第6話 身支度
「あれ、神が行方不明であることは言っていなかったか?」
「そう言えば、仰らなかったですね。私は何となくそうじゃないかと思っていたので、つい流してしまいましたが、たしかに結奈さんからしたら突拍子がなかったかもしれません」
首を傾げるレオドール様と、自身の中で完結させていた葉月さんを前に、私はなんだか自分が情けなくなった。
(私の推理力の問題なの? ていうか、常識的に考えて、今までの話から『あれっ、神様居ないんじゃね?』のなるの? え、そもそも常識ってなに!?)
そこまで考えて、唐突にスンと気持ちが落ち着いた。
(あ、そもそも私って常世の生まれじゃなかった)
「結奈さん、大丈夫ですか? 目が据わっていますけれど」
心配そうに横から覗き込まれて、私は目に力を入れた。
「大丈夫です。神様が不在なんですね、把握しました」
──受け入れることにした。
互いの報告を終えたところで、次は今後の動きについて話し合う。
五芒星の門を回るための移動費や食費、門までの最適な経路の割り出し、葉月さんの変装の有無、そして全てを終わらせるのに必要な神力の量について。
午前中から始まった話し合いは、いつの間にか正午を越えようとしていた。
「ほう、普通に過ごすだけならば、呪印が発動したままでも半年はもつのか。それで、門をひとつ閉じるために必要な神力はいかほどだ」
使用人に持ってこさせたサンドイッチを片手に、レオドール様が尋ねる。
ともにご相伴にあずかった葉月さんは、上質な生ハムやチーズが詰め込まれたサンドイッチをモグモグしつつ考え込んだ。
私はというと、恋人の横で大口を開けることに抵抗を覚え、同じく(以下略)のサンドイッチと格闘中である。
実は、ハンバーガーや青のりたっぷりのお好み焼きと同様、私の中のデートで食べたくないものランキングトップ10に入っていたりする。
「そうですねぇ……。月結びの儀式を一人で行った場合の、三分の一程度でしょうか」
「むっ、分かりにくいな。それはつまり、おおよそ何日分だ?」
気にせずサンドイッチを食す男性陣を羨ましく思いながら、私もなるべく小さく口を開けて食べ始めた。
「ええと、確証はないのですが、一人あたりの平均神力量で考えて、約一週間くらいかと。あくまで感覚的な話になってしまいますけれど」
「構わないさ。しかし、それを五回となると、一月分以上の消費量だ。それに加えて
食事を終えたレオドール様が、ナプキンで手を拭きつつ言う。
それに異議を申し出たのは、意外にも任された本人、アーロンさんだった。
「恐れながら、レオドール様。変化の術は他人がかけたとしても、少なからず体力を使います。葉月殿はやめておいた方が良いでしょう」
控えめに声を上げた彼に、葉月さんも小さく頷く。
「ふむ、それは残念。種族や性別を変えた方が動きやすいというものを」
「せ、性別も……?」
ギョッとする葉月さんに、レオドール様はニヤリと口角を上げた。
「葉月、ちょっと高い声で話してみろ」
「高い声ですか?」
「ああ。お前の容姿ならば変化せずとも……ん?結奈、何をしているのだ」
皆まで言わせてはいけないと思い、必死にジェスチャーで伝えていたのだが、レオドール様には通用しなかったようだ。
不思議そうな顔をされてしまった。
そして私の横からは見なくてもわかるほどの負のオーラが漂ってくる。
無駄に察しのいい葉月さんが、今回も例に漏れずレオドール様の言いたいことを察知したようだ。
「変化しなくても女性……変化しなくても……変化……しなくても……」
「わぁぁ、レオドール様のバカ! 思いきり地雷踏み抜いてます! それに葉月さんに女性のフリは無理ですよ! だって葉月さん、女性にしては背が高いですし、骨格も違いますから!」
噛みつかんばかりの勢いで言い募る私に、けれどレオドール様は豪快な笑い声を上げた。
「あははは、大丈夫だ。女性の中にも細くてこう、丸みのないひとはいるからな」
「失礼な!」
「ほ、細い……」
なんとなく思うところがあって吠える私と、さらにショックを受ける葉月さん。
私たちの鬼気迫る様子になにかを感じたらしく、アーロンさんがレオドール様のほうに一歩近づいた。
「あの、葉月殿には私のローブをお貸ししようかと。これは特殊な素材を使っていて、耳やしっぽを隠してくれますから」
「……良いのか?」
気遣わしげに尋ねるレオドール様に、アーロンさんが大きく頷く。
その二人の様子に恐縮した葉月さんだったが、背に腹はかえられないとレオドール様に説得され、ありがたく借りることとなった。
着々と荷物の用意ができ、全てが揃った頃、私と葉月さんは感謝の言葉を何度も口にしてレオドール様の屋敷を出た。
こうして私たちは、雲に覆われた空に見下ろされながら、ひっそりと旅出(たびで)を迎えたのだった。
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