第66話 修一の夏休み
修一の夏休み
1903年 7月
既に4か月程も家族と顔を合わせる事が出来ていない吾輩は、技術開発省長官から空軍幕僚長への配置転換直前に何とか2日間だけ休みを頂く事と成り、明日からの休みに備え、折角夏でも有るので芦ノ湖の湖畔で花火でも見たいと思い、休みを申請し、わずか二日間もぎ取った休暇を有意義にするべく、ひと月前から事前に、火薬関連から紹介された花火師集団に大枚を叩き玉屋に芦ノ湖花火大会を依頼した。
そして自分でも線香花火を自作するべく、たった今研究室に籠って居た。
炭酸カリウム、硫黄、木炭、そして紙、紙は和紙で良い。これで線香花火が完成するのだ。
木炭を細かくなるまで良く擦り砕き、そこへ硫黄を添加、乳鉢で良く混ぜながら炭酸カリウムを少しづつ混ぜ込み、更によく混ぜる。
完成した特製火薬を和紙で巻いて紙縒りにするだけである。
「失礼します、益田中将、井上大佐入ります。」
これが実は、夢中で線香花火を作って居た吾輩には聞こえて居なかった・・・
いや多分聞こえて居たのだろうが、吾輩の悪い癖で夢中になると周りの物音がまるで聞こえないのである。
この癖は直さないともし何か災害に見舞われても気が付かないのでは危なくて仕方が無い。
因みに井上君はこの間の吾輩が中将に任命された折、同時に、グラスファイバー、カーボンファイバー、コレステロール誘導体の発見の功績により2階級の特進を認められて大佐になったばかりである。
まぁ、技術開発省を彼に任せる為に陛下がごり押しした強引な昇格では有るのだが・・・
「あの、中将・・・?」
はっ!またやってしまった!
「あのぉ、以前から本当に聞いた事の無いような鼻歌ばかりなのでそろそろその歌を何か教えて頂けると有り難いのですが・・・」
「き、気にするな、実家の秘伝だ!」
何処かで聞いたような言い訳をするが、鼻歌の何処が実家の秘伝なのだろう、自分でも疑問に思う適当な言い訳であった。
しかしさすがに、機動戦士Zガン〇ムのオープニングテーマだなんてどう説明したら良いと言うのだ、言える筈ねぇだろ。
「しかし、気になります、前回の曲なんて耳に付いて仕舞って、暫く忘れられなかった程ですので・・・」
こうなったら耳コピーした名曲、”マド〇ナ達のララバイ”でも譜面に起こして歌詞付きで以前にパーティーで知り合った女流歌手にでも歌わせて最近普及し始めたテレビで歌わせてしまおうか・・・その前に民間放送局を立ち上げるのが先か?
でも急にあんな曲では受け入れがたいのでは無いか?”りんご〇分”とか”みだれ〇”辺りから譜面を起こして見ようか・・・
って吾輩は今それどころでは無い!
折角休みが手に入ったんだってば!
「と言うか、何の用かね、井上君。」
「はい、海軍から、この度建造したあの艦は一体何に使う物なのかという疑問がですね・・・」
成程、そこから説明せねば成らなかったか・・・
「判った、それでは、吾輩も忙しいのでな、10日後に横浜で説明をしたいと思う、その旨伝えてくれ、恐らく海軍提督は今頃呉の本部に詰めている筈だ、少なくとも3日程は無いと此方には来れんだろう。」
「かしこまりました、そのように打信して置きます。」
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ヘリで箱根邸へと戻る、実に四ヶ月と2日ぶりの帰宅であった。
芦ノ湖上空に差し掛かると、芦ノ湖の湖上では大きな筏が組まれており、その上で花火職人と思わしき人々が花火の準備をして居るようだ。
うん、盛大な物になってくれると嬉しい所である。
”益田電気部品工業”の精密部品工場の連中や宿屋等にも事前に連絡が行くようにしておいたのでかなりの客が見に来る事であろう。
箱根登山鉄道もすっかり小田原から湯本迄を繋ぐ線路を確立しており、小田原には横浜からの鉄道と、後の小田〇線となる新宿からの鉄道が引き終わり、観光客もこの半年増えて来たようだし、花火を見に来る客も見込めるのでは無いかと思われる。
因みにこの花火大会での収益は吾輩は全て辞退し、観光協会の発足の為に使って貰うように事前連絡をしておいた。
時期的には夏祭りをするにも都合がいいので納涼祭として花火大会が根付いてくれたら嬉しいと思っている。
中庭のヘリポートに降りると、一知花の手を引き修輔を抱き抱えた妻が出迎えてくれた。
使用人達をもっと活用すれば自分で抱き抱えたりしなくても良かったものを、と本人に言った所、それでは子供の情操教育には成りませんと一蹴されてしまった。
一知花も既に4歳、修輔だってもうすぐ2歳である、そろそろ3人目か?
