な問題があった。
俺が存在する魔法が発達した世界では、科学技術が。もう一つの世界では、魔法技術が上手く働かない。
何かが阻害しているのか。原因は不明。そうなると、対抗策も根底から崩れる。
しかし、決して人類は諦めなかった。
出来ないのなら、それが出来るように世界を創り変える。
なんとも突拍子もない話だが、解決策はそれしかなかった。
努力の結果、人類は二つの平行世界の他に、第三の世界を創りだした。そこは魔法と科学が存在する世界。
ここならば、回避不能な大災厄にも対処出来る。
――そう、ここまでは良かったのだ。
===
「ぐっ、……おえぇっ」
身体を包む浮遊感に、俺は吐きそうになった。
何度も経験しているが、こればっかりは慣れそうにない。浮遊魔法で空を移動するよりも、地上を歩く方が俺には合っているみたいだ。
けれど、この状況で呑気に散歩でもしてくるなんて言い出す奴は、自殺志願者か真性の馬鹿かどちらか。
もちろん俺はどちらでもない。吐きそうになりながら懸命に頑張っている。
嘔吐きながらふらふらと蛇行浮遊をしていると、俺のすぐ隣を同隊の隊員が追い越していった。
彼の向かう先には、地上に並び立つ巨木よりも遙かにでかい、機械の怪物が立っている。
それを見据えて、俺は吐き気を飲み込むと隊員の後に続く。
腹に力を入れて、加速。目標は、前方にある機械兵。図体のデカいそいつに、高火力の火炎弾を四方八方からお見舞いする。
あの機械兵の装甲は岩よりも、鉄よりも固い。けれど、熱には滅法弱い。ゆえに遠距離からの火炎弾で溶かしまくるのが有効。
みるみる装甲を溶かされて、穴ぼこ状態になる機械兵。
しかし相手も黙って嬲られる趣味はないらしい。
羽虫の如く周囲を飛び回る敵に、鉄の礫を無尽蔵にばらまく。あれは、確か銃火器という武器だ。筒の中に火薬を詰めて、鉄の弾を発射する。威力は人間ならば簡単に殺せる程度。
もちろんそんなモノが直撃してしまえば、俺たちは木っ端微塵だ。
刹那、俺の前を飛んでいた隊員が、吹き飛んだ。身体を蜂の巣にされて、肉片が地上へと降り注ぐ。
「――っ、あぶなッ!」
それを認識した直後、俺は腰の雑嚢から、半透明の水晶を取り出し片手で割る。すると一瞬の間に俺の面前に透明な防壁が張られる。
それは鉄の礫を完全に防ぎきり、尚且つ傷一つ付かない。絶対防御の防壁魔法。隊員には攻撃用の火炎弾。防御用の防壁。その二つが標準装備されている。
裏を返せばこの装備で相手を殺しまくれということだ。
いつもながら無茶をおっしゃる。だが、やらなければやられる。生きるためにはこの戦場を乗り越えていかなくてはならない。
突如襲来した機械兵の撃退に、二名の殉職。良くも悪くもない結果。それでもあの機械兵に蹂躙されることはなかった。それが一番の成果だ。
今回も生き残った俺は、任務を終えて基地に帰還する。
天を貫くほどに屹立した山脈の頂上。そこに部隊の基地は存在する。かなり辺鄙な土地だが、不便さを棄てるならば攻め込まれにくい土地とも言える。
加えて、隊員の逃亡も阻止するにはうってつけの立地だ。
「帰還兵は装備を全て外せ」
指揮官は、片手で顔を覆うようにしてこめかみを押さえながらそう言った。
この指揮官はいつも体調が悪そうなことで有名である。そのせいで機嫌が悪いといったこともなく、他の指揮官たちと比べれば幾分か、配慮もしてくれる。物分かりの良い男だ。
命令に素直に従い、雑嚢と首に提げていた浮遊魔法の込められたペンダントを外す。
そうしたのち、手首に手枷を嵌められる。
基地内ではこの状態で過ごさなければならない。まるで罪を犯した罪人のような扱いだ。けれどそれは間違いではない。
俺は……ここにいる隊員たちは、みな罪人だ。あの日、死にきれず生き残ってしまった。だからこの場所で、きちんと死ねるように戦場に送り出される。拒否権はない。死人にはそんな権利など端からないからだ。
「ギル、おかえり」
宿舎まで戻る道すがら、俺を呼び止める声が聞こえた。
声の主は、俺の幼馴染みであるアリシアだ。
彼女の姿を目にして、俺は自然と顔を顰めていた。
また身体に傷が増えている。服で肌を極力隠しているけれど、見える場所には青痣。打撲痕がはっきりと見えた。