ぐふふ・・・ザ〇とは違うのだよ・・・済まない外した。
いずれにしても、こんな留守の多い吾輩の妻を何時までもしてくれている事には感謝してもしきれない、本当に良い妻である。
だが本人にこれを言うと、多分照れ隠しで必ずこんな答えが返って来る。
「お前様の妻で居ると、留守は多いし家事は使用人が済ませてくれるし、温泉付きの箱根の高地の豪邸で寒くも暑くも無い生活が出来てこれ以上の幸せなんか有るもんですか。」
本気で言ってたらそれはそれで退くけどな・・・
ってか最近半分以上本気な気がしてきたのだがそれは気のせいと言う事にしておこうと思う。
「お帰りなさいませ。」
「うむ、長く家を空けてすまん。」
「いえ、お陰で毎日優雅に過ごせましたよ。」
お陰で優雅にって吾輩が居たら優雅に成らんと言う事か、さり気なくチクチク突かれるな、しかも割と痛い。
「それはそうと、今晩芦ノ湖で花火が上がるのを知って居るか?」
「ええ、勿論です、あなたが休暇を取れた序でに花火職人を呼んでくれたのでしょう?」
妻には何も隠し事は出来ないようだ、言って無いはずなのに・・・
「まぁ、そう言う事になるな。」
「子供達も楽しみにして居ましたのよ。」
「その割に一知花は吾輩から隠れるようにしておる気がするが・・・」
「貴方が余りお帰りに成らないので恥ずかしがっているんですよ、人見知りする時期でも有りますし。」
「そうか、すまんな、一知花、父はお前に会いたくて堪らんかったのだがお仕事が忙しくてな、芦ノ湖での花火大会が終わった後にはお庭でジジババと一緒に父が作って来た線香花火でもやろうな。 ほらこれだ。」
「これ、とおさまがつくったの?」
「ああ、そうだよ、後でな。」
「はい、あとで。」
やっと喋ってくれたが、ここ迄会話しただけでまた妻の後ろに隠れてしまった・・・
しかし初めて見る線香花火に瞳をキラキラ輝かせては居るようだ。
やはり長く家を空けすぎた感が否めない。
因みに修輔の方はと言うとお昼寝中だったようで眠いと愚図って居たので、吾輩が何か余計なちょっかいを出すと益々面倒臭くなりそうだったので放置する事にした。
まだ日は高いが、折角の休暇でもあるし、我が箱根邸は源泉かけ流し露天風呂が有るのでゆっくりと堪能する事にした。
この時代であれば、誰しも温泉に浸かってリラックスして口を付くのは詩吟であろうとは思うが、吾輩の口を付くのはつい鼻歌でも歌って居る様な、アニソンであるとか、昭和平成の懐メロ等である、そりゃ誰も知らない訳だわ、とも思うが、吾輩はこれで育ってしまったのだから仕方が無い。
吾輩が上機嫌で”魂の〇フラン”等を鼻で奏ている最中、妻と一知花が入って来た。
「とおさまおうたうたってる~。」
「とお様お歌上手ねぇ、一知花。」
「うん、とおさまにおうたおしえてもらうの、いちかもいっしょにうたうー。」
何とも可愛らしい事である。
「よーし、一緒に歌うか。」
「はい、とおさま、おうたうたうー。」
家族団欒、良いものだな・・・
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夕方、早めの夕食を取り、その後、日が落ちてから3階のバルコニーに設けたテーブルセットで茶を頂きながら芦ノ湖で撃ち上がる花火を堪能した、その後、庭へ移動し、吾輩の自作の線香花火を堪能する。我が両親も離れから出て来て参加し、一知花も余程楽しかったのだろう、普段ならもう寝ている時間であろうに、子供ながらに頑張って起きて楽しそうに笑って居た。
少なくとも多感なこの時期の娘には、やはり両親が揃って居た方が良いのかも知れん。
多忙な父ですまんと思いつつ、線香花火に目を輝かせて笑う我が娘一知花を眺めて過ごした。
前世では結婚すらせずに、神を名乗る超存在に処分された吾輩が、悪魔のお陰で凡そ150年過去のこの明治の世にて、妻を娶り子供すら儲ける事が出来たのだ。
感謝してもし切れない、やはり彼らを一柱残らず神格化し祀り上げたい気持ちである。
吾輩からしたら彼らの方が余程神なのである。
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今日一日は、一知花と修輔、そして妻の為に時間を使う事にしている。
折角やっと掴んだ休暇なのだから家族と一緒に過ごしたいと思ったのだ。
しかしこうしている間にも軍部は戦闘をして居る、戦って居る、彼等には申し訳無いが、吾輩も相当数の貢献をして居る筈なので今だけは許して欲しい。
こうして休暇は瞬く間に終わってしまうのであった。
楽しい時間は直ぐに過ぎてしまうと言うが本当にそうだな、つくづく実感した。
いや、実験中や設計図を起こしている時などもあっと言う間に時間が過ぎて居るものなので吾輩が如何にこの仕事が好きかと言う証明ではあるな。