「アリシア、また傷がふえてる」
「ああ、これ? 全然痛くないから、気にしないで」
「痛くないって……そういう問題じゃ」
「ギルが心配したところで何も出来ないじゃない」
俺の心配を遮るようにアリシアが棘のある言葉を放つ。俺はそれに何も答えられなかった。彼女の言う通りだ。俺にはなにも出来ない。幼馴染みが傷つくのを見ているだけしか出来ない。
悔しさに唇を噛みしめて俯くと、彼女が俺の顔を覗き込んだ。
「なあんて、冗談よ。本気にした?」
「そういうの、やめてほしい」
「……ごめんね」
アリシアは一言謝って、それから俺の手を握った。
柔らかくて暖かな手のひら。その温度にほっとしてしまう。
「……ただいま。今日も生き残っちまった」
「ふふっ、良いことじゃない」
「どうだか……安心したら腹減ってきた」
「じゃあご飯食べに行きましょう。前みたいに私が食べさせてあげる」
「前って……一度もそんなことされた覚えはないんだけどな」
他愛のない談笑を挟みつつ、二人並んで食堂まで行く。
いつもと代わり映えのしない食事を配膳されて、それを黙々と食べる。俺のそんな様子を正面に座って、楽しげに見つめるアリシア。
何がそんなに面白いのか。俺にはわからないが、彼女が楽しそうに笑ってくれているのだから良しとしよう。
「俺に付き合ってくれてるけど、その……」
「いまは自由時間。気にしないで」
アリシアは固いパンを割いて、その中に甘いジャムを塗るとそれを俺の口に突っ込む。それをもぐもぐと咀嚼していると、
「今日もギルが生きて戻ってくれて、私は嬉しかった」
「うぐっ、……それ、素直に喜べないな。ここじゃ、みんな死にたがってる」
「それって、ギルも?」
「俺は……アリシアが生きている間は、死にたいとは思わない」
俺の本心からの言葉に、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。
けれど、俺にはその笑顔が痛ましく見えてしまう。俺は終わりを選べる。けれど、彼女は選べない。この地獄に、死ぬまで居続けるしかない。そこに希望がないことなんて、俺も彼女も十二分に理解している。
それなのに、俺の答えを聞いて、アリシアは笑うんだ。
自分の不甲斐なさが本当に、嫌になってくる。
勝手に落ち込んでいると、俺たちの傍に誰かが近付いてきた。
それに顔を上げると同時に、耳元で男が叫ぶ。
「おお、おい! おまえっ!」
ろれつの回らない口調で、男はアリシアを指差す。
明らかに様子がおかしいが……おそらく、何らかの薬物を使っているのだろう。この場所では珍しくもない。
警戒している俺を余所に、アリシアは男に対して丁寧に受け答えをする。
「なんですか?」
「そ、そうだ。おまえだよ! いっ、いつまで待たせるつもりだ!?」
男は更に喚き続ける。
「お、っおれの番はまだか!? もうずっと待ってるんだよお!!」
乱暴に伸ばした手が、アリシアの腕を掴む。
俺はすぐさま立ち上がって、男の手首を捻りあげた。
「キチガイ野郎が! きたねえ手でさわんじゃねえ!」
怒声を張り上げて、男を突き飛ばす。
どうにも怒りがおさまらない。こんなクズ野郎に――
「ギル、やめて」
突然、俺を止める声が響いた。
それに振り返ると、アリシアが俺を睨み付けている。
「この人、何も悪いことしてないのに。そんなに殴ったら可哀想じゃない」
「な、なにもしてない……? いまはだろ!?」
俺はアリシアの言っている事が理解出来なかった。
困惑する俺を余所に、彼女は男に手を差し伸べた。
「あなたのお相手、してあげたいけど順番があるの。もう少し待ってくれる?」
「うっ、……わかったよ」
男と話すアリシアを見て、俺は意味がわからなかった。
どうしてそんなことを平気で言えるのか。俺はお前をこんなに心配しているのに、どうしてそれを台無しにすることが言えるんだ。
「あ、アリシア……」
「ギル、ごめんね。もう仕事の時間だから」
またね、と言ってアリシアは俺の前から去って行く。
俺はその背中を見えなくなるまで、眺めている事だけしか出来なかった。
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