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-一方・対馬県
合衆国軍の補給艦8隻が支援物資を届けに来ていた。
元々は日本より供給されたアサルトライフル用の弾丸から、重機関銃は元より、105mmライフル砲弾に180㎜榴弾、更に軽油と、明らかに益田中将との情報共有、伝達連携が取れた品揃えであった。
合衆国へ訪問した時に中身がアスタロトのルーズベルトや修一と一緒に転生した魂を持つトーマス・エジソン・ジュニアに砲弾の製法を含む物資支援の要請をして居た為である。
周到に用意された物である故に、現場としては非常に有り難い支援物資であった。
これで本土からの補給が追いつかなくて難儀して居た戦線を押し上げる事が出来そうなのだ、正に渡りに船な物資であった。
本国でも生産力向上は図って居るのだが思う程の成果が上がって居ない現状での支援である、従って尚の事有り難い物であった。
直ちに輸送隊を緊急招集し、順次前線へと送り出すように手配されたのであった。
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-モスクワ-
「同志書記長、前線よりの報告が上がって来て居ります。」
「読み上げたまえ。」
「は、鉄の装甲を持った人員輸送用と思われるトラックと更に大きな戦闘用と思われる大砲を乗せた車両が行く手を阻み、更には何処から撃って来るのか不明な大型の大砲により戦線が押し上げられず難航して居ると言う事です、既に最前線では先行した第1陣は全滅、第2陣の部隊も概ね全滅、第3陣が奮戦するも戦線の後退を余儀なくされる事態となって居るようです、現在は前線は第4陣が何とか押し留めて居ると言う現状だそうであります、尚、現在の停滞した戦線は日本側の物資の不足によるものが大きいとの報告も上がって居ります。」
「くそう、何処までも忌々しいサルめ、何故我が軍でもやっと完成させたばかりの戦車が有るのだ、それに何処から撃って来て居るか判らない射程の大口径砲だと? どこまでも舐めた真似を・・・ぐぬぬぬ。」
戦闘ヘリの参戦したエリアでは完全に部隊をせん滅されて居た為にその存在は未だに情報が上がって居なかった。
修一の開発力のお陰で2~3世代は前のパラダイムしか持ち合わせないロシアでは当然ながら戦線の把握も騎馬連絡員の往復によって成って居たので情報自体もかなり遅いのであった。
野戦電話ではケーブルが間に合わない為にどうしてもそのような連絡に頼るしか無い、これは携帯無線機を持ち合わせない以上仕方の無い連絡手段である。
既に日本は情報戦が重要と言う事で各部隊後方に遠距離通信可能な無線機を搭載したトラックの無線車両が配置され作戦通信や報告通信を常に中継して大本営や基地と戦前部隊をつないで居るのだ。
偵察バイク部隊の小型無線機でも、この無線通信車が中継をする事で本部に余裕で届くようになって居る。
情報こそ最大の武器であると言う修一の考えは正しかったのである。
「仕方が無い、直ちに戦車の量産を開始して送り込むのだ!」
未だ製造が軌道に乗って居ない戦車に強引にでも頼るしかないレーニンは又しても無理難題を押し付けていた。
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「では、行って来る。」
中庭のヘリポートで、仕事に戻るべく家族に出掛けの挨拶をし、ヘリに乗り込んで明日からの勤務地の相模野空軍基地へ向かう。
相模野空軍基地とは、本来であれば第二次大戦後に徐々に大きくなって行った相模野工業団地になる筈の土地に作った航空訓練基地で、万が一東京湾に敵国艦隊等が侵入しようとした場合の航空攻撃基地としてもその機能を有する一大基地として建設し、吾輩の休暇に入った日に完成したばかりの基地で、現在、技術開発省の陣頭指揮で陸軍に資材を運び込ませている。
勿論40名程の単独飛行可能域まで訓練を進めたパイロット達に訓練機40機も空から運び込ませる算段である。
当面、整備士は技術開発省からの出向と言う名目で航空機開発チーム総勢120名で対応する積りであるが、技術職自体も育てたい、むしろ育てなければ成らない。
航空開発チームのメンバーから数名は、空軍の技術者と言うポストを希望する者も少なくは無いので新型機開発に携わる者と航空機の整備の為に空軍へ来る者で別ける事も考えている。
実際にある程度技術者が育って頭数が揃ったらまだ稼働できないでドックで燻ぶって居る空母の整備員として船に乗って貰う者も餞別せねばならない。
制服もデザインが決まったばかりの新しい制服であった。これがなかなか現代風(令和の)でカッコ良いのだ、ちなみに発案者は当然ながら吾輩。
折角着るのならカッコ良いのが良いでは無いかと言う事でこうなったのである、何か文句あるか?
因みにパイロットスーツもデザインしたがこちらもかなり好評だったのだ。
空母のパイロットにはコイツの色違いをと既に試作スーツも吾輩の手元には有る。
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実家が漁師だと言う井上大佐が、海藻から抽出した成分よりとうとうカメラ用のカラーフィルムを発明したので、吾輩もカラーモニターの開発をと思っていた矢先の移動だ、残念である。
因みに少し前の彼の発見のコレステロール誘導体も、漁師である彼の両親が送って来たイカの墨から発見したらしい。
仕方が無いのでカラーモニターに関しての論文を、所長室の隠し金庫に仕舞って置かずに取り出して研究開発チームを吾輩の采配で人選を済ませてある。
吾輩の選抜チームがカラーモニターを開発する前に液晶技術確立してしまいそうな勢いの井上君はやはり吾輩の一番弟子と言っても過言では無い程に成長した。
彼は吾輩が育てたとは言え、非常に勘の良い研究者になったものである。
初めの頃は吾輩を年下だからと馬鹿にした態度を取ってたりもしていた彼だが、偶然彼が見つけた物を褒め、開発にこぎ着けてやったら、それ以降人が変わった様に研究に没頭するようになったのである。
今では技術開発省を任せても良いくらいにまでなって来たのだ、従って陛下のご意向通り、吾輩の留守は彼に任せる事にしよう。
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-日本海 海上-
我が軍の艦隊が、旅順港付近から対馬県を回り込み朝鮮半島北東部海域迄の広域を警備しつつ、本土から対馬県への兵站の輸送を担う為の任務に付いて居た。
血気盛んな彼らにとってそれは退屈な仕事ではあった。
だが、時折、東シナ海経由でちょっかいを出そうとする仏蘭西艦隊や、清国のロシア側に付こうとする勢力の船などは居る為、フラストレーション迄は余り貯まってはいないようではあったが、いつ爆発しても可笑しくは無かった。
そこで、先のロシア艦隊殲滅の功で中将となった村上中将は、本国へ打診、第一艦隊、第二艦隊で分け、二日間に渡って海上演習を実施したいと報告を上げる。
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これが陛下を通じて益田修一の元へも意見を求めて来たので、修一としては、ちょっかいを出して来る仏蘭西、西班牙等の牽制にも成るので模擬弾と減装薬用薬莢を、序でなので輸送用に空母桜島を使ってこの船の操船訓練も兼ねてはどうかと言う意見を陛下へ打診した。
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早速陛下より、呉へと指令が下り、海上演習が実現する事と成った。
「でかい船だな、しかし大した兵装は無いように見える、これが次期第一艦隊旗艦と言うのか。 まだ機密で詳しい事はワシ等将官にも発表されないと言う、まぁ、今度婿殿に聞いて見るとしよう。」
海域へ到着した桜島を見て、村上中将は独り言を呟いて居た。
しかしながら流石の巨艦である、搭載して来た砲弾の数たるや、半端な量では無かった。
「これを全部海上演習に使えと言うのか、陛下もとんでもない事を思いつくお方だ。」
第二艦隊提督、東郷平八郎も目を見張る程の量の模擬弾が運び込まれたのだった。
因みに何故こんな規模の量の模擬弾が用意出来たかと言うと、修一が合衆国のトーマス・エジソン・ジュニアに、暇になった海軍のフラストレーションが貯まるのでは無いかと予見し、事前に用意させて居た物であった。
やはり最近の修一は依然と比べ用意周到になったと言うべきか、失敗も、鼻歌を指摘される程度だけであまり襤褸を出さなくなって来て居た、本人も気が付かない内に。
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